第27話 取り調べ
カツン カツン カツン…靴の音がよく響く。トラフィズ邸の地下。
荘厳な雰囲気を感じた邸宅の外装や客室などとは真反対で、昨日まで家主が洗脳されておりまともに掃除もされていなかったためか、所々カビも生えていた。
じっとりと肌に張り付くような湿っぽさと昼間にも関わらず全く光の当たらないこの場所に不快感を抱いた。
階段を一段また一段と降りていくごとに、罪人達の煩わしい声が聞こえる。
「あぁ!フェール様!どうか囚われのみの我らをお助けくださいませ!ここには光も…そして水もない!こんな空間に丸一日など…やはりベルタリー帝国の奴らは頭がどうかしている!あぁ…!ナルシャス教皇の御命令だとしても、このようなところには来たくなかった!」
「本当に!我らが愛するフィルスフィアの水でないことも誠に遺憾だ!どうしてこのような下賤の水に触れなければならないのだろうか…?」
「いや…しかし下賤の、穢らわしい水であっても水がなければ我らはフェール教を信仰することさえできない!…これもフェール神様がお与えになった試練!我ら、3人で必ず乗り越えて見せましょうぞ!」
何をゴチャゴチャ言っているのだか。地下の階段に繋がる扉を開けてから、この階段を下り切っても、奴らの声は永遠と響き続けていた。階段を降りて、少し長い石畳を歩いていると、だんだん声が大きくなる。
足を止めた。
「お前らか。」
こちらが声をかけた瞬間は萎縮していたものの、相手が5歳の女児だと知った途端安堵の表情と軽蔑の表情を向ける3人の醜い罪人達。
檻の中に3人仲良く入れられているというのによくそのような態度で入れるものだ。
我らが愛すべきベルタリー帝国に侵入してきた挙句、蔑み傷つけるとは。万死に値するというものだ。
この体では威圧感はさほど出せまいが、それでも私はこの愚か者達に鋭く、冷め切った視線を向けた。大の大人だというのにか弱いもので、先程までの軽んじた表情は崩れ、こちらの方をただ覚えて見つめている。
私は彼らに質問があってここへきた。萎縮し切って気絶されては困るので、いったん威圧は消し、ただの純粋無垢な少女のように振る舞いながら、彼らに言った。
「…なんで、帝国に侵入した?」
「「「ひっ…!」」」
3人は鼻水を垂らし、体全体を諤々とみっともなく振るわせながら、誰1人として口を開くことはない。
なんだ相手は5歳の力無き少女だぞ?そんな小娘にも怯えるとは何事だ。
「チッ…」
思わず舌打ちをしてしまう…地下にいるせいかよく響く。
それによってまたやつらが怯えるものだから困った。仕方ない、結局これが1番手っ取り早いんだ。
私は檻にコツ、と足を当てた。それだけで一斉に空気が冷たくなる。相手が私より格下だということを思い知らせる一発。心理学を徹底的に研究したことで得た技術。敵の心情、空気感、タイミング、音の大きさ、表情全てを計算することでたった一つの小さな音で、大の大人をわからせられる。
もはや、3人は声を出すこともままならないようだ。
しかし、3人の中で1番歳を食ってそうな男が恐る恐る口を開けて話し始めた。
「わ、我らがフェール神様からの天啓があった。‘フィルスフィアが大陸一の勢力となるまでは時間の問題だ。ひとまず愛すべき我が子らは他の野蛮な国のフェール教をより広めるのだ’…と。ナルシャス教皇様がその予言を聞き取り、我々はここ、ベルタリー帝国での布教を命じられた。」
「…そのために帝国民達を病に陥れたと?」
「…やむを得ない犠牲だ」
「はっ。」
やむを得ない犠牲だと?鼻で笑える。
そもそもお前達がこの国に来ず、このように病気を蔓延させた上で人々に薬を与えて救済し、薄っぺらい信仰を得ようとしなければこのようなことにはならなかった。
犠牲を、しかもまったくもって関係ない赤の他人を殺めたというのに、まるでそれが正しいことのようにこちらを睨みつけてくる。
「やむを得ない…だと?…そうか。ではここでお前らの歯を折ったとしてもお前達はしょうがないと割り切るのか?」
「…私たちがやったことは正しいことだとは思っている…しかしそれで人をいく人も殺めたのは事実。その刑罰を
受ける程度、フェール教信者の何おいて、満をじして受け入れよう。」
「あぁ、そうか。…ではお前らの全ての爪を折っても?」
「…あぁ。」
「目をつぶしても?」
「……あぁ。」
「耳に蝋燭を流し込んでも?」
「…あ…」
「腕を折っても?足を切っても?」
「………」
「…心臓にナイフを突き立てても、いいんだろう?」
「っ!いいわけがないだろう!この極悪人が!それほどの幼さにも関わらず、そのように酷いことを言えるとは!悪魔のようではないか!」
先ほどから返答していた男が口をつぐんだかと思うと、次は1番若そうな、20代前半くらいの男が生意気にも口出しをしてきた。
「ふむ、心臓にナイフを突き立ててはダメなのか…では、方法はなんでもいい!お前達を殺めてもいいか?どうだ?善良だろう?」
またも、青二歳が生意気にいう
「何を言う!この野蛮人が!どんな方法であっても私たちを殺そうとしている時点でお前は悪魔以外の何者でもない!」
ここから私がどう言うのか想像できているのか、老人は青年の袖を引っ張りながら落ち着くよう言っている。本人には全く響いていないようだが。
そして私は待ってましたと言わんばかりの大きな声をあげていった。
「そうだとも!どんな方法であっても人を殺める者は悪魔である!そしてお前達はその蔓延させた病気でここの住民達を何人殺した!数えきれないほどだ!」
今まで行ってきたことが全て自分に返ってきたために、青二歳は顔を真っ青にしてまともに口答えをすることもできない様子だった。
「…言っておけるのは今のうちだ。他にも何か情報があるのならば伝えろ。…有益な情報であれば情状酌量の余地を考えてやってもいいかもしれない…ちなみにこのまま行くとお前らは数日後に処刑される。」
老ぼれの顔色が変わった。惨めにも檻にしがみついて
「っ!じ、実は我が国のじ…」
そこまで言って何故か急に事切れた。口から泡を出しながら両手をありもしない空に仰いでいる。全く関心のない冷ややかな目で見つめていると、右から視線を感じた。振り返ってみると、後ろの方で先程までビクビクしていた年齢的には真ん中の男が、檻の中から出て私の右隣に来ていた。
くすくすと何か笑っている。
「…思っていた通り面白いな。やはりいい。…ちなみにフィルスフィアに移住予定はあるか?」
「あるわけがないで…っしょ!」
思い切り気味の悪い男の脛を狙って足を振り下ろした。
しかし男はいつの間にか左隣に佇んでいた。灰色の長髪、金色であるにも関わらず何処か生気のない澱んだ瞳。
薄気味悪い雰囲気を醸し出している。
「ははは、それは残念だな。…それにしても、俺が檻から出ていることに何故、驚いていない?」
「興味ないもっ…のっ!」
確かに急に檻の中から出てきた時は想定外だったけれど、最初見た時から、こいつだけ少し違う感じはしていた。雰囲気が他の2人と比べてよほどどす黒い。
めげずにもう一度、次はオトコの急所めがけて足を振り翳した。
「あぁ、こわいこわい。今日はここら辺で退散するとしようか。またな、愛しの姫君。」
そういうと、男はいつの間にか消えていた。1番若い方の男も一緒に連れていったのか、もう地下牢に残っているのは汚らしい中年ジジイの死体だけだった。




