第24話 令嬢の小さな
ニファ公爵令嬢は走った。
といっても彼女はまだ5歳、身長も小さければ歩幅も小さい。私の一歩が彼女の2歩と言ったところであろうか。とても一生懸命走っていらっしゃるものの、殿下と私はほぼ歩いていた。
「一生懸命なニファも愛おしい……あぁ!目の前に小石があるじゃないか…!」
そう言って殿下は令嬢をガン見しながらも、2センチ程度の小石を近くの小枝を正確に投げて路傍へ寄せた。
わたしもかれこれ2ヶ月殿下の側仕え。今まで驚かされてきた数は数え切れないが、最近はようやく殿下の人間離れした技にも無表情でいられるようになった。
突然走っている(歩いている)令嬢のスピードが緩まった。左側には大きな田んぼがあり、その上を蛍たちが飛び回っている。
太陽はほぼ完全に沈み、暗くなっていた。この時間帯の蛍の光はよく映える。自らも思いがけず、感情に耽っていた。
令嬢が急に左腕を顔の前にまっすぐ上げた。先程まで穏やかな顔をしていた令嬢が一瞬全てを諦めたような何もない表情に変わった気がした。そして、左手からは蛍と思われる黒いカケラがパラパラと落ちてきた。
そして何事もなかったように、またあの健気で庇護欲を駆り立てる純粋そうな顔を浮かべて走り出した。
心なしか先ほどより明るい笑顔になった気がした。
なんだ?あの一瞬の行動は…なんだか令嬢が別人のように感じられた。
虫に近づけもしなそうな彼女がおそらく首を微動だに動かさずに蛍を片手で捕まえた。
殿下に困惑の視線を送る。しかし、
「あぁ…やはり美しい…」
令嬢の違和感に気づいていないのか、気づいた上でそれさえも愛おしいと思ったのか分からないが、ただ私はこの奇妙な瞬間がずっと頭から離れなかった。
それからもしばらく自然だけが広がる一本道を令嬢は歩いて行った。あたりは完全に暗くなっていた。周りに何があるのかの把握でさえ難しい。ましてや、令嬢は幼い女子。
……なぜこの暗闇のなか一度たりとも怯えずに歩いていくことができるのか。そんなことを考えているうちに先の方にオレンジ色の光が見えた。
おそらく街であろう。
令嬢の表情はより一層明るくなり、先ほどまでの疲労を感じさせないような足取りで街へ向かった。
本当に、先ほどのあれは、一体…




