第23話 殿下の思いやりの無さについて。
王都を出発してから丸2日と半分。
あたりはすっかり暗くなっていたが月の光があたりを照らしているため、存外暗くはない。ようやくトラフィズ侯爵家が見えてきた。
休憩をしたいと言う暇もないほど異常なスピードで殿下が走っていくものだから、私はついていくので精一杯だった。
殿下がゆっくりとスピードを落として止まった。
「ついたか…まだニファは来ていないようだが。」
殿下は汗ひとつかいていない。2ヶ月前より体は細身になったものの、まだスレンダーとは言えない体型。
果たしてどこにその体力があるというのか。
私はというと今まで気づかないようにしていた疲労が一気にどっと押し寄せ、空に向かって仰向けになり、犬のように荒く呼吸を立てる。現役時代にもこんなに走ったことはなかったので流石に堪える。
50越えのジジイをここまで酷使する悪魔のような殿下を半泣きで睨んだ。
「ん?なんだ?こんなことで疲れたのか…一応私に剣術を教えてる身だろうが。」
お前が引っ張ってきたんだろうがとツッコミたかったが、あまりの疲労で喋ることもままならない。
小さな反抗として殿下が仮眠をとっている間私はずっと歯ぎしりをしてやっておいた。
空には大きな月が出ていた。明日にはきっと、満月になるだろう。
次の日の昼頃、私の疲労もようやく回復してきた頃、ニフェル公爵令嬢が馬車に乗ってやってきた。
そして、馬車から降りるとき、従者がドアの前に立ち、令嬢に手を差し出そうとしていた。それをいち早く察知した殿下はたまたまそこらへんにいた鷹をたまたま調教できてしまって、そいつを使って華麗に従者にフンを落とした。
ただの強運とカリスマとして流してしまっていいものか…。悩んだ末に私は思考を破棄した。
その後も令嬢はどうやら(殿下とは違い)使用人に至極好かれているようで、令嬢の降車を手伝おうとする者全員に容赦なく威嚇の気を放っていた。
私ですら近くにいたせいでその殺気に鳥肌が立ってしまったほどだ。
それにしても、あんなことをしていたら、令嬢が降りられないだろうと思っていると案の定令嬢が1人で馬車を降りようとしてバランスを崩した。
『!…っに、ニファ…!』
殿下が我を忘れて令嬢の方へ走り出そうとする。
『いけません、殿下!あなたが今はニフェル公爵令嬢に直接会わないと決意したのではありませんか…!それにほら…!あそこに侯爵家次男ウィジー様がいらっしゃいます!彼が支えてくれるでしょう!』
流石にこんな茂みから自分の婚約者が出てきたらどんなご令嬢でも恐怖する。それにここにいる殿下の従者は私のみ。
もし殿下がここにいることが広まって刺客が来ると、私1人で全てを倒せる保証はない。そう思い、必死で止めた。実際、近くに侯爵令息がいたし、彼が助けてくれるだろう。
…いや待てよ、もし彼が令嬢に触りでもしたら…いや!でも最低限の接触であれば殿下も納得するはず!殿下がうっせぇなクソジジイという感情をを全面に出していることも気にせず、令嬢のいる馬車の方に視線を向ける。
「……あ…」
令息は殿下の婚約者の腰に手を添え、もう片方の手で肩を触っていた。
やってしまった、令息がおそらく殿下の‘ニファ接触許容範囲’を完全に超えてしまっている…!勤勉で真面目という噂を聞いていたから、そこまで女性に身体接触はしないと踏んでいたのに…!
すぐさま殿下が臨戦体制に入ろうとしたので私は、
それはもう全力で止めに入った。
その後も殿下の令嬢へのストーカー行為…もとい護衛行動は多忙を極めた。
邸宅内で令嬢をストーカーするため、殿下はなんの悪気もなく裏の物置と思われる部屋の窓を破壊。物置に何故かナイフが三本あり、殿下が持っていっておけと言うので、胸ポケットにしまっておいた。
その上屋根も問答無用で破壊して、天井のところどころにある隙間から令嬢を観察し始めた。『ニファの匂いがする』と言って本当に令嬢の部屋を天井から探し当ててしまった時は、流石に引いた。
それから数時間、『今さっき、ニファに会ったばかりの赤の他人どもがしゃしゃり出ている』やら『青髪変態野郎がニファの隣にいる』やら言って何度天井をぶち壊して下に飛び降りようとしたことか。
しかし、この令嬢にどうして殿下がここまで執着するのかはこうして盗み聞きをしている間にだいたい分かってきた。
彼女の話を聞いているうちにどうしてか令嬢を好ましく思えてきた。彼女の天性の自然な魅了といったところか。どんな相手も彼女に不思議と好感を持ってしまう。
さすが、殿下に執着される女性だと感心しつつ、天井でたびたび衝動破壊を起こそうとする殿下を制止しながら、トラフィズ侯爵の部屋の上に辿り着いた。
部屋の中から怒声が聞こえてくる。何かあったようで、令嬢とその従者はその部屋の前で立ち止まった。叫び声と陶器の破壊音が聞こえた後、令嬢と従者が入って行ったので私たちもその部屋の天井に入っていた。
3本の木が三角形型に天井と屋根を支えており、その3本の棒の隙間が酷く小さい為、存外ここを通り抜けるのが難しい。
「よっこらせと…あ。」
「「「あ……。」」」
私が先にその部屋の天井スペースに行くと、全身黒装束、顔までご丁寧に隠して右手にナイフをしっかり握った、どっからどう見ても暗殺者って格好をした男が3人いたので、臨戦体制に入られる前に、1秒で全員の頸動脈にたまたま胸ポケットに入れていた三本のナイフを突き刺し、殺した。
その後、殿下も入ってきて、暗殺者を確認した。
「これは…ニファを殺そうとしていたな?そこらへんの動物どもに食わせておけ。」
そう言って私に3体の死体を有無を言わさず担がせたので、私は大人しく山の奥地に死体を捨てに行った。
正直、殿下なら1人でも刺客を返り討ちにできそうだったのでもうのんびりと死体が動物たちに食べられていくのを見ながら、時を過ごした。
(こいつらが令嬢を殺そうとしたにしても、死体を動物に食べさせるなんていい趣味してるな…)
いつの間にか空もオレンジ色に染まっている。
3時間ほどたって、動物たちが完全に死体を食い終わった頃に森から出て、また天井裏へ入り込もうとすると殿下が焦った様子で、外へ出ていった。
私も慌てて追いかけ何事かと聞いてみると、令嬢が使用人もつけずに1人で邸宅を出たそう。殿下はなぜ令嬢が外へ出ているのかわかっているそうだが、それとは別でこんな暗くなった時間に、5歳の女の子が1人でいることに酷く心配なさっているらしい。確かにこの時間に子供1人は心配だ。
よく見守っておかねば。




