第22話 殿下の異常性について。
――今まで散々戦場で人を殺してきた。戦場ではその情け容赦のなさから‘冷血王コーシュ’と恐れられていた。
歳を食って、戦いにも飽きてきた頃、この大陸随一の勢力を持つベルタリー帝国の第一王子のアシュルス・ベルタリーの剣術指南役を打診された。
給料が給料だったのもあって、コンマ0.1s即答OKをかましてしまった。少し経って冷静になるともう少し慎重に考えてから答えを出すべきだったと後悔したが、時すでに遅し。
初めは顔合わせの時間が設けられて、男の剣術指南役に顔合わせが必要かと思いつつも王宮へ行った。少ししてから出てきたのは真っ黒い髪が目の下までかかっていてる見るからに運動音痴そうなガキで体型も一言で言うと肥満。ずっと猫背でビクビクしてて、俺の顔を見た途端にボロボロ泣いて、『うわ~ん!怖いよ~!』とか言うわけだから、呆れた。
流石にこんなのに俺のような剣豪がが指導したらイライラして間違えてこいつのことを切ってしまうかもしれないと思い、辞退しようかと思ったんだが、その後に教育係と思われる人物が申し訳なさそうに『王子として恥ずかしくない程度の剣術を教えて差し上げてほしい。給料は以前提示した額よりこれくらい増やす』と五本指を立ててきたので、コンマ0.1s即答OKをまたかましてしまった。
初対面の印象からしてどうせ才能のない臆病者。
適当に剣術を教えりゃいいと思った。
実際、剣の素振りの仕方から丁寧に丁寧に教えてやらないと理解できないようで、初回の授業では丸一日かけて素振りの姿勢を教えたにも関わらず、結局足はガクガク震え内股になってるし、背中は曲がりさっきからずっと『あわわわわ…』と言い続けて木剣を1分持つのがやっとの様子だった。
しかも俺が少しアドバイスするだけで怯えまくって泣くし、
一歩王子に近付いただけでも泣くし、
あまりにも声が小さいから、聞き直そうとしても泣くし!
…まだ3歳だったとしても、ただ姿勢を教えるだけでこれでは先が思いやられると頭を抱えていた。
それからも大体2日に一回、王子の剣術指導を行ったがやはり初見の印象通り、剣術の才能はからっきし。
そもそも理解力があまりにも乏しすぎる。いつも嫌々授業を受けているし…私に無断でサボったこともあった。
これからまともに剣が振れるようになるまで一体どれくらい時間のかかることやら…
――5年前、私は確かにそう思っていた。けれど徐々に違和感を抱き始めた。王子の成長スピードがあまりにも一定すぎた。
今まで、戦場でも剣術初心者たちが何度も場を踏んで成長していく姿を見たことがあったが、着実に、一定スピードで成長していくものはいなかった。
習ってから2日ほどである技を会得したかと思えば、次の技を習得するまで5年以上かかってしまうことがあったり。とにかくそんな一定に成長する奴なんていなかった。
王子は確かに下手だった。
まず、基礎体力作りのトレーニングを完璧にこなせるようになるのに6ヶ月。
これはたとえどんな運動音痴だとしてもあまりにも遅すぎる。
基本の構えも6ヶ月かけてやっと習得した。
次に足の運び方。これも6ヶ月。
体捌き…これも6ヶ月。
5年間で実施した全ての単元を6ヶ月で習得するのだ。正直このスピードは剣の才能がある者の3倍以上の遅さで、お世辞にも飲み込みが早いとは言えない。けれどもあまりにも習得間隔が一定で、全てが決まっているようで薄気味悪かった。
そして2ヶ月前。この違和感の正体を知った。
神なるものから、ベルタリー帝国全国民に神の愛し子の降臨が予言された日の翌日。私はいつも通り朝9時。剣術指導のために家を出た。
この5年で習得したのは体力作り・姿勢・構え・重心の置き方、基本素振りと基本の型を3種ずつ…つい先日、基本の型の3種目を習得して、今日からは太刀返し(敵の太刀を受け流したあと、即座に反撃する動作)をまたきっかり6ヶ月かけて習得させるつもり、だった。
鍛錬場に向かうと珍しく殿下が私より早く鍛錬場に来ていた。しかもいつもの臆病な姿勢ではなく、木剣を土に突き刺し、余裕な笑みを浮かべつつ堂々と私のことを出迎える。
醜い体型は今まで通りだが、直感的に王者の風格を感じた。今までとのあまりの変わりように驚いて身動きがとれないでいると、
「あぁコーシュ。待っていたよ。さぁ。剣術指導を始めようじゃないか。今までは無能を演じるために全ての単元ごとに費やす時間はきっかり6ヶ月という縛りをつけて遊んでいたんだけど、愛しの我が婚約者を幸せにする新しい道を見つけてね…そのためにもう猫をかぶるのはやめにしたんだよ。」
そう宣言した王子の成長スピードは人間を遥かに超越しているようだった。
今日から教える予定だった太刀打ちは私が一度実演しただけで完璧にやってのけ、これから10年をかけて習得していくはずだった型達も1時間で全て完全に習得し終えてしまった。
その後、私との一対一を希望し、私は一瞬で負けた。もう50を超えた老体になったとはいえ、剣術に関する感覚は経験としてのこっている。それでも王子の剣捌きを読むことはできなかった。
その時私は50余年生きてはじめて本物の天才というものを思い知り、殿下に一切の忠誠を誓うことにし、王子もそれを承諾。
王子の側近兼護衛として46時中殿下に張り付くようになった。
あの日以来の殿下の天才っぷりは目を疑うほどのものだった。勉学も3日の授業だけで成人するまでの必修科目全てを修了。
前髪をバッサリ切って、計算された清潔感とカジュアルを合わせもつオールバックは人々に以前のような不快感を一切抱かせなかった。
会話能力も貴族の大人さえ舌を巻くほどのもので、王宮中で殿下が別人になったと噂になった。
しかし、殿下の側近となったこの2ヶ月。殿下の婚約者への執着が凄まじいことを思い知った。
まず朝4時に起きると通信衛星石(本人無許可で設置)を使ってご令嬢の眠っているご様子を1時間鑑賞。
その後、朝5時に令嬢が起きた後、着替えなどをし始める間は、『これは婚約者になってからのお楽しみだ』とかなんとか気持ちの悪いことを言いながら一旦布を被せる。
その後、着替え朝食を経て剣術・帝王学・政治学などを学ぶわけだ。
けれども、私も分からなかったのだが、いつも殿下は講義中ご令嬢の声をリアルタイムで聞く装置を耳につけているそうで、こちらの話は全く聞いていないことが判明した。流石にそれを聞いた時は今までの私の努力は何だったのだと涙が出そうになった。
そして、全ての授業が終わると(一ミリたりとも講座内容は聞いていないが)、12時まで時間の限りずっっっっっっと、通信衛星石でご令嬢の姿を見続けている。(本人のプライバシーは何処へ…)
ちなみに授業の合間に少しでも時間が空けば、生のニフェル公爵令嬢を見に行く。(なぜどこにいるかわかるのかについては追求しない)
そして今日は殿下のその愛すべき婚約者様がトラフィズ領へ行かれるそうで、その情報をどこからともなく入手してきた殿下が引き留める家臣たちを振り切って、「ニファとおんなじ空気を吸えないなんて死ぬ。」と真顔で言って私を引きずって外へと出た。
そこまではまだ良かった。しかし、王宮を出ても馬車がない。
…?ここからトラフィズ領まではどれだけ急いでも馬車で丸一日はかかる…まさか徒歩で行くと…?いやいや!そんなまさか――
しかし殿下は希望に満ちた目を輝かせながら断言した…
「トラフィズ領までは徒歩で行く、馬車は大きいから、近くにいようとするとニファに不思議に思われてしまうだろうから。ニファは明日出発予定だ。今から本気を出せば…いける。」
殿下は王族だから1人で外出するのは禁じられている。だから1番体力ありそうで説明を省けるやつを連れて行こうとしたってところか……。
そうして殿下は今年で生誕55周年のジジイを丸2日、休みもなしに走らせた…。
もう忠誠誓うのやめようかな(泣)




