第17話 都合のいい女(いい意味で)
今日ばかりはこの硬い革靴に感謝しなければならない、そう思いながら私はカツーン、カツーンと静まった街の中で足音を響かせて回った。
田舎には人が少ないから、真夜中に靴音がすることにも慣れていない。おそらくもうすぐ…
「あぁ!!もう!さっきからうるさいったらありゃしない!さっきから同じところをウロチョロ、ウロチョロ…ってこ、子供?」
あぁ、引っかかったか。通りにある1軒の窓から女が身を乗り出しながら叫んだ。見た目から推測するに50代後半、育児経験ありの主婦といった所か。とても丁度いい。
私は自分史上最高に庇護欲を沸かせられるような顔を作りながら怒声の方を振り向いた。
「えぁ…!ご、ごめんなさい!私、ここの近くでお母さんとはぐれて、ずっと探しているんだけれど…ど、どこにもいないの!」
話をするうちに情けない声を出しながらボロボロ涙をこぼしていく。いかにも迷子らしい5歳児である。
女は子供相手に少々声を張り上げ過ぎてしまったかと反省気味で、玄関まで出てきてそれからずっと泣き続ける私に飴をくれた。
そして私を抱き上げて、咳払いをして聞いてきた。
「あぁ…お母さんがいないのかい?それは大変だが…こんな夜中に探すとあんたまで迷子になっちまうよ。今日は私の家に来るかい?」
「でも…こんな真っ暗なお空の中でお母さん、ひとりぼっちなんだよ!怖いよぉ…!」
女が考えている、そう。
この時期満月だとはいえ、こんな暗闇の中まだ若いと思われる5才の母親を明日まで放置するのは少々危険である。
もし住宅のある方ではなく農業地帯を進んだ奥の森の中にでも入ってしまっていたら尚更だ。
「うぅん…確かにそれは心配だね。よし、そこいらの飲み屋で遊び呆けている男どもを引っ張ってきて探させよう。」
女はいった通りに、近くにあった男達がどんちゃん騒ぎをする店で1番近くに座っていた男達を5人ほど一度に引っ張ってきた。文句を垂れる男どもにゲンコツを一回ずつ食らわせた後、今の私の状況を説明した。
男達も流石に納得したようで、先ほどとは違って深刻な表情を浮かべている。それにしても、あの女、一度に5人の大の大人を一斉に引っ張って来るなんて流石に怪力が過ぎるのではないかと半分引いていると、
「あんたは私の家で寝て起きな。おばちゃん達が探しといてやる」
私の頭を撫でながら女がいい、その通りだと言わんばかりに優しい顔で男達も頷いている。
「でも、!でもね!真っ白なお服をきた人達が何かしてたの!多分だけどね、お水の中にお母さん達がいないか探してくれてるんだと思うの…!」
男達が真っ先に目を輝かせて反応した。
「「「「「「何?!信者様方がいらっしゃるのか?!」」」」」
しかし両手を振って喜んでいる男達とは反対に、女は怪訝に反応した。
少ししゃがんであの顔がキラキラしたお花畑みたいな男達の聞こえないように言った。
「あ?あんたもまさかフェール神大好きだとか何たらかんたらとかいうってのかい…?やめときな。私は奴らなんだかいけすかないんだよ。急に病気になる奴が増えちまったと思ったら、待ってましたと言わんばかりにこの村にやってきて薬を渡して…。今では村の奴らはほぼ皆んなフェール神を崇めているんだ。ほら、こいつらも…流石におかしい。」
なんという僥倖。まさか私に怒鳴った女性が反フェール神派だとは。
この調子でいけば…!
「ふぇーるしん、何それ私分かんないよ?」
そう言った瞬間さっきまで女が抱えていた警戒心のようなものが消え、腰を上げて緩んだ笑みを浮かべながら言った。
「いや、それならいいんだ、なんでもない。ところで…その真っ白い奴らってのはどこにいたんだい?」
よくぞ聞いてくれた。
「あのね…!あっちのね…!」
ゆっくり用水路ある方向を指す。
「…お川が流れてるところ!」
「かわ?…川なんてこんな田舎には…あ。」
ここらには川はなくて、でかい用水路があると言いながら、村の市街地を離れた農作地帯へと足を運んでいった。
期待通り、見るからに怪しそうな白い奴らが満月が照らす中、
用水路で何かしている。
「ほら、もうすぐつくさね。」
女が用水路手前20メートルになってやっとそう言った。
老眼も困りものだと思いつつも、私は黙って彼女の腕に抱かれていた。
彼女の腕の中は程よい肉付きと適度な温度によって最高の快適空間となっている。
彼女は、私の予想通りに動くし、予測不可能なやつなんぞより御し易い。
私にとっては、このようなタイプが1番都合がいい。むしろ結婚してほしい。
「本当に、都合がいい女…」
用水路の中のカエル達の声よりも小さくそう言った。




