第16話 盗み聞き
少し年季が入った壁の色をした居酒屋。
屋根は暗闇でよく見えないがおそらく暖色系で、
ドアの下には本来は真っ白であったであろう石床がひどく黒ずんで佇んでいる。
しかし窓から溢れる光と声は活気に溢れ、誰かがビールを大きな声で注文する声が聞こえた。
どこにでもある至って普通の飲み処。しかし2分に1回は聞こえてくるあの話に気味の悪さを覚える。
‘フェール様’などという神のおかげで、
やれ『父親の病気が治った』だの『ずっと欲しかった子供ができた』だの、
挙げ句の果てには『長年探してた祖父にもらったぬいぐるみを見つけた』だの、
鬱陶しくてしょうがない。
思わずそんな偶然に踊らされる単純な彼らを見下してしまう。
「……いえ、それは‘公爵令嬢’ではないわね」
そんな醜い感情を持っている暇ではない。
少し思い直して腕と肩の付け根より少し下をちぎれるほど思い切りつねる。私は気持ちを切り替えようとする時にどこかをつねって切り替えるタイプなのだが、ドレスを着た時に露出する場所に青紫の跡ができることを防ぐため、ドレスを着た時に隠れる場所をつねるようになった。つねらなければ済む話なのだが、性には抗えない。
建物とその店の間の狭い道に隠れながら耳を壁につけ会話を聞く。
『いやー!それにしても羨ましいな!フェール様の信徒の方々にお会いになったなんて』
『ははは、俺もまさかあの方々を見られるとは塵にも思っていなかったんだ!だがよ、前の満月の夜に、ちょいと田んぼを見に行ったら真っ白なローブを着たそりゃぁ顔の整った方達が水路の近くで何かなさってて…何をしているのかは分かんねぇんだが、そりゃぁもう、綺麗だったよ!』
なるほど。フィルスフィアからの密入国者達は満月が辺りを照らす間に、汚れを祓う信仰を行っていたと言うことか。
ふと上を見上げると空には大きな満月がこの宙を支配していた。
なんとまぁ好都合なことだろうか。
「よし、悪党退治と行きましょう。」
私は頭まで深く被っていた真っ黒なローブを脱いで、堂々と水路に向かった。
それはもう、派手に。