第12話 シャンデリア事件 (7)
私もまさか、
フィルスフィアがここまで卑劣な手を使ってくるとは思ってもみなかった。
国の信者達を死の危険に晒すまでして国境を越えさせ、
その後、水に浸せばなんでも清潔になるという宗教の信念から、トラフィズ領の水路を汚染。衛生関連疾患を多発させる。
そして、衛生疾患によって、寝たきりとなった人々に、フィロスフィアで製造されたと思われる薬を渡す。
するとたちまちベッドから起き上がり、元気に働けるようになる。
なんて素晴らしい薬を作ってくれたものだろう、と人々は彼らに感謝する。
そして、その度に彼らはこう言う『フェール様を信じよ』。初めは領民達も、なんだその怪しい宗教は、と相手にもしていなかった。
しかし、そうもしていられなくなった。少ししてから、薬を飲んだ者が、農作業中に次々に倒れた。まさか、病気がまだ治っていなかったのでは、そう思い人々は彼らの元へ行く。
『どう言うことだ!治ってねぇじゃねぇか!』そういうと、彼らはまたあの薬を渡す。すると人々はたちまち元気に。
そして『フェール様を信じよ』そう言い残し去っていく。人々は気づいた。あの薬がなければ私達はまともに農作業もできやしないと。
で、あれば、演技でもいい。
――ただ大人しくフェール様を信仰することにしよう。
人々はそう考え、ただただ、何も考えずフェールとかいう神を崇め奉り、薬を得た。
けれどもいつの間にか、心の底からフェール神を信仰するようになっていた。
「救済と教えの反復によってフェール神への信仰が無意識に刷り込まれていった…と言うことですか…?」
ウィジー様があっけらかんな顔をして言った。
「えぇ、そうです。実際ここへ来る前に、何ヶ所か町を見て回りましたが、フェール神を熱く信仰している家には必ずその薬がなければ寝たきりになってしまう者がいました。」
だから、通常なら一日で着くはずの距離を、2日かけてやって来たのだ。
「そして、その薬を独自ルートから入手、構成成分を検査したところ、ヴァレンの花が含まれていることが分かりました。」
「ヴァレンの花…!そうか…!」
ヴァレンの花とはフィルスフィアで別名悪魔の花と呼ばれている花で、感覚神経を鈍くし、中枢神経を刺激する成分が含まれている。体内に摂取すればどんな病人・老人であっても2日は寝ずに働くこともできる、しかしその後にドッと疲れが押し寄せてきて丸一週間寝たきりになり、運が悪ければ死んでしまう。けれどもそれに中毒性があるために、危険を冒してでもヴァレンの花を摂取した者は、またこの危険に手を伸ばすのだ。ヴァレンと言う名前が、フェール信仰における、悪魔的存在で命を対価としてどんな願いも叶えてくれる存在を意味することからもわかるように、まさに命を削る、花なのである。
もちろんエルダリー帝国での販売は禁止されている。
つまりこの薬は違法薬物といったところだ。
そんな花をここの領民は5日おき、頻度の高いものは3日おきに飲んでいたと言うのだから、恐ろしい。
「そうか、父上も、それで…!」
「はい。しかし、侯爵はより複雑な方法でカール・トラフィズの操り人形とされていたんです。」
「ばっ!だから!俺は何もしてねぇ!なんなんだよ!ふざけんなよこの…!」
「申し訳ありません、お嬢様…あまりにも騒々しいものでしたから、口を塞いでしまいました。」
「…えぇ、よろしく。」




