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婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!  作者: 山田 バルス


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第56話 リノ、幸せになる

 ――レオニスは、すべてを思い出していた。


 氷の棺の中で静かに眠るリノの姿を見つめながら、心の奥底に閉じ込められていた記憶が、音もなくあふれ出していく。


 リノ――かつての名は、真嶋さつき。


 そして、自分は……佐伯昇平だった。


 大手商社の営業課長。部下だったさつきを人知れず気にかけ、いつしかその聡明さと真っ直ぐな心に惹かれていた。


 前世の彼女は、優しく、そして誰よりも真剣に生きていた。


 彼女の努力を、夢を、歌を、愛を……すべてを、守ることができなかった。


 守れなかったのだ。


 「すまない……さつき……いや、リノ……」

 


 レオニスの頬を伝う涙が、氷に落ちてはじける。


 凍てついた水面の上に眠る彼女に、ゆっくりと近づき、膝をついた。


 「また……君を、守れなかった……

 


 震える指先で氷に触れた瞬間――



 パァンッ!



 鋭い音とともに、氷の棺に細かな亀裂が走る。


 瞬く間にそのひび割れは全体に広がり、光の粒となって霧散していった。


 リノの身体が、まるで天から授かったかのように柔らかな光に包まれて、そこに現れた。


 眠っているだけの、優しい寝顔だった。


 レオニスはそっと彼女に顔を近づけ、ためらいがちに唇に口づけた。


 ――何も起きない。


 神の奇跡など、都合よく起きるものではなかった。


 その現実に打ちのめされながらも、レオニスはそれでも彼女を両腕に抱き上げる。


 「君のいない人生なんて……僕にはもう、耐えられないんだ」



 そのまま、彼は城の階段を駆け上がる。


 最上階、屋上――リノが飛び降りたあの場所へ。


 降りしきる雨の中、彼女を胸に抱きながら、縁へと歩み出た。


 「来世で、今度こそ……一緒に生まれ変わろう」


 そう告げて、彼は足を踏み出した――


 その瞬間だった。


 空が、晴れた。

 

 雷鳴が止み、雨粒が消え、重く垂れ込めていた黒雲が裂ける。


 まばゆい光が天より降り注ぎ、リノの身体を包み込む。


 暖かな風が城に吹き抜け、まるで命の息吹が世界に戻ってきたかのようだった。


 「――ありがとう、レオニス」


 その声は、彼の頭の中に直接響いた。


 女神の声だった。


 「あなたなら、リノを任せられますね」


 その言葉と同時に、リノの指がぴくりと動いた。


 まぶたがゆっくりと持ち上がり、優しい茶色の瞳が、彼を映す。


 「う……ん……」


 彼女が、目を開けたのだ。

 

 レオニスの手が震えた。


 「リノ……!」


 彼女は、彼を見つめると、柔らかく微笑んだ。


 「……おかえり」


 レオニスの喉が詰まる。


 「……遅くなったね、さつき……あ、リノ……」


 その言葉に、リノの目が大きく見開かれる。


 「え……まさか……あなた……」


 「……ああ。佐伯だ」


 レオニス――佐伯昇平は、優しく頷いた。


 「前世から、ずっと……君を待たせてしまったね」


 リノの目から、涙が溢れる。


 「嘘……こんな奇跡、あるはずないのに……」


 「でも、君が生きていてくれた。戻ってきてくれた。それだけで、すべてが報われたよ」


 二人は、ゆっくりと唇を重ねた。


 前世を越えた約束が、ようやく果たされた瞬間だった。


 抱きしめ合う二人の周囲を、光の粒子が舞い、世界が祝福するように、すべてが静かに輝いていた。


 やがて、その奇跡を見届けた者が一人、屋上へと姿を現した。


 神殿の神官長――白い法衣をびしょ濡れにしながらも、その顔には安堵の色が滲んでいた。


 「……女神様が、あなた方を選ばれた理由が……ようやく、理解できました」


 神官長は、レオニスとリノの前にひざまずいた。


 「リノ様、どうかこの国の新たな女王になっていただけませんか。神罰により王家は断絶しました。今こそ、この国には……新しい希望が必要なのです」


 リノは戸惑い、レオニスの顔を見上げた。


 「私が……女王に?」


 「リノ……君がこの国を導く力を持ってる。僕は信じてるよ」


 リノは小さく微笑んだ。


 「じゃあ、レオニスが王様になってくれるなら……私、考えてもいいかも」


 その言葉に、レオニスは柔らかく頷いた。


 「当然だよ。君となら、どんな未来でも共に歩んでいける」



 そして、その場で簡素ながらも神聖な儀式が行われた。


 神殿から呼ばれた神官たちが整列し、女神の祝福を受けた白の花冠が二人の頭に捧げられる。



 「神の御前において、二人の魂がひとつとなることを、ここに誓います」



 花の香り、風のささやき、祝福の光に包まれて、レオニスとリノは指を絡め、誓いのキスを交わした。


 その時、空に再び女神の声が響いた。



 「ようやく、あなたたちが一つになれましたね。どうか、この世界を――歌と愛で満たしてください

 


 空は澄みわたり、青く高く――新たな時代の幕開けを、祝福するかのようだった。


【完】

最後まで読んでいただきありがとうございました。評価をいただけると、今後の執筆活動の励みになります。山田バルス。 【婚約破棄された孤児のアテネは、魔道具屋の息子と結婚しなくなったので魔法学院に進学することにした】 【魔法学校の試験に落ちたら、伯爵家を追放された上に暗殺されかけたので、森の山小屋で出会った素敵なお姉さんにいろいろと教わり、メチャ強くなって復讐します!】】新連載はじまりました。

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