第48話 リノが唄う、異国の来訪者に向けて
「異国の来訪者と、揺れる旋律」
その日、王宮の空気は、いつもより少しだけ張りつめていた。
廊下を歩く騎士たちは背筋を伸ばし、メイドたちも言葉少なに動いている。そんな様子に、リノは自然と歩幅を小さくしていた。
「……緊張するのは、私だけじゃないんだね」
そっとつぶやいたその声に、隣を歩くアニエスが微笑む。
「そりゃそうですよ。だって今日は、“外国の王族”がいらっしゃるんですから」
そう――今日は、隣国グランディア王国からの使節団が来訪する日。
その中には、王弟であるレオニスに並ぶような地位を持つ人物も含まれている。
「リノ様は、彼らの歓迎の場で“王国の歌姫”として紹介されることになっています」
「う、うん……聞いてるけど、やっぱり怖いな」
王国の中でなら、もう慣れたはずの拍手や注目。でも、相手は外国の人々。文化も、考え方も違う人たちに、自分の歌は届くだろうか――。
不安が胸に広がる中、リノは王宮の謁見の間に足を踏み入れた。
**
まばゆい光が差し込む大理石の間。正面には王が、そしてその横にはレオニスの姿。
その向かいには、鮮やかな金と青の装飾を施した軍服姿の男が立っていた。
長身で端正な顔立ち。琥珀色の瞳に、やや鋭さを宿す彼の名は――アレクシス王子。グランディア王国の第二王子であり、騎士団の指揮官でもある。
「こちらが、わが王国が誇る歌姫、リノ=ヴァルシュタイン嬢である」
王の紹介を受け、リノは深く一礼する。
「はじめまして。リノと申します。ようこそ、わが王国へ」
アレクシス王子は、彼女を見つめたまま、やや間を置いてから口を開いた。
「……君が噂の歌姫か。あの戦の夜、歌だけで民の心を癒したという」
「え……あ、はい。あの時は、偶然というか……」
「謙遜は王族の前では通用しないよ。私は、真実だけを聞きたい」
まるで試されているような鋭い視線。だがリノは、ほんの少しだけ口元を引き締めた。
「では……真実を。あの日、歌ったのは、恐怖に震える私自身の心をなだめるためでした。でも、それが誰かの心に届いたなら、それが“歌の力”なんだと思います」
その言葉に、王子の瞳が一瞬、揺れた。
「……ふむ。興味深い考えだ。では、その“力”を、今夜の晩餐会で私にも見せてくれるか?」
王子の問いに、リノはゆっくりとうなずいた。
「はい。心を込めて、歌わせていただきます」
**
その夜。王宮の大広間には、たくさんの灯りと笑い声が満ちていた。
各国の言葉が飛び交い、色とりどりの衣装が目を引く。まるで夢の中にいるような光景だったが、リノはしっかりとその中央に立っていた。
ピアノの伴奏が始まる。
そして、リノは目を閉じて、心を静める。
(異国の人でも、言葉が違っても、心はきっと……)
♪――光のように 風のように
遠い国にも 届いてほしい――♪
その歌は、言葉を超えて人々の胸に染み込んでいく。
初めて出会う異国の人々が、静かに耳を傾け、笑みを浮かべ、時には目を潤ませる姿を見て、リノの心も温かくなっていく。
♪――願いを越えて 心が繋がる
わたしの歌が 架け橋になるように――♪
歌い終えたとき、会場は静寂に包まれた。
そして――
「……見事だ」
立ち上がったのは、アレクシス王子だった。
彼はまっすぐにリノを見て、深々と頭を下げた。
「貴女の歌は、我が国の兵士たちにも希望を与えるだろう。いつか……グランディアでも歌ってくれないか?」
「え……?」
会場がざわつく。
王子の言葉は、明らかに“外交的な申し出”だった。
リノは戸惑いながらも、静かに答える。
「……もし、私の歌が誰かの力になるなら。いつか、きっと」
王子は笑った。
「約束だ、歌姫殿。私は、君の歌を我が国の“光”と呼ぼう」
**
その晩、リノは中庭で一人、空を見上げていた。
すると、そこへ静かに足音が。
「リノ、すごかったよ」
声の主はレオニス。いつも通りのあたたかい笑顔。
「ありがとう。でも……私、自分の知らない世界と向き合うの、すごく怖かった。でも歌ってるうちに、分かったの。心の中にあれば、言葉じゃなくても、伝わるんだって」
「うん。君の声は、世界を繋ぐ力を持ってる。……君は、もう“この国だけの歌姫”じゃないのかもしれない」
「そうなのかな……でも、私は、あなたと一緒にいるときが、一番落ち着くよ」
レオニスはそっと手を差し出した。
「じゃあこれからも、隣にいさせて。君の世界が広がっても、君の心が迷わないように、僕が道しるべになるから」
リノはその手を握った。
「……うん。ありがとう、レオ」
夜風が、静かにふたりの間を吹き抜けた。
それは、ただの外交ではない。
“未来への扉”が、静かに開いた音だった――。




