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婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!  作者: 山田 バルス


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第38話 王様、リノの報告を受ける

『旅立ちの旋律 ―王の記録―』

王国エルデラン、王都リュシオン。王国最大の政治・文化の中心地。

昼下がりの陽光が差し込む玉座の間で、国王セランは一枚の報告書に目を通していた。


報告の内容は、第三王子レオニスとともに行動している“リノ”という少女についてだった。


「……なるほど。やはり、ただの旅芸人ではないな」


王は静かに言った。


リノ――その本名は、トリノ=リドグレイ。

かつて北方の名門、リドグレイ伯爵家に生まれた令嬢だった。


けれど、王が知っていた“リドグレイ家の令嬢”たちとは、ずいぶん様子が違う。


「これは……」


セランは、報告書の中に書かれた内容に思わず眉をひそめた。


“リドグレイ家に生まれながら、魔力は平均以下。魔導器の適性もなく、王立魔法学園への推薦も却下される。屋敷内での立場は使用人以下とされ、継母アナスタシア、その娘ミレイア、クラリッサらにより日常的な侮辱と労役を強いられていた”


「――まるで“灰かぶり姫”だな」


セランが小さくつぶやいたとき、背後で控えていた宰相ハウリーが一歩前に出た。


「陛下、その名は王都でも風の噂として広まっております。北のリドグレイ伯爵家には、“魔法の使えぬ娘”がいたと。だが、まさかその娘が……王子殿下と?」


「……そうだ」


王はゆっくりとうなずいた。


レオニスが連れていた少女――リノの歌声には、人の心を動かす力があった。

その声が偽りでないことを、セランは一瞬で見抜いていた。


だが、それが“誰”なのかは、別の話だ。


報告書には、さらにこう記されていた。


“継母アナスタシアは社交界の名士。いつも宝石と扇子で飾られた優雅な婦人だが、実際には冷酷な統率者である。継姉ミレイアは完璧な“お嬢様”を演じ、次姉クラリッサは“塔の薔薇”と呼ばれる冷笑の才女。実父ラウル伯爵は王都の政務で不在が続き、令嬢トリノは守られることもなく、家を飛び出した”


「……なんということだ」


セランは額に手をやった。


「この国の名門の中に、こんな理不尽があったとは」


王の中で、怒りとも哀しみともつかぬ感情が渦を巻く。


「では、彼女は……」


王はさらに目を通す。


“逃げ出したあとは王都近郊の街で身分を隠し、音楽隊に所属。リノという仮名を名乗る。音楽の才能は目を見張るものがあり、特に歌声は魔導器を超える“共鳴”の力を持つ”


「……ハウリー。レオニスが彼女に惹かれた理由が、少しわかった気がする」


「御意」


「だが、問題はそこだけではない」


セランは顔を上げる。


「ローマン=アルヴィス。この名も報告書にあったな。確か、彼女の元婚約者だったと」


「はい。王都学院に在籍する若き貴族。優秀で容姿端麗。貴族社会では将来を嘱望されています。だが、トリノ嬢が“魔力のない娘”と知るや、婚約を一方的に解消したようです」


「……本当に、それだけなのか?」


「噂では、姉ミレイアの存在も関係しているようです。現在のローマン殿下は、彼女と親しく……」


セランは小さく息を吐いた。


人の評価とは、表面だけでは決まらない。

“役立たず”と決めつけられた娘が、今では王子の隣で王都の民を魅了している。

かたや、“完璧な姉”たちは、貴族社会での評判ばかりを気にしている。


「……人の価値を決めるのは、魔力量ではないな」


セランの言葉に、ハウリーも深く頷いた。


夕暮れの光が差し込む頃、王は一人で王宮の庭を歩いていた。


バラの咲く中庭に、小さな音が聞こえる。


リノ――いや、トリノ嬢の歌だ。


風に乗ったその旋律は、まるで過去の痛みさえ包みこむような優しさに満ちていた。


(お前は、どれほどのものを背負って、ここまで来たのだ)


王の胸に、ひとつの決意が生まれる。


もし、この国の誰もが見ようとしなかった“真の声”を、レオニスが見つけたのなら。


もし、名もなく嘲笑されていた少女が、本当に民の心を動かせるなら――。


「私は……試してみるべきなのかもしれんな」


王国の未来を、声と心で導く者がいるのなら。


それはきっと、魔力の数字では測れない価値がある。


「ハウリー」


「はい、陛下」


「リドグレイ家に使者を送れ。名目は“北方領の報告”、だが……」


王は目を細める。


「“あの令嬢”が、いかに扱われてきたかを、今一度、問い直す時だ」


風が吹く。


金色の薔薇の花びらが、空に舞った。


リノの歌声が、それに重なるように響く。


それは、かつて誰にも届かなかった声。


だけど今は――王の耳に、しっかりと届いていた。

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