表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/40

第36話 アナスタシア。そして、クラリッサ拘束される

『旅立ちの旋律 ―闇の檻―』

王都の空は朝焼けに染まりはじめていた。

だがその色は、希望ではなく、終焉の炎のように映った。


王城の裏門から、二人の女が連行されてくる。

一人は絢爛なドレスを身に纏った中年の貴婦人。

もう一人は、銀の髪を乱しながらも背筋を伸ばす若い娘。


アナスタシア。そして、クラリッサ。


元伯爵夫人とその娘――“塔の薔薇”と謳われた美貌の令嬢は、今や鎖を繋がれた囚人として、人々の視線を浴びていた。


「まさか……あの方が……」

「クラリッサ様が、あんなことを……」

「リノ様を襲わせた犯人だって……信じられない……」


ざわめく声。憐れみと、好奇心と、軽蔑が混ざり合っていた。


クラリッサは一言も発しない。ただ唇を真一文字に閉ざし、視線を宙に浮かべていた。

かつて慕われ、憧れられていた自分が、今は“罪人”として見られている。

それが現実であることを、まだ受け入れきれない。


アナスタシアは違った。誇り高く、顎を上げていた。


「恥を知りなさい。私は、この国の腐敗を正そうとしただけよ」

彼女は兵士に向かって声を上げる。

「“歌姫”? ふざけた偶像に踊らされて、何が国だ、何が民だ。あの娘こそがこの王国を脅かす病原体よ!」


兵士たちは無言のまま歩を進める。だが、王城の門の先に待っていたのは――


「アナスタシア=リドグレイ、クラリッサ=リドグレイ。王命により、反逆未遂および歌姫暗殺教唆の容疑で拘束、取り調べを開始する」


声を上げたのは、王宮直属の騎士団長だった。


「根も葉もない!」アナスタシアが叫ぶ。「この王国は、愚か者どもに支配されている! だからこそ、私たちは――」


「黙れ!」


その声を遮ったのは、別の人物だった。

レオニス――王家の血を引く青年であり、リノを守ったその人だった。


濡れたマントのまま、剣を腰に携え、凛然と二人の前に立っていた。


「レオニス王子……!」

周囲がざわめく。


アナスタシアは、息を詰まらせた。


「まさか……あなたまであの娘の……!」


「リノは、“ただの娘”じゃない」

レオニスの瞳には怒りと、強い意志が宿っていた。


「彼女は、民の心に火を灯した。その光を、あなたたちは恐れた。それだけだ」


「光? あれは呪いだ! あんな女に王国を託すつもりか!?」


アナスタシアの声が、悲鳴のように響いた。


だが、クラリッサはようやく口を開いた。


「……もう、やめて、母上」


静かな声だった。

虚ろな目で、彼女は母を見つめる。


「わたしは……もう、わからないの。なぜ、あんなに憎んだのか。なぜ、殺さなければならないと思ったのか……。全部……全部、幻だったみたい」


アナスタシアは目を見開いた。


「クラリッサ、あなた……!」


「わたしは、負けたのよ。リノに。……あの子の歌は、誰かを貶めるためじゃなかった。誰かを救うためのものだった。……母上の声とは、違った」


兵士たちが、そっとクラリッサの腕を取る。

彼女はもう抵抗しない。ただ、まっすぐ前を見ていた。


「レオニス様。……リノを、どうか……幸せにしてください」


その言葉に、レオニスは目を伏せたまま、小さく頷いた。


「……それは、彼女自身が決めることだ。でも……君の言葉、必ず伝える」


クラリッサの瞳が、わずかに揺れた。

初めて見せた――悔恨とも安堵ともつかぬ、揺れる感情。


それが、彼女の最後の抵抗だったのかもしれない。


**


その後、アナスタシアとクラリッサは王都中央の塔に収監された。

裁判の期日は未定。だが、すでに証拠と証言は出そろっており、有罪は確実だと噂されている。


だが――


リノはその日、裁判の報を聞いた後も、静かに歌の練習をしていた。

誰かを裁くためではなく。

誰かの痛みを、慰めるために。


クラリッサの言葉は、胸に残っていた。


(……幸せにしてください)


リノは、まだ自分が誰かの幸せになれるとは思っていなかった。

けれど、歌を通して誰かの支えになれるのなら――


それがきっと、答えになる。


外はもうすぐ、朝の光が差し込む。

あの夜を超えた彼女の歌は、やがて王都の空を越え、もっと遠くへ届いていく。


誰かを癒し、誰かを赦し、誰かを導く――


それが、“灯火”の歌。

罪と憎しみを越えて、希望へと続く旋律。


物語は、まだ終わらない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ