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第34話 リノに迫る悪意の手

『旅立ちの旋律 ―偽りの誓約―』

王都の夜は、静まり返っていた。


煌びやかな王城とは対照的に、南街の一角――古びた石造りの館に、二つの影が足早に消えていく。


アナスタシア=リドグレイ。

クラリッサ=リドグレイ。


彼女たちは、令嬢としてあるまじき場所へと足を運んでいた。


「……こんなところに、本当に?」


クラリッサが不安そうに問う。

アナスタシアは答えず、重たい扉をノックする。三度、一定の間隔で。


数秒後、扉の隙間から灯りが漏れ、暗い瞳がこちらを覗いた。


「……合言葉を」


低い声。アナスタシアは、静かに告げる。


「『白百合は夜に咲く』」


すると、錠前の音が幾重にも外され、扉が軋みながら開いた。


そこにいたのは、黒いローブを纏った男――いや、もはや人間とは呼べぬような、異様な気配を放つ者だった。肌は痩せ細り、目は獣のように光っている。


「ようこそ、伯爵夫人。……“歌姫”への手配、承っております」


彼はかすれた声でそう告げると、部屋の奥へ二人を導いた。


部屋には数名の男女がいた。全員が武装しており、その目は鋭い。王国によって駆逐されたはずの“反王国派”――その残党たち。


アナスタシアは、揺るぎない足取りで進み、中央のテーブルに一枚の肖像画を置いた。リノの顔が描かれていた。


「この娘を、排除してほしい」


ざわつきが広がる。


「……王女でも、王族でもない。だが、王国にとって最大の脅威になる」


アナスタシアの声は冷たかった。


「“歌”などという曖昧な力で民心を得ようとする愚か者。だが、彼女が生き続ければ、王家はその光にすがり、国は歪む」


クラリッサは俯いたまま、黙っていた。


指導者格らしき男が、椅子に背を預けた。


「我らの方針は、王政そのものの打倒だ。娘一人の命に、どれほどの意味がある?」


「あるわ」


アナスタシアが即座に答える。


「王家が“歌姫”に象徴を託すなら、それはもう“血統”ではなく“幻想”になる。貴方たちが憎む王政の正当性を、あの娘が補完してしまうのよ」


沈黙。だが、その言葉は深く反王国派の心に刺さっていた。


「娘は、民衆の“夢”だ。だが夢は、いつか醒めるべき。そうでしょう?」


アナスタシアが微笑を浮かべる。


「……なるほど。確かに、“夢”を殺せば、王政もまた立ち行かなくなる」


指導者は頷き、ローブの下から短剣を取り出す。その刃は不気味に光っていた。


「暗殺の実行者は“影の獅子”。王都北部に潜伏している。我らが用意する。……代償は?」


アナスタシアは迷いなく答えた。


「リドグレイの隠し財産の一部。そして、王家が崩壊した暁には、旧貴族連盟の再建に協力を」


男は薄く笑った。


「良い取引だ」


その夜、クラリッサは母と共に館を出た後も、一言も口を利かなかった。


「……なぜ、あの子なの?」


ついに、クラリッサが問いかける。


「王国を揺るがす者は他にもいる。レオニス殿下とか、議会の改革派とか……それでも、なぜリノを?」


アナスタシアは足を止め、月を見上げる。


「レオニスも改革派も、所詮は“構造”の一部よ。だがあの娘は……“象徴”になりうる」


「象徴……?」


「民は、変革ではなく“救い”を求めている。だからこそ、“歌姫”という存在がもたらす幻想は危険なの」


アナスタシアの声は、少しだけ揺れていた。


「私たちは、生まれた時から貴族として育ち、“支配する側”にいた。でも、あの娘は違う。“無名”から“希望”へ――その軌跡が、人々に誤った夢を与える」


クラリッサは立ち止まる。


「……でも、それが本物の希望だったら?」


「――なら、潰してでも証明するしかない」


アナスタシアの瞳には、狂気にも似た信念が宿っていた。


「幻想を殺して現実を取り戻す。それが、私たちの正義よ」


クラリッサは、返す言葉を失った。


心の奥に、うす氷のような不安が生まれていた。


“正義”とは何か。

“罪”とは何か。


それが、自分たちの行為によって暴かれる日が来ると――彼女は、まだ知らなかった。


その数日後、“影の獅子”がリノの行方を追って王都に現れる。


だが、すべては失敗に終わった。


リノは守られた。

レオニスが、そして音楽隊の仲間たちが、彼女の光を信じて立ち上がったからだ。


やがて、すべてが明るみに出る。


アナスタシアとクラリッサの“誓約”は、反逆と暗殺教唆として暴かれ、彼女たちは鎖に繋がれる。


――これは、“光”に敗れた者たちの、最後の夜。


その罪は、ただ裁かれるためにあるのではない。


“歌”によって、赦され、超えていくために。


物語は、まだ終わらない。

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