表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!  作者: 山田 バルス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/64

第30話 クラリッサの失望

―父の言葉、薔薇の終焉―

 リドグレイ伯爵邸の応接間。

 いつもは穏やかな陽射しが差し込む部屋なのに、その日はやけに薄暗く感じられた。クラリッサ=リドグレイは、父ラウルの向かいに座りながら、何とも言えない胸騒ぎを覚えていた。


 ラウル=リドグレイ伯爵――いや、正確には“入り婿”であったその男は、長旅の疲れも見せず、まっすぐな瞳で娘を見据えていた。


「クラリッサ……お前に話さねばならぬことがある」


 その口調は、いつになく重々しかった。


「……何の話?」


 クラリッサは眉をひそめながらも、平静を装う。だが、指先はかすかに震えていた。胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。


「リドグレイ伯爵家の家督についてだ」


「……それなら私が継ぐのは当然でしょう? 私は、あなたの娘ですもの。母上は正妻、あなたは伯爵。そして私は、その娘」


「――それは違う。そもそもリドグレイ家は母系相続だ」


 クラリッサの心臓が、一瞬止まった気がした。


「……え?」


 ラウルはゆっくりと息を吐きながら言葉を続ける。


「この家の本当の血筋は、トリノの祖母……つまり、先代の伯爵夫人にある。わたしは、その娘――トリノの母リリアーナと政略結婚で婿入りしたに過ぎん」


「でも……じゃあ、私は……」


「お前はアナスタシアとわたしの間に生まれた娘。だが、リドグレイ家の直系の血は、お前の腹違いの妹であるトリノだけに受け継がれている」


「そんな、馬鹿な……!」


 クラリッサは立ち上がり、ラウルに詰め寄った。


「トリノは“灰かぶり”だったのよ!? 誰も魔力も認めず、家の恥とまで言われた! どうしてそんな子が、私より……!」


「クラリッサ、落ち着け。トリノの母――リリアーナは、先代伯爵家の長女だが、婿入りしたリリアーナの父は異国の子爵家でもあった。彼女は異国の子爵家とリドグレイ伯爵家の継承者でもあった。そして、その娘……すなわちトリノこそが、正統なリドグレイの継承者なのだ」


 クラリッサは顔面から血の気が引いていくのを感じた。


 あの無能な少女が、自分よりも高貴な立場だというのか?


 ――信じられない。信じたくない。


「で、でも……あの子は家出したのよ? 戻ってこない。だったら、私が……!」


「それはできぬ」


 ラウルの声は静かだったが、鋼のような断固たる響きを持っていた。


「王都でも、この家系の血統確認は正式に行われた。リドグレイ家は、トリノを迎え入れることができなければ、取りつぶしになるだろう」


「――取りつぶし……?」


 クラリッサの頭が真っ白になった。


「それほど、リリアーナの系譜は重いのだ。そもそもこの家は、長らく女系の力によって保たれていた。魔力、政治力、そして影響力。それに対してお前の母は平民だ。わたしとは愛人関係でお前たち二人ができた。だから、リリアーナが旅立った後、アナスタシアと結婚したのだ……なので平民と伯爵家では血筋の面で、とてもトリノには勝てない」


「……嘘よ」


 クラリッサの肩が震える。視界がぼやけてきた。


「私が、どれだけ努力してきたか知らないくせに……! 私は、ずっと、完璧でいようと……誰よりも美しく、頭もよく、品位を保って……! すべては、この家のために……!」


「わかっている。お前の努力は誇りだ。だが――相続とは、努力だけでは選ばれない」


 それは、あまりにも残酷な現実だった。


 ――なぜ、あの娘なの?


 ――なぜ、私じゃないの?


 クラリッサは崩れるようにソファに腰を下ろした。


 頭の中で、ローマンの顔が浮かんだ。あの美しく、理知的な青年。自分の隣にふさわしいのは、自分だと信じていた。


 だが――もしも、トリノが正式な伯爵家の後継者だと知られたら……平民の血が流れていると知られたら?


 ――彼は、私から離れるかもしれない。


 その恐怖が、クラリッサの胸を締め付けた。


「クラリッサ。……これが、現実だ」


 ラウルは立ち上がると、そっと扉の方へ向かった。


 その背中に、クラリッサは何も言えなかった。


 ただ、銀の髪が揺れるのを感じながら、唇をかみしめるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ