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婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!  作者: 山田 バルス


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第28話 リノ、レオニスの正体に気が付く

『旅立ちの旋律 ―秘密がほどける夜―』

王都に来て、もうすぐひと月が経つ。


音楽隊の舞台は連日成功し、リノは“歌う少女”として少しずつ名を知られるようになっていた。


――そして、レオニスと過ごす時間も、少しずつ増えていた。


市場、書店、静かな川辺。どこにいても、彼といると心が落ち着いた。


彼の名前は「レオ」。身分はよくわからない。けれど、物腰や言葉選びが、ただの市民とは思えなかった。


(でも、聞けないよね。わたしも本当のこと、言ってないし)


リノもまた、ただの旅芸人ではない。


本当は、ある名家の令嬢。亡き家族の事情と、屋敷での過去を隠すため、“リノ”という偽名で生きている。


互いの素性を知らぬまま、どこか引かれ合っていた。


だが――その日は、あまりにも突然に、すべてが崩れた。


**


その晩、音楽隊は王宮からの正式な招待を受けていた。


「第3王子・レオニス殿下の後援による晩餐会」という名目で、王族や貴族たちが集う舞踏の夜。


リノは、その中で“特別な歌”を歌うよう、マリーナに頼まれていた。


(……王子様の前で、歌う?)


誰が相手かなど、リノには関係ないはずだった。けれど、名前を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。


――レオニス。


彼と同じ名前だ。でも、まさか。あのレオが……王子様だなんて。


「……まさかね」


つぶやいたその声は、どこか震えていた。


**


晩餐会が始まった。


王宮の大広間は、光の海のようにまばゆく、壁には美しい装飾と名画が並ぶ。


楽団員として招かれたリノは、緊張で手が震えるのを抑えながら舞台袖で待っていた。


(あの中に……レオがいる?)


司会の声が響く。


「それでは――我らが第3王子、レオニス殿下のご希望により、本日お招きした旅の音楽隊より、“リノ”という少女に、特別な歌を贈っていただきます」


まるで時が止まったようだった。


その名前を聞いたとき、観客席の中で立ち上がったひとりの青年がいた。


その瞳に映ったのは、まさに――“リノ”。


けれど彼女の目にも映っていた。


王家の礼服。胸元に輝く紋章。そして、正面に立つ青年の姿。


(……レオ?)


リノの膝が、ほんの一瞬、崩れそうになる。


でも彼女は、息を吸った。


(今は……歌う。私の声で、ちゃんと届ける)


**


♪――誰にも言えない傷を


 心の奥に隠したまま


 だけど出会えた、この声が


 あなたの扉をたたくなら――♪


歌が、響いた。


リノの声は震えていた。でも、まっすぐだった。誰かに届いてほしいという、真っ直ぐな想い。


それはまさに、レオニスの胸にも深く響いていた。


(リノ……君だったのか)


ずっと名前を偽り、素性を隠していたのは自分の方だと思っていた。


でも彼女もまた、過去を抱えてこの場所に立っていた。


歌が終わると、会場はしばしの静寂の後、熱い拍手に包まれた。


だが――リノはそのまま、舞台袖へ姿を消した。


**


数分後、彼女はひとり、中庭の小道を歩いていた。


目には涙が浮かんでいた。けれど、それをぬぐうこともせず、ただ前を向いていた。


(逃げるのは、違う。でも……この気持ちは、どうすれば)


そのとき。


「……リノ」


声がした。


振り返ると、そこに立っていたのは――レオニスだった。


王子としての正装。もう、隠しようのない本当の彼。


ふたりはしばし、黙って見つめ合った。


そして、リノが先に口を開いた。


「……やっぱり、あなたが“王子様”だったんだね」


「ごめん。最初から言うべきだった。でも、君といるときだけは――“レオ”でいたかったんだ」


「わたしも、嘘ついてた。ほんとは貴族の家で育った。色々あって、名前も捨てて、旅に出たの」


互いに、目をそらさなかった。


「君が誰でも、関係ない。僕は……“リノ”に惹かれてる。君の歌も、心も」


「……わたしも、レオに出会って……少しずつ前を向けるようになったの。でも」


リノは拳を握った。


「これが夢なら、壊れるのが怖い。だって、王子様と旅芸人なんて……釣り合うわけ、ないじゃない」


その言葉に、レオニスはそっと手を差し出した。


「じゃあ、これから確かめていこう。一緒に――現実を作ろうよ」


リノは、驚いたようにその手を見つめた。


しばしの沈黙の後、そっと手を重ねた。


ぬくもりが、確かにそこにあった。


**


夜の風が、静かにふたりの周りを包んでいた。


秘密が解け、正体が明らかになっても――心は変わらない。


いや、変わったのは、ただ一つ。


互いをもっと、深く知りたいという想い。


――それはもう、「恋」と呼んでいいのかもしれない。


旅と運命の旋律は、まだ続く。


でも今だけは。


ふたりきりの静かな夜が、そっとその先を照らしていた。

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