第18話 踊り子たちとリノ
『旅立ちの旋律 ―王都にて、踊り子の視線―』
王都リュシオンに到着して、最初の夜。
宿の一室、月明かりがカーテン越しに差し込む中――リノは窓辺に座っていた。まだ眠れず、静かに深呼吸を繰り返していた。
「……背筋、伸びてる。やっぱり緊張してるでしょ?」
声をかけてきたのは、踊り子の姉・リナだった。
「リナさん……」
「もう“さん”はやめてよ。仲間でしょ? ほら、リラックス、リラックス♪」
ひらりと舞うような足取りで、リナがリノの隣に腰を下ろす。月光がその横顔を照らすと、まるで舞台の上にいるような優美さだった。
「……ありがとう。舞台、すごく助けられた。踊り、綺麗で……」
「ふふ、でしょ。あれ、セラとずっと練習してたの。“リノの歌に似合う踊り”って、いろいろ考えたんだから」
リナの声は、どこか誇らしげだった。だが、すぐに少し真面目な表情に変わる。
「リノ。あの歌……本当にすごかった。聞いてる間、泣きそうだった。なんていうか、“誰かのために歌ってる”って、伝わってきた」
リノは小さく瞬き、うつむいた。
「……ううん、自分のためなの。誰かのために歌えるほど、まだ強くないから。でも……自分の気持ちは、ちゃんと伝えたかった」
「うん。それが“誰かのため”になるんだよ。無理に誰かを想わなくても、ちゃんと届くものって、あるんだから」
リナの言葉は、まっすぐだった。
「……ねえ、リノ。今度、一緒にオリジナルの演目、作ってみない? リノの歌から振り付けを考えて、物語仕立ての舞台にするの」
「えっ……わたしが?」
「うん。リノの声、世界を動かせる気がするの。だったら、踊りで物語を添えたいの。ね?」
リノは、一瞬ためらい――そして、ゆっくりと頷いた。
「……やってみたい。わたし、自分の世界を……届けてみたい」
リナはにっこりと微笑み、そっとリノの手を握った。
「決まり。姉として、全力で支えるからね!」
「えっ、姉?」
「踊り子姉妹の姉代表としてね♪ リノももう、妹分だから!」
リノが小さく笑った。夜の空気が、少しだけ温かく感じた。
翌朝。音楽隊は、王都の広場で短い公開練習を行っていた。
その合間――舞台裏の小道具室で、リノはセラと二人きりになっていた。
「……これ、リノの分」
「えっ、なに……?」
セラが差し出したのは、小さな布袋。中には色とりどりの髪飾りや、ビーズでできた飾り紐が入っていた。
「昨日の舞台、すっごく良かった。でも、衣装がちょっと地味だったから……これ、手作り。髪に付けると華やかに見えるよ」
「……セラさん、こんなの……!」
「リナが“姉代表”なら、私は“妹代表”だからね。リノが恥ずかしくないように、ちゃんとお洒落させてあげなきゃ」
セラは少し照れたように肩をすくめた。
「わたし……人に何かしてあげるの、慣れてなくて。ずっと“踊り子の妹”で、守られる側だったから。でも、リノの歌を聞いたらね、なんか……“守ってあげたい”って思ったの。不思議だよね」
「……ううん。ありがとう。すごく、嬉しいよ」
リノは目を潤ませながら、セラの手から髪飾りを受け取った。
「これ、つけていい?」
「もちろん。ほら、鏡使って」
セラが鏡を差し出し、リノは小さく頷いて、そっと前髪に青いビーズの飾りを編み込んだ。
「……どうかな?」
「……すごく、似合ってる。びっくりした。まるで……王都の歌姫みたい」
「えっ、そんな……!」
「ほんと。あ、でも“歌姫”って呼ぶのはまだナイショね。正式なデビューのときのキャッチコピーにしようって、リナとこっそり決めてるから!」
思わず吹き出すリノ。セラもつられて笑う。
「そっか……なら、もっと頑張らなきゃね。“王都の歌姫”にふさわしいように」
「うん。今度の舞台、私たちが照明も飾りも全部やるから。リノは歌に集中して」
セラの声には、芯のある強さがあった。
(この人たちは、ほんとうに……)
リノは胸の奥で、静かに呟いた。
(仲間なんだ)
その日の夜。
王都の灯が、小さな旅芸人宿の窓から差し込む中。
リノはリナとセラの隣で、皆の夕食を囲んでいた。
「それじゃあリノ、明日の舞台、本気でぶつけてよね!」
「うん。ちゃんと、歌うから。わたしのすべてで」
「うふふ、いい返事♪ セラ、明日の衣装チェック、ちゃんとお願いね」
「了解。リノが“王都の歌姫”になる準備は、もう完璧だから」
笑い声と、あたたかな空気が満ちていた。
そしてリノは、ふと思った。
(この場所が、わたしの居場所なのかもしれない)
かつて“無能令嬢”と呼ばれ、誰にも愛されなかった少女は、いま――
踊り子姉妹の、歌姫として。
確かに、仲間の中で微笑んでいた。