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第17話 踊り子の姉妹から見たリノ

『旅立ちの旋律 ―踊り子の姉妹より―』

リナは、その日も朝焼けに染まる広場で軽く体を動かしていた。


木の舞台はまだ冷たく、靴の裏に伝わる感触が心地いい。舞台の端では、妹のセラが衣装のすそを調整しながら、小さくあくびをしていた。


「リナ、今日の舞台、どうなるかな」


「どうって、そりゃあもう、あの子が歌うんだから」


リナは笑って、セラにウィンクを送る。


「“あの子”って……リノちゃんでしょ? あの子、本当にすごいよね」


「うん。最初に見たとき、びっくりしたもん。歌う前は小動物みたいにおどおどしてるのに、声が出た瞬間、空気が変わるんだもの」


セラも小さく頷いた。リノの初舞台は、二人の記憶に強く焼きついていた。


――あのとき。


セント・オルソ広場の空は、茜色に染まっていた。街の喧騒が静まり、人々が噴水のまわりに集まりはじめる頃。リノは舞台の中央に立っていた。


「ほら、見てセラ。リノちゃん、手が震えてる」


「うん。でも、逃げる気配はないね……あ、息吸った」


そして、歌い出した。どこか懐かしくて、でも誰も知らない旋律。まるで心の底にそっと触れるような、柔らかくて澄んだ声。


♪――君のいない空の下で 何度も夢を見た――♪


「……わたし、最初に聞いたとき、本当に鳥肌が立ったよ」


セラは自分の腕をさすりながら、当時を思い出す。


「なんていうのかな。リノちゃんの歌って、ただ上手いだけじゃないの。“声の奥”に何かある感じがして……」


「うん、わかる。あれはたぶん、痛みだよ。悲しみとか、孤独とか……でもそれだけじゃない。あの子、乗り越えようとしてる。歌で、全部を」


姉妹は踊り子として、何度も街で舞台に立ってきた。歓声も、野次も、無関心な視線も、すべて経験してきた。


でも、リノの歌には、それらを一気に黙らせる力があった。


「ねえ、リナ。あの子って、きっとすごくつらいこと、いっぱいあったんだよね」


「……そうかもね。誰にも信じてもらえなかったとか、大切な人に裏切られたとか……。でも、それでも歌いたいって思ったんでしょ」


リナは両手を腰に当てて、小さく息を吐く。


「だから、わたしたちも負けてられないよね。歌に負けないくらい、舞いを磨かないと」


「うん! だって、わたしたち、マリーナ隊の踊り子だもん!」


ふたりはハイタッチを交わすと、舞台の中央へと向かった。


◇ ◇ ◇


それから数日。王都での舞台を重ねるうちに、リノの存在はどんどん大きくなっていった。


「この前、広場の子どもたちがリノちゃんの歌、口ずさんでたよ」


「ほんと? すごい……」


「でも、あの子、全然偉そうにしないよね。昨日なんて、リハーサルのあと、こっそり掃除してた」


「うん、見た見た。ギルさんが『もっと図太くなれ』って呆れてた」


セラが笑いながら話す。


「でも、それがリノちゃんらしいよね。あの子、“選ばれた才能”じゃない。努力して、傷ついて、それでも一歩ずつ前に出て……それでやっと、今ここにいるんだ」


リナはしみじみと呟いた。


(だからこそ、わたしたちも、この音楽隊で何ができるかって考えちゃうよね)


踊り子。歌とは違う表現だけれど、心を伝えるという意味では同じだ。


リノの歌が“旋律”なら、自分たちの踊りは“軌跡”だ。


歌が生み出す世界を、舞で形にして、人々の記憶に刻む。


それが、リナとセラの誇りだった。


「……リノちゃん、きっとこれから、もっと遠くまで行くと思う」


「うん。でも、それでいいんだよ。だって、あの子の歌は、もっともっと多くの人に届くべきだから」


「わたしたちは、あの子の背中を押す風になろう。ね、リナ」


「うん。約束だよ、セラ」


ふたりは手を取り合って、小さく笑いあった。


それはまるで、音もなく花が開く瞬間のように、静かで温かい時間だった。


◇ ◇ ◇


その日の夕方。セント・オルソ広場ではまた、舞台の準備が進められていた。


石舞台の中央には、リノの立つ場所が用意されている。


彼女は今日も、少しだけ緊張した面持ちで、マリーナと話していた。


「リノ、がんばって!」


セラが叫ぶと、リノは小さく笑って手を振った。


「……ありがとう、セラさん。リナさんも」


その声は、小さくて、でもまっすぐだった。


そしてまた、新たな歌が始まる。


リナとセラは舞台の両端に立ち、旋律に合わせて、そっと舞を始めた。


軽やかな足取り、揺れる衣装、ふわりと舞い上がるスカートのすそ。


音と舞が交わる瞬間、広場の空気がまた変わっていく。


リノの歌は、街に流れる風になり、リナとセラの舞は、その風を彩る花のように、優しく広がっていった。


――踊り子の姉妹は知っている。


この旅はまだ始まったばかり。


でも、彼女の歩む道には、たしかな“音”がある。


そしてそのそばには、必ず“仲間”がいる。


それは、とても誇らしくて――とても、あたたかい奇跡だった。

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