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第13話 太鼓のミオからみたリノ

『旅立ちの旋律 ―東への道― ミオのまなざし』

朝焼けが空をほんのり赤く染める頃、馬車の車輪がゆっくりと動き出す。


ぼく――ミオは、いつものように太鼓を片手に、荷台の端に腰を下ろしていた。東へ向かう旅はまだ始まったばかり。朝露の残る草原を風が駆け抜けていく。


「おい、ミオ、まだ寝ぼけてんのか? 配給始まるぞー!」


ギル兄ちゃんの声が飛ぶ。ぼくはあわてて立ち上がり、顔をぱんっと叩いた。


「へいへい、今行くって!」


そんな、いつも通りの朝。でも、今日は少し違ってた。


馬車の隅っこに、見慣れない少女がひとり。茶色の髪に、薄い空色の目。歌姫、リノ。昨日、音楽隊に加わったばかりの新人だ。


あのとき歌ってた彼女の声は……なんて言うんだろう。どこか、泣きたくなるような、でも、あったかい風みたいな――そんな感じだった。


**


「おはよう、ミオくん。はい、パンと干し肉だよ」


「……あ、ありがと」


布袋からそっと差し出されたパンを、ぼくは受け取った。目の前のリノは、ちょっと緊張してるみたいに小さく微笑んでた。


「昨日の歌、すごかったね」


「ううん……まだ、練習中だよ。でも、そう言ってもらえると、嬉しいな」


その笑顔は、不思議なことに――どこか、さみしげで。でも、光が差してるような気がした。


ぼくは、太鼓を叩くのが好きだ。リズムで空気が変わる瞬間とか、みんなの心がひとつになるときとか。あれが、たまらなく気持ちいい。


でも、リノの歌はちょっと違う。


彼女の声は、まるで「過去」を引っ張り出してくる。


「懐かしい」って思わせるんだ。まだ出会ったばっかりなのに、なぜか――ずっと前から知ってたような気がする。


**


旅の途中、小さな村での演奏会があった。


ぼくは太鼓を叩きながら、ちらっとリノの方を見た。彼女は、村の広場の片隅でそっと立っていた。手を胸に当てて、深く呼吸している。


その姿を見て、ぼくは少しだけ緊張した。


(大丈夫かな……)


でも、リノは目を開けた瞬間、まるで空気が変わった。


♪――この風に乗せて 希望をつなぐよ

あなたの知らない空の向こうへ――♪


静かに、でも確かに。その歌は村全体にしみわたっていった。


小さな子どもが立ち止まり、おじいちゃんが涙ぐんでいた。ぼくも太鼓の音を止めて、ただ聴き入っていた。


(……なんでだろ)


あのとき、心の奥にある何かが、じんわりとほどけていくような気がした。


「リノの歌って、まるで……遠い記憶を思い出すみたいだよね」


ぼくがつぶやくと、ルカが横でうなずいた。


「うん。初めて聞いたのに、懐かしいなんて、不思議だよね」


リノは、その言葉に少しだけ照れながら、「ありがとう」と答えた。


その笑顔に、何かを隠してるような影がちらっと見えて、でも――ぼくはその影も嫌いじゃなかった。


**


王都に近づくにつれて、旅がちょっとだけきゅうくつになってきた。


通行証の確認とか、怪しい者がいないかって取締りとか。


「ミオ、気をつけなよ。太鼓に何か隠してるとか疑われたら、また面倒だからさ」


マリーナ姉ちゃんがそう言ってきて、ぼくは冗談まじりに舌を出した。


「へーい、了解っす」


でも、そんなとき、リノがぽつりとつぶやいた。


「……王都で会いたい人がいるの」


その目はまっすぐで、でもどこか……決意に満ちてた。


マリーナ姉ちゃんが茶化すように言った。


「へぇ、恋人かい?」


リノは笑って否定したけど、なんかそれ以上に大事な人なんだろうなって感じた。


(あの人、たぶん……何かを背負ってる)


音楽隊の中で、ぼくたちは家族みたいな存在だ。


でもリノは、まだ“こちら側”に完全には来ていない気がする。


本当の意味で笑えていない。


……でも、あの歌が生まれるなら、それも、アリなのかもしれない。


**


夜。焚き火のそば。


ギル兄ちゃんが、ぼくの太鼓を磨いてくれている。その向こうで、リノが静かに火を見つめていた。


「ねえ、リノ」


ぼくはふと、聞いてみた。


「前に住んでた場所……すごくつらかったの?」


リノは驚いたように目を見開いて、少しだけ笑った。


「うん。生きてるだけで、何かを壊しそうで怖かった。だから、逃げたんだ」


「でも、歌は壊さないよね。誰も、傷つけない」


「……うん。歌って、すごいね」


リノはそう言って、火を見つめながら目を細めた。


「ミオくんの太鼓も、そう。あったかい音がする。なんか……心が落ち着く」


その言葉に、なんだか胸が熱くなった。


(そっか。ぼくの音も、誰かを救ってるんだ)


リノはまだ、旅の途中にいる。


でも、きっと彼女の中にある“音”は、どんどん強くなってる。


ぼくは、太鼓を持ち直した。


「じゃあさ、次の村では一緒にセッションしようよ。ぼくがリズムで支えるからさ」


「……うん。ありがとう、ミオくん」


静かな夜風が、リノの髪を揺らした。


それは、旅の続きの始まり。


ぼくたち音楽隊の旅は、音でつながる。


そして、リノという少女は、ぼくたちの旅に新しい“物語”を加えてくれたんだ。


**


彼女の歌は、風になって――

ぼくの太鼓は、大地に響いて――


きっと、どこかの誰かの心に届いている。


ぼくは、それを信じてる。


(リノ。君の歌は、もうぼくたちの“旅の一部”だよ)


だから――進もう。


音の鳴る方へ。


未来の響きが待つ、その場所へ。

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