#8 貧乏性なのか、貧乏なのか
木嶋武虎
喫茶コアントローのマスター
コワモテでちょっぴり頑固だが根は優しい
木嶋蒼
マスターの姪
就職浪人中と言い張る怠惰で屁理屈なニート
雲原立季
常連客
明るく能天気な俳優兼フードデリバリー配達員
「叔父さん!水!!」
「俺は水じゃない!」
ドアベルを乱雑に鳴らし来店してきた蒼を、まるでわんぱくな子を育てる母親のような口調で出迎えたのはこの店のマスター、木嶋武虎。
武虎は他の客が注文したトーストが焼けるのを待つ間、テキパキとグラスに氷と水を入れ紙コースターを敷き、蒼の前に置いて真顔で付け加える。
「ただいま氷増量キャンペーン中。追加オプションで20円な」
「ハイ出た!それ雲原さんはまんまと騙されるけど私は無理だからね?」
「チッ……貧乏人はカフェなんか──」
「まあ出すけど。はい」
いつもは無料の水をちびちび飲みながらスマホをぼーっと眺めたりして過ごすニートの姪が今、小言を言いながらも10円玉を二枚置いた。武虎はそんな光景を見て目をぱちくりさせる。
「今のは冗談だぞ?」
「わかってるって。いいから受け取ってよ」
なんだかいつもと違う蒼の様子に困惑しつつ、武虎はおずおずと手を伸ばし20円を受け取る。次お義姉さんに会ったら真っ先にこのことを伝えよう、なんて思っていたら蒼の口からまた耳を疑うような発言が飛び出した。
「あ、それとアイスココアとプリン」
「……払えるのか」
「失礼な!払えるから注文してるんでしょうよ!」
血は繋がっていようとも、まがりなりにもれっきとしたお客様に大概言うべきセリフではないが、武虎は気が付けばそう口から溢していた。
「氷追加オプションは……」
「マシマシでお願いします」
「──いやあそれにしても、へそくりなんて単語久しぶりに聞いたわ!」
配達終わりの立季も来店し、いつもより豪勢な理由を聞くと返ってきた「掃除してたらへそくり見つけて」という言葉を聞いて立季は懐古する。
「過去の私にマジで感謝」
「いいなー!俺もへそくり発見したーい!一生遊んで暮らせる額の!」
「そんな大金は棚じゃなくて口座に入れるべき」
「立季、注文まだか」
来店してから中々注文しない立季に痺れを切らし、カウンターの奥で作業する手を動かしながら武虎が問う。ドスの利いたその声に、立季は思わず怯んでしまう。
「あ、はい!……うーん、どうしよう、一番安いもので220円か……本当はアイスコーヒーが飲みたい……あ、カレーも食べたい……プリンも、バタートーストも……うぅ、ひもじい……早くこんな生活から抜け出したいよ……しくしく……」
漫画みたいに「しくしく」と口に出す人初めて見た、とおおよそ劇団員とは思えぬ芝居を見ながら蒼は思った。
「今月色々支払い重なってマジキツいの!だから…ね?」
29歳の売れない劇団員が23歳のニート……いや、就職浪人生の目の前で手を合わせてすりすり懇願している異様な光景が繰り広げられる。
「何その目」
「うるうる」
「ねえさっきからいちいち擬音口に出すのやめて」
立季は唇を尖らせて上目遣いで蒼を見つめる。曲がりなりにもさすがは俳優、先程までの猿芝居が嘘のように、一瞬にして目の水分量を表面張力ギリギリまで引き上げる。そんな目をされたら断れないじゃないか。蒼は困惑するも、渋々口を開く。
「はぁ…仕方ないな」
「か〜!うんめー!」
結局最安メニューであるホットミルク(220円)ではなくアイスコーヒー(400円)を蒼に奢ってもらった立季は、まるで生ビールのような喉越しでぐびぐびと胃に流し込む。
「なんたってー?姪ちゃんの奢りだから〜!余計にうまく感じる〜!」
「最悪。こんな大人になりたくない」
「えー!姪ちゃんだって大人でしょ!」
いつものようにぎゃあぎゃあと騒ぎ出した二人に、武虎はぴしゃりと雷を落とす。
「おい、うるせえぞ!」
「「すみません…」」
しばらくして蒼はふと、立季が飲み干した空っぽのグラスを見て肩を震わせる。立季は怪訝そうな顔で「なにがおかしいの?」と聞くと、蒼はお腹を抱えてぽつぽつ話し出した。
「だって雲原さんっ……奢られる時もっ……氷まで全部食べるんだって……本当、貧乏性だなって……思って……」
ひー、ひー、と息を吸い込みながら引き笑いする蒼を見て立季も引きつつ、寂しそうに薄ら笑いを浮かべて言い放った。
「貧乏性っていうか、貧乏なんだよ、俺」
「何が違うの?」
「全然違うでしょ貧乏性と貧乏は」
「どう違うの」
「あー……あれだよ、マイペースな人と、のんびりな人くらい違う」
「……一緒じゃん」
「ちょっと違うの!」
「じゃあ、雲原さんは貧乏性な貧乏だ」
立季は反論材料を求めて蒼のテーブルを一瞥する。空になったプリンのグラスには、綺麗に食べられたさくらんぼの種とへたが転がっていた。
「お互い様〜」




