#7 〇〇メンタル
木嶋武虎
喫茶コアントローのマスター
コワモテでちょっぴり頑固だが根は優しい
木嶋蒼
マスターの姪
就職浪人中と言い張る怠惰で屁理屈なニート
雲原立季
常連客
明るく能天気な俳優兼フードデリバリー配達員
駒沢桂士
常連客
豪快で江戸っ子な八百屋の店主
「はーあ…」
飲みかけのアイスコーヒーの氷をストローでつつきながら珍しくしょぼくれている様子の立季。
客のオーダーを取り定位置に戻ってきた武虎は、面倒臭いなぁと思いながらも聞いてみることにした。こうしないとずっと目に入ってきて鬱陶しいからだ。
「立季…」
「よー!タケくん!」
「あ、コマさん」
武虎が口を開いたところでちょうど来店してきたのは、近くの商店街で八百屋を営む、駒沢 桂士。通称コマさん。
竹を割ったような性格で、常に声が大きい豪快なおじいさんだ。店の経営のかたわら、忙しい合間を縫って来店してくれる常連客でもある。
だが、最近は店の営業が立て込んでいたのか、久方ぶりの来店だ。
「お久しぶりですね。空いている席にどうぞ」
「ありがとよ!アイスコーヒーちょうだい」
「はい」
「ん?おーい兄ちゃん?どうした?」
コマさんはすぐ隣の席でテーブルに突っ伏す立季のただならぬ様子に気がつき、心配そうに顔を覗く。
「…俺もコマさんって呼んでいいすか…」
予想外の返答に、コマさんは目をパチクリさせながら答える。
「ああ!もちろんだ」
「ハハハ!そいつぁ気にしすぎだ!」
「えー、そうですか?」
「ああ、ああ!気にすんな気にすんな!」
二人が意気投合したタイミングで、今度は蒼が来店してくる。
「あれ、お久しぶりですコマさん」
「おお!蒼ちゃん元気か?」
「はは、まあ…ていうか雲原さんはどうしたんです?」
今日は心に少し余裕があったのか、明らかに触れて欲しそうに大袈裟に肩を落とす立季に自ら触れにいく蒼。そして、コマさんが先ほど聞いた話を噛み砕いて話す。噛み砕きすぎて雑なコマさんの話に、立季は自分の失敗談を恥ずかしがりながらも横で補足を加える。
「ウケるー!雲原さんそんなことで落ち込んでたの?」
全貌を知った蒼が、くすくすと肩を揺らして笑う。
「姪ちゃんまで…そんな笑うなよ人の失敗談を…」
「雲原さんって大雑把そうに見えて実は豆腐メンタルだよね!」
「ウワ、刺さった…」
心臓のあたりを着ているシャツごとぐわっと掴み、大きく肩を落とす。対するコマさんは、初めて聞く言葉に首を傾げた。
「豆腐メンタル?」
「ああ、メンタルが弱い人のことですよ。豆腐ってやわいじゃないですか」
「ガハハ!なるほどな!『豆腐の角に頭ぶつけて死ね!』ってやつだな。それで?逆はなんて言うんだ?」
立季が机に突っ伏したまま呟く。
「うーん…鋼ですかね、鋼のメンタルって言いますもんね…」
「鋼かぁ…でも食べ物じゃねぇのか」
「言われてみれば確かに」
「…硬い食べ物?なんだろ…」
立季と蒼はうーんと頭を捻る。
「うーん…あ、前テレビで知った、砂糖の塊の和菓子!あれ硬そう!えっと…」
「砂糖の塊?飴?」
「だとしたら名前出てこないのやばいから!」
二人がまたしょうもないことで言い争いを始める中、コマさんが答える。
「もしかして落雁かい?あれは硬かねぇよ、楊枝をスッと入れたらほろほろっと崩れんだ」
「そうなんですね!うーん、後は…なにかあるかな…」
「南部せんべいとかも硬いよね、前お土産でもらった」
「確かに硬いけど、不純物多いなぁ…」
「落花生を不純物って言うな」
「雲原さん、落花生じゃなくてピーナツね!せんべいに入ってるのは」
「違うの?」
「同じだけど違う!」
「どういうこと?」
「殻がついてるものが落花生で、殻を剥いたやつがピーナツ」
蒼はふふんと鼻を鳴らし、検索結果が表示されたスマホを自慢げに掲げる。
「へー、物知りじゃん。なんか悔しい」
「じゃあ南部せんべいに入っているのはピーナツってえことだな!」
「いやこれなんの話だったの」
「メンタルの話だな!硬い食べ物!」
「そうだった」
「てかさ、それで調べてよ、早く正解知りたい」
立季は我慢できずに蒼に答えをせがむ。
「んー、確かに。えっとー?『世界で一番硬い食べ物』っと…あ!へー!」
「なんだよー早く教えろよー」
立季は座っているカウンターの丸くて小さい椅子でくるくると回りながら駄々をこねる。
「俺も気になるなぁ!」
「なんだと思う?」
「ここに来てまだ考えさせんのかよー…んー…硬い食べ物……」
立季が腕を組み上を向いて考え出したその瞬間、青はスマホ画面を立季の顔の目の前に掲げる。
「正解は鰹節!」
「おい!今考え始めたところだったろ!…って、えぇ?!」
「鰹節かぁ。確かに硬ぇな!」
「鰹節…実物はあの削れてるやつしか見たことないです私」
「削り節だな!あれは薄くて柔らかいのになぁ」
「そっか。そういえばあれ削る前は硬いのか。でも世界一って…で、2位は干し鮑らしいですよ」
「へー!やっぱ乾物強いんだな」
「……ていうか私たちなんでこの話になったんですっけ…」
「あれ、本当だ。なんでだっけ?」
「確かになぁ。なんでだったか!ガハハ!」
鰹節メンタルか、そう聞くと熱々の粉物の上で踊っていて今にもはらはら飛んでいきそうな方を連想してしまうな。だとしたら豆腐メンタルと同義じゃないか。そう武虎は思いながらも、一斉にハテナを浮かべている3人を見て微笑んだ。