#6 優しさが目に染みる
木嶋武虎
喫茶コアントローのマスター
コワモテでちょっぴり頑固だが根は優しい
木嶋蒼
マスターの姪
就職浪人中と言い張る怠惰で屁理屈なニート
雲原立季
常連客
明るく能天気な俳優兼フードデリバリー配達員
「暇だねー」
「暇だなぁ」
おやつの時間も過ぎ、夕飯までの微妙な時間。ニートの蒼と売れない俳優の立季は、いつものように喫茶コアントローにいた。
「探せばいっぱいやることあんだろ」
食器を拭きながらマスターである武虎は口を尖らせる。
「例えばなんすか」
「自分で考えろ」
「ちぇっ、ケチ〜」
「ケチじゃねぇ!」
「………ちぇっ、か」
立季のリアクションに、蒼の中で何かが引っ掛かる。
「ん?」
「アニメでしか聞かないよね、発声ありの舌打ち」
「確かに…ちぇっ」
蒼の言葉を受け、立季は大袈裟にもう一度唇を尖らせる。
「それそれ(笑)ちっとかでもなく、ちぇっなのがいいな」
「なー」
「まるちゃんとか」
「そうそう!かわいいよね」
「うんうん」
ダラダラと中身のない会話をする二人を横目に、武虎はあと少し残っている食器をまた一つ手にして拭き出す。
「デリバリーは?」
「あぁ、この時間はあまり注文入らないんすよ。渋谷とか行ったらさすがにあると思うっすけど、ちょっと今日はだるいな〜と思って」
「じゃあ台本読むとかは?」
立季は劇団に所属しており、公演近くになるといつも台本を読み込む姿が見られるため、蒼はそう提案した。
「……はぁあ〜、台本な〜……」
わざとらしい大きなため息をつき、カウンターに突っ伏す立季。何かあったの?と聞いて欲しそうな態度に、姪と叔父はあえて知らんぷりして各々の時間を過ごしだす。
「……」
「……」
「………え?え?なんで黙るの?ねえ!」
沈黙に耐えかねた立季はちらっと横を見る。蒼はいつの間にかスマホを取り出し素早く指を動かして操作をしている。
横…その持ち方はゲーム以外ないだろ!だとしたらなんのゲームだ?耳をすませば微かにそれっぽいタップ音が聞こえてくるぞ…こいつまさか、音ゲーをしてるのか…?
…そう推理ごっこをしてみると、いつの間に武虎が目の前から消えていた。後ろを振り返ると、常連客の一人であるヨネさんと仲良くお話ししていた。
「聞いてくれよ〜」
机に突っ伏してしつこく投げかけると、蒼は視線をスマホに向けたまま邪険に呟いた。
「…なんだよ」
「よくぞ聞いてくれた!」
立季はキラキラとした目で蒼を見つめる。
「聞いてないけど」
「脚本担当の人なんだけどさ、「筆が乗らない」とか言って今回台本の提出が遅いんだよ!」
「だから聞いてないって」
「もうそろそろ上げてくれないと困るんだよ」
「へー(シャンシャンシャン…)」
「いつもは早いのに」
「なにも決まってないの?(リンリンリン…)」
「次はファンタジーとしか」
「ファンタジー?(シャンシャンシャンリンリンリン…)」
「おぉい!音ゲーやめろ!」
一曲終えた蒼はふと、半年ほど前に武虎と見に行った立季の劇を思い出す。
「あの時さ、結構ガチなのやってたよね」
「あぁ、復讐劇」
それは高校時代に自分をいじめた憎き相手を数年越しにSNSを駆使して社会的に制裁していくというストーリーだった。立季はその劇でいじめっ子の役をしていたのだが、二人はそれを見て思わず普段の立季を忘れてしまうほどの怪演だったらしい。
「なんでまたファンタジー?毛色違うね」
「俺らの劇団って色んなのやるんだよね。脚本の人がとにかく自由で感性がすごくて」
「へー。ていうかなんでその劇団に入ったの?」
「うーん、特に理由は…オーディションで受かったから」
はぁ…と蒼がため息をつく。ヨネさんと話していた武虎もいつの間にか目の前に立ち、同様に肩を落とす。
「え、なに二人揃って。そんなもんでしょ現実というものは!」
「いいか、立季。俺たちはな、演劇に関して素人だ。だが、初めてお前の演技姿を見た時、幕が閉まってから蒼と二人して顔を見合わせたんだぞ!」
「え?」
「あいつ演技上手いんだなぁって」
「ま、じか…」
立季はパッと横を向くと、うんうんと頷く蒼の姿が目に入った。
「姪ちゃん、タケさん…」
「頑張れよ!具体的に何をとかはわかんねぇけどさ!」
「そうそう!何を持ってどうしたら売れてるって言えるのかはわからないけど、頑張って!」
「2人とも…」
謎の励ましスイッチが入った2人は、引き攣った笑顔で右手のグーを上下に動かした。
「ていうかなんで売れねぇんだろうな。演技上手いのに」
「うんうん。それに見た目だって…こんなこと言うのも癪だけど、別に悪い方じゃないし」
「そんな、そんな…褒めてもなんも出ないっすよ…」
立季は顔をぐしゃぐしゃにして今にも泣きそうだ。
「なんで売れないんだろう」
「なんでだろうな」
二人はうーんうーんと唸りながら、上を向いたり頬杖をしたりして長い時間を費やす。
「いや、その、別にそんな考えなくても…」
「そうだ!素行が悪いとか?」
「失敬な!ちゃんとやってるよ!」
「NGが多いとかか」
「全然っす!俺キスも裸もOKなんで!」
「SNSで要らないこと呟いてるとか?」
「いやー無いと思う。俺結構真面目だから?上げる前にちゃんと精査してるし」
「裏方に態度が悪いとか」
「そんなはずは!ちゃんとしてますよ!」
「脚本にダメ出しするとか?」
「するわけ!むしろ疑問に思うところあってもそのまま演じるわ!」
「じゃあ何ー?」
「だからその理由を考えなくていいからぁ!」
ついに蒼は匙を投げ、頭を抱える。2人のおせっかいな優しさに、立季は困惑が止まらない。この間もカウンターの奥でじっと考えていた武虎が確信を持って口を開く。
「運がないとかか?」
心臓のど真ん中に目掛けてストンと矢を放たれたように、場がシン…と静まり返った。
腕組みをして上を向いたままの武虎は、その空気に気付かずにさらに追い討ちをかける。
「ここぞという時にチャンス掴めなかったり」
「……え……」
「あ?」
あちゃー、という顔を隠すために蒼は手のひらを顔面にくっつけ、指と指の間から2人をハラハラ見守る。無力な蒼はこうするしかできないのだった。
「…タケさん……それ、あるかも、っすね……」
立季は胸を抑えてよろよろと立ち上がり、震える手で財布からジャラジャラと小銭を掻き分け力なくトレイに置き、「ごちそうさまっす…」とふらふら店を後にした。この間なんと5秒。昼間の牛丼屋から出て行くサラリーマンもびっくりの速さである。
「…叔父さんさ、核心つくのやめてあげなよ…」
この時人生で初めて蒼は立季に同情したとさ。