#5 大喜利しようぜ!
木嶋武虎
喫茶コアントローのマスター
コワモテでちょっぴり頑固だが根は優しい
好きなお笑いは上方漫才
木嶋蒼
マスターの姪
就職浪人中と言い張る怠惰で屁理屈なニート
好きなお笑いは演劇性の高いコント
雲原立季
常連客
明るく能天気な俳優兼フードデリバリー配達員
好きなお笑いはくだらなさを極めた漫才
「えー、それでは始まりました!第1回!喫茶コアントロー、大喜利大会ー!!」
黙っているとついまどろんでしまいそうな春の昼下がり。そんな穏やかな店内の空気を切り裂くように、立季は空になったアイスコーヒーのグラスをマイクに見立てて握りしめ、元気いっぱい言い放った。
「やるって言ってないから」
と言いつつも配られたスケッチブックとペンを握りしめているのはマスターの姪・木嶋蒼。
「木嶋選手、やる気ですね〜」
「やる気じゃないし。ていうか大喜利で選手って」
「言わないの?」
「言わないでしょ」
「ていうかなんで俺もやることになってんだよ」
カウンターの奥でこの店の店主・木嶋武虎が睨む。
「まあまあ!今お客さんいないしいいじゃないですか!」
「よくねぇよ、ったく…1問だけな」
武虎はぶつくさ言いながらスケッチブックの表紙を空に向けてめくり、まっさらな紙と睨めっこした。木嶋家はノリがいいなぁと立季は嬉しく思いつつ、お題を唸る。
「えーじゃあまずひとつめ!『こんなカフェは嫌だ。どんなの?』お考えください!」
「いきなりシンプルなのきた」
「逆に難しいな」
3人は考える。店内にヨネさんもいるのだが、いつも通り他の客には気にも留めず窓の外を楽しそうに眺めている。
「はい!」
先陣を切ったのはMC兼回答者の立季。
「姪ちゃん、お題読んで!」
「はぁ…こんなカフェは嫌だどんなの」
立季は自信満々でフリップという名のスケッチブックを胸の前に掲げる。
「注文する時に声を100db以上出さないと通してくれない!」
「なるほど」
ひとときもスケッチブックから目を離さず一生懸命に回答を捻り出す蒼に、「ちょっと〜せめて見てよ〜」と立季は身体をくねくねさせて抗議する。そんな中、颯爽とカウンターの奥から手があがった。
「はい、タケさん!『こんなカフェは嫌だ、どんなの?』」
「店内のBGMが深夜ラジオ」
「嫌だな〜(笑)」
意外にもちゃんとした回答をぶつけてきた武虎に、立季は少し驚きつつも回答に対してのリアクションを取った。
「叔父さん、雲原さんより面白いじゃん!」
「そんなこと言うなよ!そういう姪ちゃんは?できたの?」
「まあ」
「じゃあいくよ!『こんなカフェは嫌だ、どんなの?』」
「マスターが常に反復横跳びをしている」
思いがけない回答に、立季は大きく笑みを漏らした。自分よりタケさんの方が面白いと言われて悔しい思いをしたため、絶対に笑うもんかと息巻いていたが、ゲラな立季には不可能であった。
「ていうか絵うま!」
「……そう?」
スケッチブックには七三分けをして口髭を蓄えたダンディなマスターが反復横跳びをしているイラストが描かれていた。立季は思わず声を上げると、蒼の口角が少しだけ上がった。
「蒼は絵上手いよな。小中高と賞取ってるんだぞ」
「…なんで叔父さんがドヤるんだよ」
蒼は武虎に直接そのことを話した記憶はない。
お父さんが叔父さんに話したのかなと想像すると、なんだか微笑ましく思える蒼であった。