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#3 6秒待ってみたけど全然殴りたいよ

木嶋(きじま)武虎(たけとら)

東京の下町の路地裏にひっそりと佇むカフェ「喫茶コアントロー」の店主。

親のカフェを継いだ二代目。ぶっきらぼうでコワモテ。

怒りを感じた時…黙る


木嶋蒼(きじまあお)

マスターの姪。いつもお冷や、たまにマスターからサービスで試作品をもらう。(試作品をあげる代わりに何か頼め、と武虎に言われ店内最安のホットミルクを頼むのが常)

怒りを感じた時…鼻息が荒くなる


雲原立季(くもはらりつき)

常連客。冬はホットのブレンドコーヒー、夏はアイスコーヒー。お金に余裕がある時はプリンも追加する

俳優をしており、劇団に所属している。それだけじゃ食べていけないため、フードデリバリーサービスの配達員も兼業している。その休憩で来店することが多い。

怒りを感じた時…あまりない

「らっしゃっせー!」

「………?」

蒼がドアを開けるとそこには驚きの光景が待ち受けていた。思わず閉めてしまったドアをまたそっと開けてみる。目を擦りまぶたをぱちぱちしてみるが、何度やっても同じ。やっぱりそうだ!確信して中へ踏み込む。

「へいらっしゃいお嬢ちゃん!」

「…雲原さん、そこでなにしてるの」

「ちょっとばかしシミュをば、ね…」

「何言ってんの?」

いつも武虎がつけている深緑のエプロンをきつく締め、カフェでは想像もできない大きな声を出す立季がすごく場違いに感じた蒼は顔を顰める。

「で、叔父さんは?」

立季は返事の代わりに目線を動かす。その先には不機嫌そうに頬杖をつき奥のカウンターに座る武虎の姿が。

「はぁ?!叔父さん何でそこ?!」

「今度ラーメン屋の役やるらしくて、シミュレーションさせてくれってうるさくて。仕方なく」

「はぁ……」

呆れて言葉を失う。蒼は最近、立季といると普段の自分とは全く違う、いやむしろ正反対な自分が出てきてしまうような気がしていたためだ。この人といると段々とおバカになっていくのではないか。そう心配していた。

「え?それひどくね?!」

やべ、口に出てた、とバツの悪そうな顔で顎を引く蒼。

「ま、いいや!もう少し続けていいっすか?」

「次お客さん来るまでって話だったじゃねぇか」

「でも姪ちゃんだもん…それに始めてから1分も経ってないですし…」

「……はぁ…」

「いいじゃんどうせ暇なんだし」

蒼の言葉を受け、「次にお客さんが入ってくるまで」を条件に続けることになった。「もし外まで聞こえててこのせいでお客さん入らなかったらどうするんだろ」と蒼は思うも、口には出さない。

「はいお嬢ちゃん、注文は?」

「レモンスカッシュ」

「は?ちょ、えっ」

どうせ姪ちゃんは水だろう、と高を括っていた立季が慌てて困ったように武虎に視線を送る。

「珍しいじゃねぇか。金払うんだよな?」

「失敬な!ちょっとヤなことあったから、炭酸で流したいの!」

「ヤなこと?」

「…ラーメン屋は客とこんな話さない!早く!」

「いや理不尽!」

結局レモンスカッシュは武虎が作り、その間立季は「らっしゃっせー!」「まいどありー!」「あざっしたーっ!」とリズミカルな掛け声を静かな店内に響かせた。


「へいお嬢ちゃん!ヤサイニンニクアブラマシマシィ!」

「二郎系だったのか」

蒼はラーメンとして出されたレモンスカッシュを口にする。炭酸の刺激的な口当たりにすっきりとした酸味のレモンとまろやかな甘さのはちみつが混ざり合い、荒れた心ごとしゅわしゅわと流し去ってくれるような感覚を覚えた。

「はー…」

「ここに来る前なんかあったのか?」

「いや…今日お母さんパートない日だって知らなくて…知ってたらそっと家を出るんだけど、リビング行ったらいてさ」

「あぁ…」

「将来のこととかぐちぐち言われて、喧嘩になっちゃった」

テーブルに肘をつき、一つ一つ紙コースターに吸われていくグラスの水滴を眺めながら、蒼はぽつりぽつりと話し出す。

「俺もわかるぜ…親から30になっても食えてなかったら戻ってこいって口うるさく言われてて、タイムリミットまであと1年切った…」

「悲惨さで超えてこようとしないで」

「だって…うわーん!みんな大変なんだなぁ!」

「…だから怒って出てきたってわけか」

隣で腕を組み黙って聞いていた武虎が口を開く。その声のトーンに、説教でもされるのかと身構える蒼。

「そういう時はな、6秒待てばいいらしいぞ」

「はぁ?待って、知ってるけど、急に何」

武虎がズレているのは知っているが、毎回新鮮に驚いてしまう。蒼はその「アンガーマネジメント」という言葉すらとっくに知っている。

「怒りを感じたときは6秒待つといいんだ」

「…だから!…あーもう!!」

髪をぐしゃぐしゃにする蒼に、立季は慌てて声をかける。

「あ、ほらほら!6秒!!1、2…」

「………ちっ。すー、はーっ」

「3、4、5、6…」

「………」

「お、収まった?」

「………………」

「?」

「……………シュー、シュー……ウヴン!ギリギリギリ……」

「全然じゃねぇか!!」

強く噛み締めた歯と歯の間から漏れ出る息の音に、武虎は珍しく大きな声をあげて笑った。

怒りで蒸気機関車と化した姪を必死に鎮めようとする常連客。そのシュールな光景を眺めて、目の端に溜めた涙を拭いながら呟いた。

「そのエネルギーがあるならまだ大丈夫だ」

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