#2 テレビの人は穴場って言葉の意味を知らないのかな
【登場人物】
・木嶋武虎
父から継いだカフェ、喫茶コアントローの現店主
おすすめメニュー…プリン
・木嶋蒼
武虎の姪 就職浪人中と言い張る怠惰なニート
いつもの…水(武虎の作ったお菓子が食べたい時はホットミルク)
・雲原立季
常連客 劇団員兼フードデリバリーアプリの配達員
いつもの…ブレンドコーヒー(財布に余裕がある時はプリン追加)
「おいーっす!今日も元気にやってるー?」
売れない俳優・立季がいつもの軽いノリで喫茶コアントローに来店すると、そこには明らかにいつものようではないマスターがいた。
「おいっす。元気元気…」
「んな風には見えなさすぎっす!どしたんすか?廃屋くらい元気ないっすけど」
「なんで家で例えんだよ」
「俺はもちろん新築!」
立季は両腕を横に広げ、ぶんぶんと上下に動かす。
「叔父さんね、こう見えて繊細だから」
いつもの席に座っていた蒼が口を出す。
「別にそこまで落ち込むことじゃねぇのになんか、モヤモヤすんだよな…うーん、悩む」
武虎はがっくりと肩を落とした。上半身の元気のなさとは裏腹に、手元はテキパキと動いているのだからさすがだ。
「はい、いつもの」
作業台から手を伸ばし、立季の前へいつものコーヒーを差し出す。
「あぁ、ありがとうございます。…で、何があったんすか」
立季がいつもの味にホッとしながらも問いかけると、武虎はぽそぽそと話し出した。
「昼頃テレビ局から電話があったんだ。夕方の情報番組のコーナーでこの店を取り上げたいって」
「え!すごい!」
「……そのコーナーの名前なんだと思う?『東京下町の穴場カフェ特集』だよ」
「穴場…」
立季は上がっていた口角をゆっくりと下げた。穴場というと、あまり人に知られていないところ、という意味だろうか。タケさんはその何に落ち込んでいるんだろう。テレビに出られるんだ、もっと嬉しがってもいいのに。続きを聞きたいと思い更に耳を傾けた。
「この前な、若い男と中年の二人が来店してきたんだ。多分そこのスタッフだな。その二人は「この店どうっすかね」「良い感じの穴場だな」って会話をしてた。別に聞くつもりなくてもさ、聞こえてくんだよ。だから静かなカフェでは人に聞かれたくない大事な話はしないほうがいいぞ」
「今そのアドバイスいらないから…」
武虎の急転直下な脱線トークに蒼は引き攣ったように笑った。
「テレビ見ていつも思ってたんだけどよ、穴場って紹介したらそこは穴場じゃなくなっちまうんじゃねぇかって。俺は常連を大事にしたいし。……いや、でも…新しい客も来てほしい…」
武虎は斜め下を見てため息をつく。
「確かに…テレビの影響力ってすごいですもんね」
とうんうん頷く立季。どうやら心当たりがあるらしい。
「俺の知り合いが所属してる劇団は、テレビで「コメディ集団」って紹介のされ方して。確かに脚本が面白いからコメディが目立つけど、本当はそれだけがウリじゃないのに。それでしばらくはシリアスがやりづらかったみたいですよ」
「そうやって短い言葉でまとめないでほしいねぇ、印象が固まっちゃうから」
3人の間に珍しく暗い沈黙が流れる。
「でも断っちゃったのもったいないっす。せっかくのチャンスが」
「俺がいつ断ったって言った?」
「は、え?」
立季は想定していなかった返答に驚き、眉間に皺を寄せた。
「返事は1日待ってもらってる」
「え、てことは受けるかもなんすか?」
「うーん…猶予ないし早く決めねぇとだよな…うーん…」
武虎は大きな背中を縮こませ頭を抱えた。
「ぷっ…あはは!」
そんな重い空気を切り裂くように、蒼はグーにした手を口元に当てて、肩を揺らして笑った。
「そんなに悩むこと?強面おじさんがこんなちっちゃくなってんのウケる(笑)」
「……ぷっ、確かに(笑)滅多に見れねぇな!(笑)」
二人はスマホを取り出し、先程までとは裏腹に、楽しそうにパシャパシャと武虎を撮影し出した。
「おいお前ら!写真を撮るな!」
いつのまにかムービーに切り替えていた蒼が武虎にスマホを向け、ディレクター風に問いかける。
「この店を開いたきっかけはなんですか?」
「おい!取材ごっこすんな」
「この店は穴場ということで有名ですが、その辺についてはいかがでしょう?」
立季もノリノリでごっこ遊びに乗じる。
「穴場で有名ならそこはもう穴場じゃねぇだろ」
武虎の冷静なツッコミが光る。
「ウケる(笑)確かに(笑)」
「ウケんなよ。ていうかもう俺に構うな!」
記者に自宅を突撃された俳優ばりに腕でガードして顔を守る武虎に、二人は唇を尖らせた。
「最終的には叔父さんがどうしたいかだからね」
「そうですよマスター!……さて、お次はお天気コーナーです!蒼ちゃーん」
立季はスマホを武虎から蒼に振り、画面内に収める。
「はーい♪東京一帯は今日一日中大雨でーす!ざんねーん!」
蒼の咄嗟の瞬発力で二人は情報番組ごっこを続けていく。
「ざんねーん!折り畳み傘じゃ心許ないくらいの大量の雨が降ります♪相合傘なんてするもんじゃないですね!」
「片方の肩をびしょ濡れにしてもいいという方のみ相合傘を許可します!」
「今なんか、「かた」が多かったですね!」
二人のおバカなやり取りに、武虎は緊張の糸がふっと解け、呆れるように笑った。
そして翌日、喫茶コアントローのドアの前でばったり落ち合う蒼と立季。
「お、姪ちゃん」
「いつもこの時間来ないよね?やっぱり気になるんだ、雲原さんも」
「そりゃあね。結局どうしたんだろー」
「あ、待って私が先にドア開ける」
ドアノブに手をかけていた立季に蒼はそう制するも、立季も譲らない。
「俺が先にタケさんの顔見るの!」
「ダメ!私!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声は店内にも届き、ドアは内側から押されるように開いた。
「こら、うるせぇぞ」
「タケさん!」「叔父さん!」
「早く中入れ」
「はーい」
「ねぇこれ、どっち?」
「顔見ただけじゃわかんないって」
「わかんねぇの?血繋がってるのに」
「はぁ?それなら声のトーンとかでわかりません?役者さんなんだから」
「はぁあ?!」
武虎はひそひそ小競り合いをする二人を見て微笑みながら答えた。
「取材、受けないことにしたよ。混んだらお前らの喧嘩、見られなくなるだろ?」
「えー!!」
これからもこの平和な日常が平和に続いていきますように。そう願いながら水とコーヒーを準備する武虎であった。