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#1 カフェのメニューにクッキーがないのはなんで?

初めて小説というものを書いてみました!

拙筆ではございますが温かい目で読んでいただけると幸いです!

午後4時。窓の外から街のチャイムの音が微かに聞こえてくる。軽快なメロディが段々と脳に入っていくのを感じながら、ゆっくり起き上がる。

「もうこんな時間か…」

彼女の名前は木嶋蒼(きじまあお)。この春大学を卒業したばかりの就職浪人生。まあそう言えば聞こえがいいが、いわゆるニートというやつだ。

蒼はくたびれたパジャマからくたびれたジャージに着替え、最後に切ってから一年は経った長い髪を手で軽く整えて家を出る。


向かった先は、路地裏にひっそりと佇む喫茶店。蔦が覆う古びたドアのノブを回して中へと足を踏み入れる。

「よっ。いつもの席、空いてるぞ」

マスターは蒼をチラッと見るなりすぐに視線を手元に移して、ぶっきらぼうに入店を促した。

異国情緒あふれる顔立ちに焼けた肌、厚い胸板。街で肩をぶつけたら誰だって真っ先に謝罪の言葉が口に出るであろう強面なこの男の名は、木嶋武虎(きじまたけとら)。蒼の父の弟、つまり叔父であり、ここ「喫茶コアントロー」の店主だ。


蒼はカウンターの一番奥の席に座り、武虎から水を受け取る。

「今日も水か?」

「ごめんごめん。人増えてきたら出るから」

「はぁ…ったくもう、貧乏人はカフェなんか来るんじゃねーよ」

声だけ聞くと怖いけど、顔を見ると微かに笑っている。こういうところが勘違いされがちだよなぁと蒼はいつも思っているが、口には出さない。


蒼は水を一口飲み、すんすんと鼻を鳴らした。バターの甘い香りが店内を漂っている。カウンターの向こう側を覗き込んでオーブンの中身を問う。

「クッキー」

武虎はそう短く答える。

「メニューにあったっけ?」

「ないけど、前からヨネさんにリクエストされてて、それで」

「あぁ」

蒼は後ろを振り返り、一人のお婆さんの背中に目をやる。彼女の名前は高倉ヨネ子。喫茶コアントローの常連客の一人で、いつも外がよく見える窓際の席に座り、下町の人間模様を楽しんでいる。

「私も食べたい!」

「じゃあ何か注文してくださーい」

「…じゃあホットミルクで」

「おお、いいチョイスじゃん。クッキーと最高に合う」

いきなり褒められて少し心が浮き足立つ蒼。

ホットミルク220円。店内最安であり、お財布事情が厳しい蒼にはぴったりのメニューだ。


武虎は陶器でできた白いマグカップに温かいミルクを注ぎ、蒼に差し出す。そして先程焼き上がって冷まし終えたクッキーをお皿に並べて、ヨネさんがいる席まで運ぶ。

「はい、できたぞ」

「あら、タケくんありがとうね」

お皿に綺麗に並べられたプレーンのクッキー4枚。ヨネさんはそれを1枚つまんで口に入れる。

「ふふ、美味しい。落ち着く味がするわ」

「それならよかった。ごゆっくり」

ヨネさんは嬉しそうに視線を窓の外に移し、薄力粉とバターと砂糖と卵のみでできたシンプルなクッキーをゆっくりと咀嚼し味わう。


夕焼けどきの店内の静寂を切り裂くようにカランコロンとドアベルを鳴らし、また一人の常連客である男がやってきた。その男の名は雲原立季(くもはらりつき)、29歳。ふんわりとした焦茶の髪に、くりっとした目と可愛らしい顔立ち。近くの劇団に所属している俳優だ。

といってもその稼ぎだけでは食べていけず、フードデリバリーアプリの配達員を兼業している。ここへはその休憩に寄っていくことが多い。

「へいマスター、いつもの!」

「あぁ?」

立季が軽いノリで言うと、武虎は鋭い眼光を向ける。

「えっ」

「それちょっと早くないか?」

「えー!もうそろそろいけると思ったんだけどな…」

立季は口角を下げて落ち込む。

「はは、嘘。ブレンドな」

「なんだ嘘か…よろしくお願いします」

武虎は立季と顔を合わせるといつも何かしらの冗談を言うのだが、立季はそれを毎回信じて騙されている。素直な性格らしい。

「お、姪ちゃんそれなに?クッキー?」

立季は二つ隣の席に座っている蒼の手元に目をやりながら尋ねる。この呼び方をしている理由は「めいちゃんって響きが可愛いから」だそう。特に深い意味はないらしい。蒼は武虎ばりにぶっきらぼうに答える。

「そうだけど」

「へー!うまそ!メニューにあったっけ?」

武虎は答える。

「ねえよ。常連のばあさんのリクエストで出したんだ。今日だけのスペシャルメニュー」

「へー!僕の分あります?」

「4枚で350円だけど」

「お願いします!」

「嘘だよ(笑)サービスだからこれはタダ」

「なんだ、また騙されるところだった…」

「俳優なのにそんなに騙されやすくて大丈夫なのかよ」と武虎は軽口を叩き、作業に戻る。

「だから今日は水じゃなくてホットミルクなのか!それにクッキーつけたらさらに美味しいんじゃない?」「今やろうと思ってた!もう、指図しないでよ」「はは!今のやり取り、宿題やったか聞くお母さんと子どもみたいだな!」立季は蒼にちょっかいを出し、蒼はそれをうざったくかわす。いつもの光景に武虎は作業をしながら微笑む。

「はいお待ち。ブレンドとサービスのクッキーね」

「ありがとうございます!いただきます!…ん、うま!」

コーヒーのカップを持ち上げ、ふーふーと息を吹きかけて啜る。いつもの味にほっと安心感を覚える。そして、シンプルな材料で作られた素朴なクッキーを口にする。甘いクッキーと苦いコーヒーの相性は抜群だ。

「そういえばさ、なんでカフェのメニューにクッキーってないんだろうね?」

と、立季はふと思い浮かんだ疑問を素直に口に出してみる。

「え、ないっけ?」

「あんま見ないよね?チェーン店だとレジ横に包装されてるやつは置いてるイメージあるけど、メニューにはないところが多いような。…というか、見たことない」

「言われてみれば」

二人でうーんと唸っているところに、武虎が入ってくる。

「最近なぁ、バター高いから」

「あー、利益率が低い的な?」

「でもさ、あったらちょっと高くても頼んじゃうかも」

「わかる!」

「サクサククッキーとしっとりクッキーで2種類あったりとか」

「いいね!タケさん、メニューに入れてよ、クッキー!」

蒼は目を輝かせて提案し、立季もそれに乗っかる。

「嫌だよ面倒くさい…」

普段は相性悪いのにこういう時だけ一致団結しやがって、と思いながら武虎は提案を拒否した。実際問題、個人経営の喫茶店でクッキーをメニューとして出しているお店はあまり見たことがない。色々な兼ね合いもあり難しいのだろう。


「タケくん、お会計ね」

奥の定位置で窓の外を眺めていたはずのヨネさんが、いつの間にかレジにいた。トレーには伝票とぴったりのお金が置いてある。武虎は慌ててレジに移動する。

「ヨネさんごめん気付かなくて。いつもありがとうな」

「こちらこそ。クッキー本当に美味しかったわ。あなたのお父さんもね、たまに作ってくれたの。その時食べた味にそっくり。本当に代金はいいの?」

「いいっていいって」

「じゃあ…これ持ってきたから、受け取って。お礼に」

カバンから取り出し武虎に差し出したのは、近くにある動物園の入園チケット2枚だった。

「え、これは」

「新聞契約してると貰えるんだけどね、私はあんまり興味なくって。ほら、蒼ちゃんと行ってきなよ」

「はは…蒼とは行かねぇけど、ありがたく受け取るよ」

その言葉を聞いた蒼が立ち上がって抗議する。

「ちょっと!」

「あはは、それじゃあまたね。」

「ありがとうございました」

出て行くヨネさんに武虎は深くお辞儀をする。

振り返るともう動物園の話で盛り上がっている二人を背にして、ヨネさんの言葉をじっくりと反芻した。

「親父の味そっくり、かぁ」

夜が近づく店内は、いつもよりも少し騒がしかった。

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