第9話
ダレカは倒れていた私を抱え上げ、口元に冷たいナニカを当てました。
それは固い入れ物で、中に液体が詰まっていました。
味は――――あの、甘くて透明な液体!!
もう、気力なんて残っていなかったはずなのに、私は両手で入れ物を力強く掴み、透明な液体をごくごくと飲みます。
するとダレカは、こう話しかけてきます。
「おいおい、慌てんな。食い物も多少は持ってるからな――と、下の連中は普通の食い物を受けつけないんだっけか?」
「ああ、その通りだ。満足に味を知らぬ存在のため、味のある物を与えると舌も体も受けつけぬだろう」
「なら、乾パンでいいか」
そう言って、ダレカは私に四角くて固い乾パンというものを渡しました。
どうやら、これは食べ物のようです。
見たこともない食べ物なので怖いですが、おなかはペコペコ。勇気を出して、乾パンを食べてみます。
「パクッ、もぐもぐ――――っ!? 甘い!! 美味しい!!」
こんなに甘い食べ物は初めてです!
脳よりも、透明な液体よりも甘い食べ物。こんな食べ物があったなんて驚きです。
私はおなかと渇きを癒して、ようやく私を取り戻しました。
ここで初めて、ダレカの姿を認識します。
ダレカは背が高く、お父さんやお母さんよりも若い男の人で、とっても白い服を着てました。
紐のついた袋を肩から掛けて、腰にはすっごい長いナイフ。私の背丈くらいはあるんじゃないでしょうか。
そして……ダレカの肩の上に、真っ赤な生き物がいます。
それはそんなに大きくなくて、全身赤い毛塗れで、お尻の部分には揺れるナニカ。
体はしなやかで、耳は頭の横じゃなくて上の部分にあってピンと張っています。あと、お鼻の部分には左右に広がった……お髭?
真っ赤な生き物は、ダレカに向かってため息を漏らしています。
「はぁ~、わざわざ助ける必要があるのか?」
「ついな、子どもだったもので」
「見た目に捉われるとはな」
「俺の行為はペナルティ対象になるのか?」
「いや、ならない。そもそも私は、あくまで降る者である、お前のガイドとして作られた存在。だから、お前の好きにすればいい」
「へっ、縦長の瞳孔の奥にあるカメラで監視してるくせに、よく言うぜ」
「それは上の連中のためだ」
ダレカと真っ赤な生き物が、何を話しているのかはさっぱりわかりません。
だけど、ダレカは上から降りてきた人。だから、問いかけたいことがあります。
「あ、あの、上はまだ続きますか?」
「ん? ああ、続くが、もう少しで頂上だ」
「ほ、ほんとですか!?」
「嘘なんて言わないさ。でも、あと少しといえ、辿り着けると思えないが」
「え?」
「それよりかこっちも尋ねたいんだが、なんで子どものお前がここにいるんだ? たしか、下には大人しかいないはずだろ?」
「えっと、どういう意味ですか?」
すると、真っ赤な生き物がおしゃべりに割り込んできます。
「やめとけ。無駄だ。下の連中は無垢なる存在。何も知らぬよ」
「そうなのか?」
「そうだ。お前だって、多くを知らぬだろう」
「まぁ、そうなんだが。俺は降りるのが役目で、それしか知らないからな」
「そうだろう。だが……ふむ……」
真っ赤な生き物がこちらを睨みつけてきます。
もしや、私のことをお肉として見ているのでしょうか?
私は錆びたナイフをぎゅっと握ります。