君は好きすぎる婚約者
今日からノスと一緒に暮らせる。
身一つで来ていいと言ってたけど、大きめのトランクに色々詰めてきてしまった。
服もノスの黒一色のスーツに合わせて、黒一色のワンピース着てきてしまった。ノスの長い黒髪を結ぶ赤いリボンも真似て。ノスのリボンは細いけど私は太めにしてる。それだけの違いで――こんなに似てる格好見たら、どんな反応するかな?
たまには、私が驚かせたりしたい。
城につくのが楽しみ!
人里をだいぶ離れて――
ノスの領地になった途端、霧がでてきた。
ここから深い森を通って城に行く、楽しみすぎる。
霧のなかは何度歩いても飽きない。何か出てきそうで、不思議な世界に行けそうで。わくわくドキドキしてくる。それにノスに会いに行くドキドキもあるしさらに楽しい。
"案内をつける"と言ってくれてたとおり、コウモリが飛んできてくれた。
ついて行くと木を頼りに辿りながら歩くのと違い、まっすぐ歩けて早くつけそう。
霧で白くもやっている木々から、カァーカァーとかホーホーとかルールーとか鳥の鳴き声が聞こえてくる。
"君を歓迎する声だ"とノスは言ってた。そんな風に聞こえてくるから不思議。
「ありがとう」
お礼を伝えつつ、どんどん進む。
門のようにそびえて生える二本の巨木が見えてきた。
木の間に立つと霧が晴れいく――
水堀の向こうに城が見えてきた。
ノスに会える! 会えるだけじゃない、これから一緒に暮らせる! ノスの城で……
ノスと私の城……に
大きすぎる人がいる――――!!?
小山のように大きいといわれる城。それと同じくらいある。つまり、小山のように大きな人!
城が襲われてる!?
違う、こっちを向いてる……
いかにも強そうな体、灰色の肌、黒い服。静かに立ってるけど、牙むき出しで獰猛そうで辺りを油断なく見てる。
目が赤い。あれは魔界の魔物!
見つからないように木の陰に隠れないと!
……よかった、気づかれてない。驚いて落としたトランクをそのまま置いてきてしまった。取りに出るわけにもいかない……魔物の様子は変わらないけど。
あれは城の番人?
ノスがいつもみたいに、ボンって手から出したのかな?
何のために、どうして……
私が魔物だけは苦手すぎること、知ってるはずなのに。
動物魔物は可愛いのもいるし大丈夫だけど、ゴツい人型魔物はどうしても怖くて。あんな山みたいな人型魔物なんて絶対無理なのに。
どうして、私が来るタイミングでいるの……
あ、お客様の魔物かな? 同じ魔導士の友達や魔界の知り合いがいるから、その人のかな?
もし、そうじゃなくてノスのだとしたら?
どうして……
もしかして私、嫌われることをしてしまったの?
思い当たらない。
私が今日ここに来ることも楽しみに待ってると言ってくれてた――
やっぱり、一緒に暮らすのは無理だって急に思ったの?
気持ちはわかる。
私も魔導士の城で暮らすのは不安があるから。魔界の道具や動物が色々いるし――
でも、ノスのことは好き! 一緒に暮らしたい!
話し合えるかな?
ノスは私のことほんとは、どう思ってるんだろう?
もしかして、最初から普通の人と婚約するのは気が進まなかったんじゃ……
人が近寄らないように出してる霧。
私が怖がらずに入り込むから――私の苦手な魔物を出して近寄らないでほしいって訴えてるの?
ノスは何を考えてるのか行動で示してくれるまでわからないから、そこがミステリアスで楽しくて好きだったのに。一緒に暮らしだしたら楽しいことがいっぱい増えると思ってたのに。
一緒に暮らす直前に、こんな事態になるなんて。
あの魔物の意味は? 悪い予想しかできないけど。
どういうことか聞かなきゃ。
「どうやって?」
城に入ろうにも魔物がいて近寄れない。
水堀を渡れるように、かけ橋はおろしてくれてる。
私のため?
でも、かけ橋を行った先、お城の扉の前には魔物がいる。魔物に向かって歩くなんてできない。
そうだ、コウモリ。喋れないけど、こちらの言うことはわかるんだ。
「ノスに、私が来たって知らせて」
お城のほうに飛んでいってくれた。
魔物の横も平気で通りすぎてる。凄い。
開いてる窓に入っていった……
ノスは出てきてくれるのかな? もし、無視されたら帰らなきゃ……
「――あっ、ノス!」
窓に出てきてくれた!
嬉しさと不安で泣きそう。気持ちをしっかり持ってちゃんと話さなきゃ!
手をふってる。振り返そう、そうだ、こっちにおいでおいでしよう。
ノスが窓から出てきた!
コウモリみたいにマントを広げて飛んでくる。
いつもの心の中が読めない顔で……
「待っていたぞ、ルフェ」
着地すると、笑いかけてくれた。
いつもと同じ。
手にキスまでしてくれた。これもいつもと同じ……それならますます、あの魔物は。
「一体、どうして?」
「驚いた顔をしているな」
ノスは相変わらず、読めない顔をしてる。
私がはっきり、言わないと。
「だって、あんな大きな魔物が城の前にいるから!」
「驚いたか」
指さした先を見て、嬉しそうに笑った!?
私が苦手な魔物に驚いてるのに。
どういうこと?
ノスはいつも通りの歓迎してくれた。いつもの笑顔で赤い瞳が見おろしてくる。悪意があるように見えない。良い方に考えたいけど、どうして?
「驚いた、とっても」
「震えてるな、怖かったか?」
「怖すぎた!」
「そうか、ハハハッ」
高笑いした!
魔導士の誇りに満ちた。やってやったぞと言いたげな態度。
どうして!?
「怖くて城に近づけなかった!」
それなのに!
ノスが笑いをひそめて、真剣な顔になった。
「そうか――」
優しく抱きよせてくれた。
いつもの、力は無いけど動けなくなる不思議な抱擁。
冷たいくらいの体から呼吸と心臓の音と動きが伝わってくる。
「城に近づけなかったか。それは失敗したな」
「え?」
「君が城の中に入ってから、出すべきだったな」
「どうして?」
「あれは、君が城から出ていかないように見張るための番人なのだ」
「私が、出ていかないため?」
って――
あんな大きな魔物がいたら絶対出られない。
ということは、
「私を城に閉じ込めるため!?」
「閉じ込めるというのは大げさだが……」
ノスの腕に力が入ったような。
「その気持ちも確かにある。やっと、一緒に暮らせるのだからな。ずっと城にいてほしい気持ちが」
「やっと一緒に暮らせる……ノスもやっぱり、同じ気持ちだったんだ!」
「当たり前だろう?」
不思議そう。
あの悪い予想は全て私の早とちりだったんだ。悪い予想の9割は当たらないってほんとなんだ。だけど、残り1割が予想を超えてるというか。
魔物を出した意味が私を怖がらせて城から出さないためって。狂愛じみてて悪いことのような気がする。
「私にずっと城にいてほしいの? そのために、あの魔物を出して怖がらせたの」
「ああ、その気持ちが暴走した」
申し訳なさそうな声。
「すまなかった」
おでこに優しくキスしてくれた。
唇は冷たいけど肌は熱くなる。
恋のドキドキが戻ってきた――
「うん。もう大丈夫……」
ノスがいつも通り優しいなら。
城から出られなくてもいい、かな?
「でも、あの魔物はやりすぎだよ」
やっとちょっと笑えてきた。
「魔界から、つれてきたの?」
「そうだ。魔界のゴーレムを魔力でさらに大きくしている。元は三メートルくらいの大きさだ」
「元のでも大きすぎるよ!」
「そうだな。君はよく "楽しすぎる" とか "好きすぎる" とか言うから "すぎる" ことが効果的なのだと思ってやったんだがやりすぎたか」
「そう、なんだ……! うん。効果絶大だった! どうりであの高笑いも納得。だけど」
「怖すぎることは嫌だったか」
「嫌! 私のこと、よくわかってくれてるのは嬉しいけど」
私の口癖が引き起こしたことだったんだ――
責めるに責められなくなった。
複雑な気持ち。とにかく、もうこんなことが起きないように、
「すぎるって口癖直さなきゃ」
「そのままでいい。俺がやりすぎないようにする。あいつも魔界に返そう」
「ほんと? ありがとう」
どちらも、ノスの優しさに甘えちゃおう。
「しかし、番人がいないとなると俺が留守のときが心配だ。連れて行けない危険な場所もあるしどうしたものか」
他の方法を考えてる。先に言っておかないと、
「ビンの中に閉じ込めるとかしないでね! 部屋に色んな生き物が入ったビンがたくさんあるよね?」
「あのビンの中身は魔法を使うための材料だ。同じ扱いはしないし、閉じ込めるのはやめておこう」
「うん。森を自由に歩きたいな」
「好きなだけ歩いてくれ。君はそれが好きすぎるからな」
「うん! 今から一緒に少し歩こう?」
「ああ、行こう」
いつも通り、手を引っ張るとついてきてくれる。
嬉しすぎるし楽しすぎる!
ノスと一緒なら、闇雲に歩いても大丈夫だし。
「あ、近くでフクロウが鳴いてる」
「君を歓迎している」
「そうだったね」
不安になる必要なかったんだ――
「フクロウは好きだったな?」
「うん」
「なら、魔界のフクロウに見守らせよう。護衛に付けるといい。利口で強さもあり頼りになるぞ」
「うん!」
ノスの優しい眼差しが、私のあちこちを見た。
「腕や肩に乗るくらいのフクロウを出そう」
「ありがとう、楽しみすぎる!」
話してるうちに、開けた場所についた。
「切り株のある場所ね」
「そうだな、霧を消そう」
ノスが手で軽く払う仕草をすると――
霧が消えてかわりに木々の根本に咲く花が光りだした。薄暗い森の中で幻想的な灯り。
初めて会ったとき、ノスはこの灯りの中で切り株に座ってたんだ。
ノスはまっすぐ私を見つめてきた。
"勝手に森に入ってごめんなさい" と謝ると "構わない" と言ってくれて。話してみると穏やかで優しくて。次に会いに行ったとき切り株の隣に小さいイスを用意してくれてて、
「こうして並んで座って、いっぱい会ってきたね」
「そうだな。初めて会ったときが懐かしい。君は俺に会いたくて森をさ迷い歩いているものとここで待っていたのに。話してみると、ただ霧の森を歩いて遊ぶのが好きすぎるからだと言うのだからな。驚かされたぞ」
「あはは。私もノスを驚かせてたんだ」
「ああ。あれ以来、君に夢中になっていった」
肩にまわされた腕に抱かれて。
赤い瞳に見つめられてまた動けなくなった。
このままキスされて驚かされたことがあるから、今度は私からキスして驚いてもらおう……
「――驚いた?」
「ああ、驚いた」
いつも通りの口調で笑ってる。
「ほんと? 魔導士は表情なんかに出ないように訓練してるの?」
「訓練はしてないが、感情を表情には出さないようにはしている」
「そっか。よく、笑ってはくれるね」
「君の笑い方を真似て笑えるようになってきた」
「私を? 嬉しすぎる! ノスの笑顔を見られるようになって笑いかけてきてよかった!」
高笑いはしたことないよね? ノスオリジナルね。
「俺もそんなに喜んでもらえて嬉しい。驚いた顔も真似ようか」
目を見開いて、口を半開きにしてくれた。
私、こんな風なんだ。
ノスの驚いた顔が見られて嬉しいし可愛いけど、
「それはちょっと恥ずかしいかな。でも、うまく真似てると思うよ」
「そうか、今度は独自の驚き方をしよう」
「うん。何か驚かせる方法を考えなきゃね?」
「どうやら、俺達は驚かせあって楽しみあうのが好きすぎるようだな」
「うん」
ノスは笑みを浮かべたまま、何か考えてる。
「――キスはいいが他のことは、少しは事前に話すこともしようか。魔物のようなことがないように」
まだ、反省してるみたい。
気にしすぎてほしくない。
今まで通りの二人でいられなくなったら嫌!
「うん、少しね! 魔物は怖かったけど、ノスのあんなサプライズがやっぱり好きだから。いっぱいしてほしい!」
「わかった」
優しい笑顔でうなずいてくれた。
「俺も君のサプライズが好きだ。その服のような、な。驚いたぞ」
「驚いてくれてたんだ。いつ?」
「城から飛んできて、空から君を見たときだ」
「そっか。あのとき」
驚いていたっけ、やっぱりわからないや。
「その服装、よく似合っている。髪留めも」
「ありがとうっ、嬉しすぎる! 少しは魔導士の……婚約者に見えるかな?」
「誰よりも俺に似合いすぎる婚約者だ。そんな君に似合う宝飾品とフクロウを出すとしようか」
ボンって――
綺麗な耳飾りと首飾りと指輪と可愛いフクロウが出てきた!
ノスとの楽しくて驚きがいっぱいの暮らし。
無事に始まった――!!