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私、魔法使いになりたい!  作者: 五条貞次郎
第二章 生徒会
9/15

私、魔法使いになりたい! 九

 この前重大発表が行われた大ホールより少し狭いくらいの、それでもかなり広々とした部屋。

 中心を囲うようにいくつものテーブルがU字型に置かれ、その周りを五十個くらいの大量の椅子が取り囲んでいる。U字型のうちの開いている面には、床が少し高くなっている箇所があって、その上にはマイクの乗った演説台のようなものが置かれている。

 そこに金髪碧眼のあの女性が入ってきて、演説台とは逆側の一番奥の席に座った。彼女のテーブルには【生徒会長】と書かれた札が設けてある。

 続くように、校庭にいたあの子達が次々と顔を出して各々の椅子に腰を下ろしていき、やがてほぼ全ての席が埋まった。

 それをある程度見渡した生徒会長は立ち上がって、


「では、これより会議を開会しますわ」


 と宣言した。

 ここはどこかというと、生徒会室である。そんな馬鹿なと思うかもしれないが、この学校の生徒会の規模は実に大袈裟なものであり、なんと役員だけで総勢五十名を超える。チェルシーの言っていたように、ほとんどが魔法に関する名家の血を引いているエリートの集まりだ。

 会長は立ち上がったまま続けて、


「先生方の職員会議でのご提案を元にここで議論を重ねて、この前食事会と銘打って全生徒を釣った上で公表しました、新しい校則案『生徒奉公制度』に関する最終調整と施行日の詳細の決定を、本会議における目的とします。よろしいかしら?」


 と謎に聞くように言った。

 その後、その大規模な人数での会議、というより一部の人による話し合いが始まったが、全体的に不真面なものだった。

 まず魔法推進(まほうすいしん)委員会とかいう、チェルシーが好きそうな名前の委員会の代表が演説台に立って、


「魔法推進委員会としましては、生徒会からこの間の暴動事件に関する弁明が一切ないことについて詳細を伺いたい所存です」


 とまるで譴責するような勢いで責めた。

 呼ばれたように、小太りで眼鏡を掛けた男が立ち上がる。彼は生徒会副会長で、会長の従姉弟にあたる。


「――申し訳ありません。暴動事件についてはまだ調査中でありますから、現状こちらから明確な事をお答えすることはできかねます」


 妙に気持ち悪い声を出して弁明した。

 煩い野次がしつこく飛び交う。


「では調査しているという何かしらの証拠を見せていただけますか」


 とまた代表が質問する。


「申し訳ありません。何度も言いますが暴動事件についてはまだ調査中でありますから、現状こちらから明確な事をお答えすることはできかねます」


 と副会長はロボットみたいにほとんど同じ事を繰り返す。


「副会長ではなく、会長からの回答をお願いできますか」


 と代表は会長に視線を移す。会長は自ら立ち上がって演説台に登る。


「あいにく、まだ私からも言えることがございません。でももう少しして結果が出たら、その時はまとめて公表するつもりでいますわ。だから待っていただけないかしら?」


 と会長は台本を読んでいるような喋り方で、また聞くように言う。会長も副会長も、無駄に言うことが長いくせに開示できる情報量が少なすぎる。これならバーナード先生の長話の方がよっぽどマシである。


 その後も会議は、溷濁したようにまとまりのない、ただただ無意味で滑稽な言い合いが虚しく続いただけだった。しかも演説台に立っているのを含め、真面目な奴が誰一人として見えない。もちろん真面目な奴もいるのだろうが、まさかの会議中に鼻提灯を膨らませながら居眠りを披露し始める奴や、人の話を聞くべき時なのにこっそり魔法で遊んでいる奴といった、魑魅魍魎なる化け物に等しい愚行の方がよほど目立ってしまっているせいで、もう何が何だか分からない。これはエリート集団とは言えない。ただのカオス集団だ。時間の無駄である。

 なお一応、会長が最初に言った目的とやらは達成できたようで、新校則の施行は、急遽明日に決まったらしい。


 とりあえずこれ以上この茶番を一字一句記していたら頭がおかしくなるだろうからここでやめて、時と場所を少しばかり飛ばして、今日、学校にやってきた時のリリア達へと話を変えることにしよう。




 朝の教室。


「なあなあ、一番呪文が長い魔法って知ってるか」


 チェルシーが唐突に二人に聞く。


「いきなりですか。知らないです。そんなのあるんですか」


 とユーカは、また何か言い出したぞという面持ちで興味を示したが、リリアはチェルシーの方さえ見ないで、肩を落としてため息をついている。ここの所ずっとこうだ。


「あるんだ。一般魔法の中で一番長いとされている呪文はだな、ステッチャルウロデミラウロデミナーノスザイパルパイヤーチェンジピエルモンティカノバイティーシーロジダーゼルノだ」

「なんて?」

「ステッチャルウロデミラウロデミナーノスザイパルパイヤーチェンジピエルモンティカノバイティーシーロジダーゼルノ」

「まさか。出鱈目に言ってるだけじゃ」

「そう聞こえるだろうが、本当にあるんだよ。魔法愛好界隈の間では有名な話さ」

「へえ初めて知りました。あるんですね。ちなみにどんな魔法なんですか」

「うーん、忘れた」

「え? なあんだそこが一番気になる所なのに。何の属性かも覚えてないんですか」

「うろ覚えだが、確か火属性だった気がするな。中世頃、全員が生まれつき魔法を使う事ができる少数民族がいたそうなんだが、これは彼らが独自に使っていた魔法を組み合わせて作られたものらしい。だが現代では別に実用的なものじゃないから学校でも教わらないし、何かしらで役に立った事例もないんだ。ただ呪文が長いってところだけが知られてる魔法なのさ」

「名前と歴史は覚えてるのに内容は覚えてないって、やっぱりチェルシーさんは不思議ですね、はははは」


 二人はなんやかんや楽しそうに言の葉を交わらせるが、リリアはやはり落ち込んでいる。この前までの妄想癖は終焉したようだが、今度は落ち込み癖の風が吹き始めたようだ。

 ちなみにチェルシーは別に知識をひけらかすつもりで今の話題を出したのではなく、肩を落としてばかりなリリアが心配だから、少しでも盛り上がらないかなと思いふっかけたのだ。しかし空気は変わらない。


「おいリリア、お前やっぱりおかしいぜ」

「はあ」


 リリアは溜息を吐いて返事をする。息は冷やされた水蒸気の粉雪を舞い散らせて、それが今日の気温の低さをより明確なものにした。


「どうしたんだよ本当に。前はなんだかんだ明るかったじゃねえか」

「はあ」

「はあはあ息吐いてないで声出して言えよ。なんかユーカが言うには、好きな人ができたんだって?」


 とチェルシーが何の躊躇もなくユーカの考察を堂々と暴露したその瞬間、またリリアはビクンと跳ね上がって机を突き上げて顔を真っ赤にして、今度は頭を掻きむしって足をジタバタとさせながらウアアアア! と発狂しだした。


「おいどうした、また発作か!」

「チェルシーさん何やってるんですか、私達だけの話って言ったじゃないですか!」


 ユーカが珍しく明らかな怒りの感情を見せる。


「いやいや、まさか叫ぶなんて思わないだろうが」

「叫ぶのは予想外ですけどそういう事はいきなり言うものじゃないでしょう!」

「ああ? 日本人はさっぱり分からんな」


 チェルシーは頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。

 ユーカはまだ発狂するリリアの元に行って、とても優しい声で、


「リリアさん、落ち着いてください。私は別に、リリアさんに好きな人ができたんだっていう根も葉もない事を言いふらしたりしたわけじゃないんですよ、チェルシーさんがちょっと頭がおかしいせいで曲解しただけなんです。ただあくまで私は、最近リリアさんの様子が変な理由を考える上で、可能性の一つとして、実は恋愛の悩みがあるんじゃないかってのを勝手に考察しただけなんです。チェルシーさんにだけこっそりと言ったつもりなんですが、たった今堂々とバラしやがりましてね」


 と親友への軽い中傷を本人の目の前で交えながら事実を説明した。リリアは話を聞くと発狂するのを徐々に静めていって、深呼吸した後、冷静に、


「もしも……もしもの話だけどね? 私が誰かに恋したら、それっておかしい事だと思う?」


 と変に心配しながらユーカに問いを投げかけた。


「まさか。おかしいなんてありえませんよ。もしそうなったら堂々とアプローチするべきだと思いますよ」

「恋? よく分からんが、もしリリアに恋人ができたなんて事になったら、私なら絶対笑っちまうな、わはははは!」

「おめえは黙ってろガキが!」


 まだ恋人が出来たとも言っていないのに無作法に場違いな大笑いをするチェルシーに、あの温厚なユーカがついにブチギレて、変化した強い口調で冷たい空気を熱く震わせた。チェルシーはその豹変に流石に驚きつつ、何のことやらと首を傾げながら、席に座って静かに魔導書を読み出した。彼女は自分が入り込むべきではないと分かった時は必ず何かしら本を読むのだ。

 一方、幕末の徳川家さながらな気持ちでますます落ち込んでいくリリアに、ユーカは囁き声である事を明かす。


「リリアさん、私はとっくに分かってますよ、なんでリリアさんが悩んでるのか」

「ええ?」

「いやね、正直あんなにあからさまに動揺されたら分かりますよ。何かしら気になる人が、いるんでしょう?」


 リリアはまた顔を赤くして下を向いてしまった。それでも振り絞るように声を出して、


「――なんかね、それまでその人とは普通に接してたのにね、ある時を境にモヤモヤするようになっちゃったの。本当に突然だよ。しかも初めてまともに話してから全然時間経ってないのに、とにかくずっと頭の中がその人で一杯になっちゃって」


 と直接的な表現を避けて説明する。


「私なんかが励みになるかは分かりませんけど、困った時は助け合おうって約束しましたから、たとえどんな事でも、いつでも相談に乗りますよ」

「本当?」

「ええ」

「ありがとう。なんだか、気持ちだけでも嬉しいよ!」


 ユーカはまた約束を増やして、リリアは白い息を吐きながら笑顔を見せた。


 所に、教室にエイヴァ先生が入ってきた。

 まだ授業まで時間があるのに先生が入ってきたのを見て、クラスは何事かという雰囲気になる。


「はい、皆さん席に着いてください。実は今日転校生が来ております」


 一斉にスゥと息を吸う音が微かに聞こえたのを、そこにいた誰もが感じた。

 同時にあちこちで男子によるひそひそ話が始まった。「女の子かな」とか「可愛い子なら最高だな」とか「スタイル抜群だったら、おれ毎日が楽しくなるぜ」という思春期特有の、期待という名の無意味な願望が聞こえだす。女子達は耳に入ってくるそれらの声に呆れている。


「静かに、静かに、では入ってきてもらいましょう」


 いよいよ扉が開いて、石が転げ落ちるほどの何気ない靴音が、妙に張り詰めた教室の空気に一つ轟いたかと思うと、壁の奥からローファーの足先が覗いた。


「うおおっ?」


 と男子達のますます期待が高まる声が響いて、全員の視線は足から顔へと移っていく。


 転校生は――ボサボサな薄茶色の頭を刈り上げて、頬にそばかすをたくわえた、どこにでもいそうな見た目の男の子だった。


「はあ」


 男子達が、直前の高揚感に満ち溢れた声に反比例した、非常に残念そうな息の吐き方をする。女子達はざまあみろという顔でそれを嘲笑う。

 転校生は特別綺麗でもなければ醜くもなく、くどいようだが本当にどこにでもいそうな顔をしている。

 たが身だしなみは酷いようだ。制服のネクタイなどは、大剣よりかなり長くなっている小剣が後ろから無造作にぶら下がり、髪の毛はつんつん跳ね上がってまともに櫛を通していないのが伺える。しかし青い瞳は、反対色の火炎の如くギラギラと輝いて、堂々とした自信に満ちているのが伝わってくる。


「この子が転校生です。名前は――」

「おいらはエリオットだ!」


 とエリオットと名乗った彼は、鉄砲で風船を弾いたような声を出して、先生の言葉を断ち切った。実に威勢の良い、乾いた声をしている。

 そのまま勝手に自己紹介を始めた。


「おいらはコッツウォルズで生まれ育って、少し前にバーミンガムに引っ越して、あそこにある小さい魔法学校にいたんだが、また引っ越しでロンドンまで来たから、今日からここに通うことになったんだ。よろしくな」

「ああ、バーミンガムの魔法学校っていやあ、フラッツ学院の事だな」


 チェルシーがかすかな声でオタク知識を現す。


「最近じゃあ魔法なんて時代遅れだとか聞くが、使ってみりゃあ良いもんだな。おいらはもっとこの力が広まるべきだと思ってるんだ」

「ふうん、悪くないな」


 と腕を組みながらまたかすかな声で評価する。ちなみにチェルシーが「悪くないな」や「まあまあだな」などと評価した場合、本当は心の底から絶賛しているという証拠なのだ。


「あとバーミンガムの学校に行く前まではド田舎で生まれ育ってきた身分だから、都会の人にしたらちょっと失礼なことしちまう時もあるかもしれないが、その時はまあ大目に見てやってくれよな、わはははは」


 エリオットは何がおかしいのか、口を開けて大きく笑った。その笑顔は恨みのうの字も妬みのねの字も知らなそうな、楽観主義者そのものな表情だった。


「――ええと、はい。エリオット君は、こんな感じの元気な子ですから、ぜひぜひ仲良くしましょう。――さあエリオット君、席に座って」


 とエイヴァ先生は少し困惑気味になりながら、席に座る事を促す。


 そういえばそもそもリリア達の席についての記述を忘れていた。折角だからここで記そうと思う。

 まずリリアの席は、先生から見て、手前から二列目の一番右端の、窓に面している所にある。その左隣のがチェルシーで、その左は一席分の通路のスペースが空いていて、さらに左には特に誰のものでもない空席がある。そしてリリアの後ろには他人の男の子がいて、その子の左隣、つまりチェルシーの後ろにユーカがいる。


 さてエリオットは教壇から降りると、真っ直ぐチェルシーの方に歩いてきて、先述の空席にどっしりと腰を下ろした。動きの全てがピンピンとしている。全員の視線は彼に移って、今は有名人の気分となっているようだ。


 その後エイヴァ先生と入れ違いに入ってきたデイヴィッドによる退屈な魔法学の授業は終わって、休みが挟まれる。エリオットは一斉に、いわゆる陽キャと呼ばれる部類の女子達に可愛がられ始めた。


「コッツウォルズって素敵な所よね」

「知らないことあったらなんでも聞いていいわよ?」

「いやあここも悪くないもんだなアハハハ」


 と彼はチヤホヤされて思わず良い気になっている。男共は悔しそうな顔でエリオットを睨む。


 チェルシーは他人が話しているのを見たら見過ごせない性格だから、当然隣にいる彼女がここに来ないわけがなかった。


「よう、えーっとエリオットだったか。よろしくな、チェルシーだ」


 と割り込んできた途端、周りの女子達は一斉に真面目な顔になって、蜘蛛の子を散らすように自分の席に戻って行ってしまった。チェルシーはスイッチが入るととんでもないスピードでマシンガントークを始めて面倒だから距離を置いたのである。


「ええ? なんで逃げるんだよ。――ま、いっか。それよりエリオット、お前さっきさ、魔法の力が広まるべきだとか言ってたよな」

「そうだとも。こんなに素晴らしい力があるってのに、広まらないほうがおかしいと思うんだ」

「私も同意見だ。私は魔法を広める事に全力を尽くすのが夢でな、今は膨大な知識を蓄積するために勉強しているところなのさ」

「おお、なんか格好いいなチェルシー」

「へへへ。じゃあせっかく魔法好き同士なんだしよ、放課後、一緒に校庭で魔法対決しようぜ」

「いいな! やろうやろう」


 と二人は一瞬で懇意になった。


 魔法対決とは本来もっと上の学年の、覚えるべき魔法をしっかり練習した者同士が行う事なのだが、単純な二人にとってはそんな事どうでもいいようである。

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