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私、魔法使いになりたい!  作者: 五条貞次郎
第一章 魔法学校
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私、魔法使いになりたい! 二

 リリアは空港に到着した。

 飛行機の便を見ている最中、事務員の格好をした男性に、やや困惑した様子で話しかけられた。


「君、一人? お父さんお母さんは?」


 無理もない。十歳程度の少女が一人で空港に来ることなんて、中々ある事ではないからだ。特にリリアは顔が幼いためか、実年齢より年下に見られることが多々あるので、今回もきっとそうなのだろう。


「えっと、私、魔法学校ってとこに行かなきゃいけなくて」


 と正直に話して、ポケットの中から招待状を出して見せる。事務員の人はそれを見るなり、「ああ、なるほど」と納得してくれた様子で、飛行機に乗るところまで見守ってくれた。

 紆余曲折ありながらも、なんとか一人でイギリスへと旅立てる事が出来たのだった。

 そして、無事にロンドンにやってきた。


「ここがロンドンか! 着いた着いた。でも、こっからどうやって行けば…」


 吸う空気も慣れたものではなく、色々と迷いながら街をウロウロしていると、自分と同じくらいの背丈の少女と、すれ違い気味に肩をぶつけてしまった。その拍子に、その少女の持っていた紙が一枚、花弁の如くひらりと地面に落ちる。


「あ」


 お互い前を見ていなかった事もあって同時に驚きつつ、リリアはふと落ちた紙を覗き込んだ。するとそこには『魔法学校』の文字が見えた。

 リリアは咄嗟に質問する。


「え、君も魔法学校に?」

「そうだけど。もしかしてお前もか?」


 二人はどうやら目的地が同じなようだった。改めてリリアと顔を見合わせた少女は、鷲鼻で、小豆色の太い眉とボブヘアを生やし、蒼眼の瞳をしていた。


「じゃあ折角なら一緒に行こうぜ! ところで名前は?」

「リリア・ヴァインベルガー。貴女は?」

「粋なロンドナー、チェルシー・アンダーソンさ」


 着く前から、既に仲のいい雰囲気となるリリアとチェルシーは、お互いに自己紹介を交わす。


「ところで、この"マジックアイランド"なんて地名、聞いたこと無いし地図にもないんだけど」


 リリアは招待状に書いてある地名を指差し、チェルシーに質問した。

『本校はマジックアイランドにあります』とは書いてあるのだが、この招待状、そこも含めて全体的に説明が雑だ。この時点で、なぜ魔法学校に入りたがる子供が少ないのかをなんとなく理解したリリアだが、ロンドンまで来ておいていまさら諦めて帰るわけにもいかない。もしも今帰ったりなんかしたら、家族に舐められるどころか、飛行機代を全額出してくれた父親にボコボコにぶん殴られることだろう。それだけは勘弁なので、なんとしてでも今日中に、"マジックアイランド"なる所に向かわなければならないのだ。


「え? 招待状と一緒に、赤い宝石が届いただろ? あれを使うんだよ」


 突然チェルシーから出た"赤い宝石"という単語にリリアは「へ?」と間の抜けた返事をする。宝石なんて全く知らない、確かに招待状一枚しかなかったはずだ、と必死に昨日の記憶を辿る。


「宝石? なんのこと?」

「もしかして届いてないか?」

「うん」

「ああったくもう、これだから魔法学校は…」


 チェルシーは後頭部を掻きながら、当たり前のように呆れた態度で呟く。一方、リリアはますます意味がわからなくて、ずっと眉間に皺を寄せたままであった。


「仕方ない、今ちょうどやろうとしてた所だし。えーっと…リリアだっけ。私にしっかり捕まって」

「え? うん」


 リリアは、全く下調べなしに来た自分よりかは知識がありそうなチェルシーに信頼を置き、取り敢えず言われた通りにしてみた。

 チェルシーの後ろに周り、手を両肩に置いて待機する。その間にチェルシーは、言ってた通りの赤い宝石をポケットから取り出した。しかしその宝石とやらが、リリアが想像していた物とは似ても似つかないような見た目であった。それは直径二センチほどの大きさで、しかも何故か厚みがなかった。光沢も安っぽく、子供向けのおもちゃのほうがはるかに本物っぽい程のクオリティである。チェルシーはその”宝石もどき”を左の掌に乗せると、いきなり蚊を殺すように右手で上から思い切り叩いた。


「わ!」


 リリアは慌てた。パチンという一拍手の音がなったかと思うと、チェルシーの上下に重なさった両手の間が、突然白く発光して、やがて目の前が見えなくなったのである。やがてそれが三秒ほど続いて、発光が落ち着いた頃には、既に周りの景色は都市ではなかった。

 いきなりテレポーテーションという魔法らしからぬ能力でチェルシーと共に着いた先は、自然が多い小さい村の、丘の上だった。


「ああ、ちょっと遠いところに出ちゃったな」


 とチェルシーが呟く横で、リリアは今の魔法の能力に興奮を隠しきれない様子だ。


「す、すごい、これって魔法の力なの?」

「そうだぜ。さ、早く学校に行くぞ」


 初めてきた筈なのに何故か慣れた様子のチェルシーに、リリアはついていく。

 素朴な景色が続く村の真ん中に、一際目立つ城のような建物が見える。その建物は、やや色あせた白い壁に、橙色の屋根という見た目で、遠くからでも美しく見えた。


「ところでチェルシー、なんでここへの行き方を知ってたの? というか、ここはどこ?」


 チェルシーは質問されると、待ってましたと言わんばかりの表情をして咳払いを終えると、やや早口気味に話し出す。


「お前な、誰でも行き方くらいは下調べするに決まってるだろ。そしてここは1478年に、魔法学校の基礎を作ったとも言われる一人の男が、自身の魔力を最大限使って作り出した別次元の世界なんだ、厳密には違うが、現実世界ではない。それからそもそも――――」


 チェルシーはそこから、質問された範疇を越えた事をさらに早口でペラペラと話しだして、リリアはじわじわと頭痛がしてきた。途絶える様子がないため、一方的な話から逃げるようにそれを断ち切る事にした。


「うん、取り敢えずそれは今度ゆっくり聞かせてもらうね!」


 チェルシーの魔法学校に関する知識はまだまだあって、頭の中は語りたいことだらけなのだが、そうこうしているうちに、あの城のような建物の門前についていた。

 ここがまさに魔法学校なのだろう。閉じた門前にはやや格式の高い格好をした大人が三人ほど立っており、気付けば自分達の周りが、同い年くらいの子供だらけで賑やかになっていた。すると、立っていた大人の内の一人の女性が、皆の前で話し始めた。


「みなさん、魔法学校へようこそ。私は案内をさせていただくエイヴァです」


 エイヴァは、若く綺麗なブロンズの髪をした女性で、スタイルも良い。リリアも心のなかで、(美人だなア)と()()()()ほど、彼女は美貌に満ちていた。

 エイヴァがそう言うと、横にいる二人の男性が門を開け、子供達についてくるよう促して、リリアもチェルシーも、大人達についていった。

 いよいよ魔法使いになるための魔法学校の敷地へと足を踏み入れる。


(よーし、魔法学校で絶対強くなってやるんだから! って…)


 その時、リリアの目線が突然急降下した。それは、つい先ほど家を出た時の感覚と同じだった。言わずもがな、リリアは皆の前で、しかも何もない所でまたドサリとコケてしまったのである。もちろん、顔を下にして。チェルシーはリリアの失態に、笑いながらツッコんだ。


「何やってんだよ!」


 一方、痛さと皆からやや引き気味に見られている恥ずかしさを感じながらゆっくり立ち上がるリリアに、一人の手が差し伸べられる。


「大丈夫ですか?」


 その声はチェルシーのものではない。リリアは頬に傷のついた顔をあげると、そこにはアジア人の少女が立っていて、やや心配そうな顔で手を差し伸べてくれていた。ほぼ同時にチェルシーも手を出す。


「どうも…」


 リリアは二人の手を掴んで立ち上がる。チェルシーではない方の心優しい少女は、黒髪で三編みのおさげを揺らして、赤い丸眼鏡を掛けていた。


「いえいえ。それより、お顔を怪我されてますね。よかったら、これを使って下さい」


 少女はそう言うと、持っていた緑色のポーチから絆創膏を取り出して、リリアに優しく手渡した。


「ありがとう、初対面なのに優しいね」


 リリアは初めて、心の底から感謝の念が溢れ出て、傷も見えないほどの綺麗な笑顔を浮かべた。


「礼には及びませんよ。それと、一緒に魔法学校に入る身として、これから宜しくお願いしますね」


 そう言い残して、その少女も、三編みを揺らしながら大人達について行った。その優しさに心打たれて、暫く呆然と突っ立っていたリリアだが、チェルシーの呼びかけで走り出した。


「ほら、置いていくぞ」

「あ、うん!」


 改めてここから、リリアの魔法学校へ通う生活が始まった。



 魔法学校に初めて入ってから、二回目の朝を迎えた。

 ここは学校の敷地内の、とある一室である。

 閉まった亜麻色のカーテンから、格子窓の影を浮き出させる陽の光が僅かに漏れており、それはすぐ下にある、フレームが木でできたアンティーク風のベッドと、そこに寝るリリアを僅かに照らしていた。

 窓の外から鳥の鳴き声が聞こえつつ目の覚めたリリアは、上半身を起こすと二、三回ほど目を擦る。そして、すぐさまカーテンを両サイドに引っ張った。白い格子窓が露わになって、そこからの強い朝日が狭い部屋を完全に明るく染めた。


「今日から本格的に魔法に関して学ぶのか、ワクワクするなー!」


 一人、ベッドから降りると、ウキウキで身支度を始めた。

 いま、彼女がいるこの部屋について教えよう。

 実は昨日、四、五人の先生が魔法を使って、別棟の建物にそれぞれ生徒専用の寮の部屋を作り出してくれたのだ。

 それも、生徒は少ないながら、洋の東西を問わず世界中から来校しているため、ちゃんと一人ひとり、その生徒の文化圏や好みにあった作りになっている。

 さらにリリアは、”部屋を作る”という実用的な魔法の力を初めて目撃し、ますます興味が高まったようだ。

 それから一日以上が経ち、すっかり部屋が気に入ったリリアは、化粧台の前で櫛を使って、鮮やかな空色のロングヘアを梳かすと、いよいよ魔法学校の制服を身に纏った。

 制服は、レギュラーカラーの白シャツに、無地のマゼンタ色の短いネクタイ、グレーのスカート、そしてその上に、ジャケットともパーカーともいえないような形状の黒いマントを羽織り、黒いとんがり帽子を頭に乗せるというスタイルである。一人、鏡を見てネクタイの結び方にやや苦戦しながらも、なんとか着替え終わったリリアは、真っ先に玄関の扉を開け、初めて寮から一人で学校へと向かった。

 リリアは校庭に出る。昨日、門をくぐった瞬間に転んでしまったのでよく見ていなかったが、改めて校庭を見てみると、近世の城のような建造物の前にだだっ広い庭園が広がっており、ここが魔法学校だということを知らない人からしたら、どこかの宮殿にしか見えない風景である。少なくとも学校には見えない。真ん中には特徴的な噴水があって、それを囲うようにして、四人の老人のブロンズ像がたっている。

 リリアは建物の玄関に着くまで広い校庭をひたすら歩き続けていると突然、後ろから肩に手を置かれた。


「よ、リリア」


 振り返ると見覚えのある顔があった。チェルシーだ。


「おおチェルシー、おはよう」


 この前知り合ったばかりなのにすっかり仲良くなった二人は、軽く会話を交わすと一緒に建物の中に入っていく。

 建物の外観は中世の城のようだったが、扉をくぐってみると、中は意外にも現代的な造りだった。白いコンクリート製の壁が続く廊下があって、やや広めの学校といった雰囲気である。

 リリアは教室に向かいながら、チェルシーにあることを問いかけてみた。

 

「ところで、チェルシーは、なんのために魔法学校に来たの?」

「……そりゃあ、魔法が大好きだからさ」


 少し黙った後に、たった一言、堂々と返答する。続けて、青い瞳を輝かせてこう語る。


「魔法について研究するのが楽しくてたまらなくてな。将来的には魔法研究家(まほうけんきゅうか)になって、全部の時間を研究に費やしたいんだよ」


 リリアも、彼女が心の底から魔法が好きだということは、初対面の際に楽しそうにペラペラと喋っていた時のことを思い出せば容易に理解できた。

 そして全ての時間を研究に費やしたいというその願いもまた、本気なのだというのが伝わってくる。

 そんなチェルシーは今度は俯いて、やや寂しそうな表情になりながらさらに続ける。


「ただなあ。魔法よりも優れた技術が普及した今じゃ、誰に言っても時代遅れとか言われてばかりで。同志を集めようとして色んな人に声掛けたのに、逆にどんどん孤独になって、気付いたら一人ぼっちさ。馬鹿な話だよな」


 チェルシーは額に手を当てて力なく笑う。「今じゃこうだもんな」という言い方が少々年寄り臭い気がしたが、それはともかく、やはりどこか寂しそうだった。


「でもな、どう頑張っても、夢を捨てきることだけが出来ないんだよ、何度も何度も諦めようとしたのに。んで、捨てきれないまま気付いたらこの学校に来てたって訳さ。」


 捨てなければいけないものをゴミ捨て場に運んで置いてきても、帰っている途中で居ても立っても居られなくなり、振り返って結局持って帰ってしまう。というようなことを、チェルシーは幾度となく繰り返してきたのだ。リリアは深く同情する。


「そうだったんだ…。でも、私は素敵だと思うよ、チェルシーの想い」


 チェルシーはそれを聞くと、寂しそうだった表情が、ハッとしたような顔になった。


「そうか、なんかありがたいぜ」


 チェルシーは照れくさそうにそう言った。心の底から嬉しかった。リリアは誰にも認められない自分の願いを、唯一認めてくれた相手なのだ。それも、まだ出会って間もない仲なのに。


「へへ。夢を持つとさ、諦めきれない呪いにかかっちゃうんだよね。いや、それこそ魔法なのかな」


 魔法というのは、別に魔法使いが使う能力のことだけを指す訳では無いし、学校で習うことだけが全てではない。普通の人間の心の中にも『一度何かに縋り付くと、まるで一体化したかのようにどう頑張ってもそれから離れる事が出来ず、いつの間にかそれに縋り付いてないと生きてられない身体になってしまう』という魔法が存在するのだ。それも恐ろしい事に、誰よりも強い願望を持った時点で、どんな人でもかかってしまうものなのである。

 チェルシーもその『諦めきれない魔法』というのにかかってしまっているのである。それはどんなに研究を進めたとしても、一生解明されることのない、全くの未知の魔法なのだ。

 本当はもっと話したいことがあるし、リリアにもたくさん感謝したいチェルシーだが、そうこうしているうちに教室の前についてしまった。

 教室はガラスがはめ込まれた木製の扉で仕切られていて、今は新しく入ってきた子供達が激しく出入りしている。


「おお、ここみたいだね」


 リリアは扉を見つけると、勿体ぶらずに早速教室に入っていった。

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