葵
「葵、お願いがあるの」
同じクラスの山田芽依が授業が終わってすぐに葵の席にやってきて、両手を合わせた。眉をハの字にしている。
「芽依、そんな顔してどうしたのよ」
いつもと違う芽依の表情に向かって笑みを浮かべた。
「ちょっと相談したいことがあるの。今日これから付き合ってほしいんだけど、いいかな」
「いいに決まってるでしょ」
「じゃあさ、ドーナツおごるから、これからミスドに行こうよ」
「ほんと、おごってくれるの」
葵は最近体重が気になり、甘いものは控えていたが、おごってもらえるとなると話は別だ。ドーナツ一つくらい食べたところで体重が急に増えるわけはない。
葵は結局、ドーナツを三つも食べてしまった。夕飯は控え目にしておこうとお腹をへこませて、芽依の話に耳を傾けることにした。
芽依はアイスコーヒーだけを注文して、ゆっくり少しずつストローで吸っていた。
芽依がドーナツを食べ終えてアイスコーヒーを一口飲んだところで、芽依が口を開いた。
「葵って、西岡くんと幼なじみで仲良しだよね」
芽依の口から陽翔のことが出てきて驚いた。
「幼なじみだけど、特に仲良しじゃないよ。顔見たら喧嘩ばっかりだし」
「それが仲良しの証拠じゃない。あたしなんか西岡くんと話したことないのに」
「あんな奴と話したところで、なんのためにもなんないよ。野球しか脳なしのバカのクセに、夏の大会は簡単に一回戦負けなんだから。まったく取り柄なしよ」
「でも、カッコいいし優しいじゃない」
「うーん、どうかな」
葵は首を傾げた。確かにあいつは昔からモテた。
「葵は西岡くんのことが好きなのかと思ってたけど、違うの」
「まさか、あんな奴、好きになるわけないし」
「あたしは葵と西岡くんが付き合ってると思ってたんだけど、違うのね」
「違うにきまってんでしょ。あいつを男として見たことなんて一度もないし」
「そう、じゃあ良かった」
「なにが良かったのよ」
「実はね、あたし西岡くんのことがずっと好きだったの」
芽依はストローでアイスコーヒーをかき混ぜながら、俯き加減に言った。
「えっ、まじで」
葵は大きく目を見開いて芽依の顔をのぞきこんだ。
「そう、ずっと好きだったの。なかなか告白する勇気がなかったんだけど、西岡くんも野球部を引退したし、そろそろ思いきって告白しようかと思ってるの」
「へぇー」
葵は複雑な気持ちになった。
「それでね、葵に頼みっていうのは、西岡くんを愛山に呼び出してほしいの」
「なるほどね」
「ほんとは夏休み前にお願いしようかと思ってたんだけど、なかなか勇気がなくて」
芽依は唇を噛みしめた。
「まあ、それくらいはいいけど、本当にあんな奴でいいの」
「お願い」
芽依が葵に向かって両手を合わせた。
芽依と別れてから家に帰り、母親に夕飯は少なめにとお願いしてから自分の部屋に入った。
着替えを済ませてベッドに横たわり、天井を眺めた。陽翔の笑顔が浮かぶ。
陽翔のことがずっと好きだった。意識し始めたのは中三の時だ。陽翔が野球部の練習中に骨折して泣いていた時に慰めているうちに、陽翔に対する恋心が芽生えた。
幼稚園からずっといっしょにいて、今さら好きだと告白もできずにこれまで過ごしてきた。
陽翔は自分のことをどう思っているのかが気になった。陽翔といっしょにいたい、自分も陽翔に好きだと告げたい。
芽依に陽翔を取られたくない。どうすればいいだろうかと思案した。