自習
田端に怒られることを覚悟して、教室のドアを開けると教壇には田端の姿はなかった。田端のヒステリックな声が飛んでくると思っていただけに拍子抜けした。
「あれ、田端は?」
陽翔は席につき、隣の席の松本駿に訊いた。
「わかんねえ」
松本は面倒くさそうに答えた。
「まあ、よかったけどな」
陽翔はカバンから国語の教科書を出しながら言った。
『全校生徒に連絡です』
陽翔が国語の教科書を机の上に置くと同時に教壇の上にあるスピーカーから教頭の声が流れた。
教室内がざわついた。
『本日の一時間目の授業は自習になります。皆さん、教室から出ずに席に座って静かに自習しておいてください。決して騒がしくしないように』
校内放送が流れたあと、各教室から歓声が上がる。
陽翔も例外なくガッツポーズして声をあげた。
教頭は席に座って静かにと言っていたが、そんなことが無理なことは教頭もわかっているだろう。どこの教室からもザワザワと声が漏れている。
陽翔は机に伏せて寝ることにした。席に座って静かにするという教頭の言いつけだけは守ることになる。
「ハルト」
陽翔が机に卯っ伏せていると、不機嫌そうな声が聞こえたので、顔をあげた。
倫子が陽翔を睨みつけている。
「おー、おはよう」
「なにがおはようよ。ずっとあたしのこと無視してたでしょ」
「無視なんかしてねえよ」
「あたしがおはようって言ってんのに、隣のクラスの清水さんとペラペラ話してたじゃない」
「悪い悪い。あいつがなんか変なこと言ってきてうれせえからさ」
「変なことって何よ」
それは倫子には絶対に言えない。
「お前には関係ない。たいしたことじゃねえからさ」
「陽翔、浮気してんじゃないでしょうね」
「んな、わけねえだろ。葵はただの幼なじみだって。それくらい知ってんだろ」
「幼なじみなのはわかってるわよ。でも、幼なじみだから好きにならないとは限らないじゃない。さっきも親密そうに話してたし、清水さん泣いてたじゃない」
「ほんと、倫子には関係ないことだから心配すんな」
「本当でしょうね。もし、浮気したら承知しないわよ」
「浮気なんてするかよ」
「絶対よ」
「ああ、絶対だ」
「もし、浮気したらどうする」
「だから、浮気はしないから、もし、はない」
陽翔はうんざりして立ち上がりその場から離れた。
「ほんと、浮気したら承知しないから。陽翔に手を出す女は絶対にゆるさないから」
背中から倫子の声が聞こえた。陽翔は振り向くこともせずに右手を上げた。倫子のきつい視線が逃げるなと背中に突き刺さる。しかし、これ以上会話を続けるとボロが出そうだ。