行方不明
陽翔が登校するとすぐに清水葵が陽翔のところにやってきた。
「西岡くん、芽依知らない?」
葵の目はつり上がっている。
「いや、知らないけど」
陽翔はギクッとした。
「もしかして昨日、愛山に行かなかったわけ」
葵は陽翔にきつい視線を向けている。
「あ、ああ」
陽翔は俯きながら返事した。
「なんで行かなかったのよ」
「行く、行かないは俺の勝手だろ」
陽翔は逆ギレした。
「そりゃそうだけど、相手は芽依だよ。芽依があんたみたいな男にコクろうとしたんだよ。行かなかったなんて信じらんないわ」
葵が呆れた表情を浮かべ口元を歪めた。
「だから、行く、行かないは俺の勝手だ」
陽翔は立ち上がり葵を睨みつけた。
「それはわかってるけど」
葵が急に目を真っ赤にして涙を浮かべた。
「お、おい、泣くなよ」
葵とはこれくらいの口論は日用茶飯事なだけに、涙を浮かべる葵の姿に陽翔は戸惑った。
「いなくなったのよ」
葵が泣きながら呟いた。
「いなくなった?」
陽翔はクラスの視線を気にしながら、葵の顔を覗きこんだ。
「そう。いなくなったの」
葵が悲鳴のような声をあげた。
「とりあえず、こっちこい」
陽翔は葵の肩に手を置いて廊下へと向かった。葵の肩はずっと揺れている。
陽翔は葵を階段の踊り場まで連れてきてから話を聞いた。
葵から聞いた話では、昨日、葵は愛山の上り口で芽依と別れた。頑張ってねと声をかけると、芽依は緊張した面持ちで、うんと言って手を振っていたらしい。
そのあと葵は家に帰ってから、芽依からの結果報告のラインを待っていたが、一向に来なかったので少し心配になっていた。
夜十時を過ぎた頃に、芽依の母親から電話がかかってきて、芽依がまだ帰っていないけど知らないかと訊かれた。
葵は夕方に芽依と別れてから連絡はとってないことと芽依は愛山に行ったはずだということを伝えた。
その後、母親は愛山まで芽依を探しに行ったが見つからなかった。それから朝になっても芽依は帰って来なかったので、芽依の母親は警察に届けると葵に電話をくれた。
「昨日の夜、陽翔に何度か電話とラインしたのよ。なんで出ないのよ」
芽依が陽翔を問い詰めた。
陽翔はスマホを取り出した。スマホの画面を見て葵からの着信とラインがきていたことに気づいた。
「ごめん、全く気づいてなかった」
「本当に昨日は愛山に行かなかったの」
葵が陽翔の目をじっと見つめた。
「本当に行ってない」
陽翔は葵と目を合わせることができなかった。
「陽翔にフラれたショックで芽依はどこかに行っちゃったのかな」
「まさか、それはないだろ」
「じゃあ、どうして芽依はいなくなったのよ」
「そんなこと、俺にわかるわけねえだろ」
「陽翔、ちょっとは責任感じてんの」
「なんで、俺に責任があるんだよ」
「芽依は陽翔のことが本気で好きだったんだよ。なのに、なんで昨日、愛山に行かなかったのよ」
「いろいろ事情があんだよ」
陽翔が倫子と交際していることは誰も知らない。隠しているわけではないが、交際をはじめてすぐに夏休みに入ったこともあるし、自分からすすんで話すことでもないと思っていたからだ。
「もしかして、陽翔は彼女いるの」
陽翔が正直に話そうか逡巡していると、始業のチャイムが鳴った。
「ヤバい、授業始まるわ。一時間目はヒステリーな田端の授業だ。じゃあな」
陽翔は葵に向かって右手を上げて、階段を駆け上がった。
「ちょっと、ハルトー」
背中から葵の声がしたが、陽翔は振り向かなかった。