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『稲荷夕真』

私は自分が認識できるようになった時には”お稲荷様”と人々に呼ばれていた

私と対になる存在の狐の神もまた、お稲荷様と呼ばれていた

私ともう1神は仲が良いわけでもなく悪いこともなかった

人々は私たちを神と呼んでいた

私たちは人間で言うところの狐という動物の見た目をしていた

私たちは見た目を術を使って変えることができた

暇つぶしに人々の言葉を覚えた

私たち2対を崇める2つの像に小さいながらも人々の愛と努力で作られたであろう境内、賽銭箱に鐘が作られた

私ともう1神は、参拝者が我らに祈りを捧げることで生きる力をもらっていた

その代わりに、干ばつの時は雨を降らし、大雨で作物がダメになる時は強風を吹かせ、雨自体を作物に当たらないように術を使った

しかし幾度も時代が移り変わり、人々は時代と共に私たちの元へと来ることが少なくなっていった

いつの間にか私たちは神という存在から神使へと降格していた

思うように術も使えなくなっていた

そんな頃、大きな地震がこの土地を襲った

私たちの存在を人々に知らしめる像の内の1つが壊れてしまった

その時から、もう1神は姿を表すことがなくなった

いや、表せなくなったのだろう

そう理解するのは時間がかからなかった

いつからか人間の姿になることもできなくなってしまった

神から神使となり、力もなく1人時間に身を任せてこのまま消えてしまうのも良いと思った時であった

そんな時に随分と幼い少年が私だけになったこの稲荷神社に足を踏み入れた

この日はかなり酷い大雨で、私はすでに弱り切ってしまい動けずにいた

少年は、そんな私を見つけて屋根があるところまで抱えて連れていき、自分の服で私を拭いて膝に抱え撫で始めた

(何だ……?この人間は?)

今まで崇め奉られることや、狐の姿の時に襲われたりすることはあったが、このような経験は生まれた数百年の中で初めての出来事だった

(この少年が大きくなるまで見守っていきたいものだ)

今日、このまま消えてしまおうかと思っていたほどだったのに、希望が芽生えてしまった

(あと……10年ほどか、私の寿命は)

参拝者が全くおらず、そろそろ私の命も終わりと思っていたが、まだ生きてみようと思えた

少年がうずくまり、震えて動かない

何だか体も熱い

(まずいな……)

人間はすぐに死んでしまう、早く助けを呼ばねばならない

わずかな寿命を使い、術を使って近くの人間にここに来るように暗示をかけた

幸いにも暗示にかかった人物たちは、少年の祖父母のようだった

「お稲荷様……湊人の場所を教えてくださりありがとうございます」

老婆には私の姿が見えていたようだ

(術を使ったあとの私の姿は人間には見えないはずだが……珍しい事もあったようだ)

少年が祖父母に連れられ帰った後、いつの間にか雨も止み、虹がかかっていた

(美しいものだな……)

数日後、少年が神社に足を踏み入れるようになった

毎日5円玉をボロボロの賽銭箱に投げ入れて声に出しながら祈っているようだ

「あのきつねさんがはやくげんきになりますように」

と、少年は祈っている

それから1週間ほど毎日来ており、そのおかげで私はへんげの術を使えるくらいには回復していた

その次の日、主人公がきた時に同じくらいの人間の子供の姿になり、話かけてみた

「やぁ、君は参拝に来たの?」

「さ、さんぱい……ってなんの……こと?」

子供に話しやすいよう砕けた口調で話しかけてみる

「……お祈りのこと、君はどうしてここに来たの?」

「そ、そうだよ……おいのりにきた」

少年はもじもじと語尾を短くして言った

「ふーん、何をお祈りしに来たの?」

「えっと……それは…………その…………」

今度こそ言い淀んでしまったようだ

(”あの狐”が元気になりますようにじゃないのかもしれないな)

「言いたくないなら、いいや」

「ち、ちがうの!きつねさんにげんきになってほしくてきてた!」

「大きな声出せたね」

少年はかぁっと耳まで顔を赤く染めた

「狐って?」

(私のことだとわかってはいるけれど)

少年の口から聞きたくて、意地悪な問いをしてしまう

「……オレがはじめて、ここにきたとき……きつねさんがいたんだ」

「それで?」

「雨が降っていて、濡れてて元気ないがみたいだったから……」

「それだけ?」

これまでの少年の祈り方から、何かそれだけではないものもあると確信していた

少年が語ってくれるかはわからない

だが、聞いてみたくなった

「そ、その……」

少年は言い淀んだ

やはり、狐の健康を祈っただけではないようだ

「オ、オレ……じょうずにはなせないから……みんなにきらわれているんだ」

(いじめか……)

私が生まれた頃からいじめというものは名は違えど存在していた

「そ、それで、あのきつねさんもオレみたいになかまはずれにされたとおもったんだ。そうおもうときつねさんをたすけなきゃっておもったから……」

「…………」

子供だ

この少年は間違いなくまだ小さく未熟で子供だというのに、自分のされたことが嫌で相手に同情することができている

例えそれが偽善であろうとも、この”私”相手にそう同情してくれたのだ

(あいつが先に旅立ってから私は1人だった)

「あ、あの……だいじょうぶ?オレ、なんかへんなこといった?」

少年が沈黙した私の顔色を疑うように、声をかけてきた

「何でもないよ」

「そ、そう……」

気恥ずかしそうに少年はそっぽを向いて黙った

「そうだ。私たち似たもの同士友達になろう」

「と、ともだち?オレたちが?」

「うん、そう」

「い、いいの?」

少年はキラキラと瞳を輝かせ、私の返答を待っている

「もちろん、君だから友達になりたいんだ」

「う、うん!よろしくね!」


友好の印だと少年は私にいなり寿司を渡してきた

(人間が作るものも案外悪くないな)

それから私たちは毎日神社で会い、色々なことをしてたくさん遊んだ

かくれんぼをしたり、鬼ごっこをしたり、下駄ではなく靴を飛ばして天気占いをした

虫取りや、川遊び、鳥居に登ったり、本当に色々なことをした

少年はとても楽しそうだった

私も一生の間で一番楽しかった

このまま少年が大人になり、亡くなるまで共にいられると思っていた

今日までは

「あのね、いわなきゃいけないことがあるんだ」

「ん?改まってどうした?私の大事なものでも無くしたのか?」

すると、彼は今にも泣き出しそうに瞳を揺らして口を開いた

「あの、あのね……オレ、あしたにはかえるんだ」

(帰る…………???)

「……どこに?君の家は前に教えてくれたところじゃないのか?」

「うん、じつはここにはなつやすみのあいだだけなの。いえはとおいの」

「…………」

(ショックで声が出ないな)

思っていたよりもダメージが大きい

「おじいちゃんとおばあちゃんのいえにいたの。……で、でも!かならずらいねんもくるから!」

「……来年も?」

「うん!らいねんのなつやすみ、またここでいっしょにあそぼう!」

「…………う、うん……」

何とか彼のため、頷くが心の中では整理しきれない

「だって、だって、オレたちもう親友でしょ!」

「え?」

「ち、ちがうの……?」

「…………はははっ」

予想だにしていない発言に笑い出してしまう

「あ、あのーーー」

「ありがとう、湊人」

「う、うん!」

私は思ったよりもこの子供に執着しているみたいだ

「私は君の親友だ」

「うん!」

私は湊人を見つめ、尋ねた

「ねぇ、湊人」

「なぁに?」

「私に名前をくれないか?」

「な、なまえ?みなとってなまえはあげられないよ?」

私はぷぷぷっと笑いが込み上げた

「違うよ。私に名前をつけてくれないか?」

「なまえ、ないの?」

「ああ、ないんだよ。だから君につけて欲しいんだ」

(稲荷……って言う名前は一応あるけれどもね)

「う、うん!いいよ、えっと、えっとね……」

期待に胸を膨らませていると、軽く術が発動してしまいザアッと夏草が揺れ、

昼時なのに空を黄昏時のように紅くしてしまった

(私にもまだ力が残っていたんだね)

そうこうしていると湊人は口を開いた

「ゆう……ゆう…………ゆうま!」

(……ゆうま)

「ど、どう?いや……かな?」

湊人がつけた名だから気に入ったに決まっているのに、謙虚な姿勢でこちらの様子を伺っている

「ううん、湊人がつけた名だ。気に入った」

「よ、よかったぁ!」

歓喜する湊人に問いを投げかけた

「理由も聞いていいかい?」

「う、うん、ゆうまの”め”ってゆうぐれのときみたいに、あかいでしょ?いつもきれいだなっておもってたから!」

(私の目が綺麗……か)

「そうか……うん、ますます気に入ったよ。ゆうま……夕真かな」

「どうしたの???」

「何でもないよ」

(存外嬉しいものだ)

「ゆ、ゆうま、これあげる」

そう言う湊人の手には学生帽が乗っていた

「これは君のお気に入りだろう?」

「う、うん。だからね、らいねんかえしてくれる?」

湊人の瞳が揺らいでいる

(口実か……こういうのも悪くない)

「いいとも、来年この場所で」

「うん!そ、それじゃあまたらいねん!」

「ああ、それまでさよならだ、湊人」

「うん、またね!ゆうま!!」

潤んだ瞳をしているのに、踵を返すことなく湊人は去っていった

(ふふふっ、来年が楽しみだ)

しかし、何年しても湊人が私の前に現れることはなかった


*****


(ふふふっ、楽しみだ)

そろそろ、湊人をお別れしてから1年がたとうとしていた

(また湊人と遊べるのか)

こんなに1年を長く、そして短く感じたのは初めてだった

(今日はもう夕暮れ時だ、明日に来てくれるだろうか?)

1人でるんるんと心を弾ませていると、思わぬ来訪者が現れた

(よっと……)

弱った力を使い、姿を消して様子を見ていた

そして気がついた

私は来訪者のことを知っていた

「お稲荷様、わしは湊人の祖父でございます」

(そうだな、知っているとも)

湊人の祖父は賽銭箱にお金を投げ入れて、語り出した

「実はばあさんがなくなってしまいまして、娘に湊人が何年か来ないよう言ったんですじゃ。

というのも湊人はばあさんのことが大好きでしてな、通夜と葬式で大泣きしたんですじゃ。

しばらくはばあさんのことを思いださん方がいいと思いましてな。

わしの独断ですじゃ」

(…………そうか)

私は湊人の祖父の言葉に耳を傾けた

「ばあさんが行きとった時に、湊人がここで雨の日に倒れとった時……ばあさんがお稲荷様を見たを言ったんですじゃ。

…………わしの考えが正しければ、湊人の親友の夕真くんはお稲荷様ですじゃ」

(鋭いな、湊人の祖父は)

「わしのことはどうなっても構いません。

じゃが、どうか湊人がばあさんのことを忘れるまではそっとしておいてくれませんか?

優しいあの子のことですじゃ……ばあさんのことを忘れんかもしれんが、せめて時が心の傷を癒すまでは待って欲しいんですじゃ……」

(湊人の性格だと祖母のことは忘れないだろう……同意見だ)

「どうか頼みますじゃ……お稲荷様…………」

湊人の祖父は膝をついて祈っている

「わかった、湊人のためなら私も待とう」

「お、お稲荷様!?」

声だけ聞こえるようにしたら、湊人の祖父は涙を流しながら私のことを探し出した

(人間の寿命はせいぜい80年くらいか……?)

私の寿命はあと長くて9年ほどだ

(せめて死に目にでも会えれば満足だ)

それに今までの生きてきた年月を考えれば9年など大したことはない

(湊人が祖母のことを忘れられずにいたとしても、9年後には私から会いに行くとしよう)


それから約8年、初夏

湊人はこの夕暮町にやってきた

1年たったが湊人は私に会いにきてはくれない

(幼子だったから忘れたのかもしなれないな……)

だが、私は最後の寿命を使ってこの1週間、湊人に会いに行ったのだった


*****


湊人に嫌われた

そう思わずにはいられない

当初の最後に湊人に会うという願いは叶った

ここで天寿を全うする時なのだろう

私は金曜日が終わり、住処である稲荷神社へと戻ってきていた

「……」

ここにはたくさんの思い出が詰まっている

あとは静かに”その時”を待つだけだ

しかしその時よりも早くに変化が訪れた

湊人が私の神社に現れたのだ

何やら色々と見つめては別のものを見つめている

(……来てくれたんだ)

顔を緩み涙が溢れる

今の姿は湊人には見えない

動き回る湊人の側を共に歩き、何百年も過ごした境内を歩き回った

(ふふっ、こんなことしかしていないのにとっても幸せだ)

その日、湊人は帰っていった

(これで今度こそ本当にお別れだ)

「さようなら湊人」

私は湊人の背を見ながら別れを告げた


2日たった月曜日

湊人と再開してからちょうど1週間

今日、私は消滅する

もう1神が消えた時のように大雨が降っていた

息が苦しい

意識も曖昧になってきた

視界も霞んでいる

(そろそろか……)

振り返ってみると悪いことばかりでもなかった

(最後に……最後にもう一度湊人に会いたい)

親友だと言ってくれたあの子が愛おしい

(君が大人になるまで見守ってあげられない私を許してくれ……)

ああもう、瞼が開かない

「…………!?」

聞き慣れた息遣いが飛び込んでくる

眼で確認したいのに開かない

「どうしてだよ!どうして今まで何も言ってくれなかったんだ!?」

境内に湊人の声が響いた

「返事しろよ!子供の頃、あんなに一緒に遊んだってのに!!」

『湊人……来てくれたのか……嬉しいな』

「お前はオレにどうして欲しかったんだよ!?思い出すだけで良かったって訳じゃねぇだろ!?」

もう私の声は湊人には届かない

「なのに……なんで……!!」

もっと声が聞きたい

そう思っているのに湊人は黙っている

「…………」

『…………』

もう耳も聞こえなくなったのかもしれない

『最後に声を届けてくれてありがとう、湊人』

(え?)

スッとわずかに体に力が宿る

開かなくなっていた眼を開くと湊人が祈っていた

(…………ふふふっ、君は本当に愛らしい)

「……」

「………………」

必死に祈る湊人に姿が見えるように、力を使う

「……………………え?」

眩い光から私は姿を現せた

眩しさからか瞼を閉じている湊人に優しく語りかける

「やぁ、君は私に会いに来たの?」

湊人の驚く顔が愛おしくて、笑顔になる

「お、お前……!!」

湊人は驚いたまま上手く声が出ないようだ

「ごめんごめん、何だかもう眠りにつく時間だと思ってたけど、もう少し先みたいだね」

「……んだよ…………心配して、損し……たじゃ、ねぇか…………」

「やっぱり湊人は優しいままだね。湊人が大人になって、君のおじいちゃんよりも歳をとって、老衰して亡くなるまで、私は君の側にいるよ」

「…………何、言ってんだよ……」

「邪魔だったかい…………?」

もしかしたら本当は嫌われているかもしれないと、湊人の顔を覗き込んだ

湊人は袖で涙を拭って満面の笑みを浮かべ、にこやかに口を開いた

「そんな訳ねぇだろ!だってオレたちーーー」


『親友じゃないか!!!』

稲荷夕真目線です。

完結です。

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