5 . トレジャーハンター ニナ・ハーレス
四方八方の床が抜け始めているが、この状況においても俺の身体は動こうとはしない。肉体的ダメージ以上に精神的な要因が強く、廃人同然になってしまっていたのだ。ついには耳鳴りさえする始末でーー
「ねぇってば!!」
耳を劈くような大きな声に、思わず我に返る。そこには痺れを切らしたのか、俺の顔を覗き込むように1人の女性が立っていた。大きな灰色の瞳と結えた銀髪が特徴的で、この場には似つかわしくないほどに軽装備であった。
「お前何者だ?」
「お前じゃない。私はニナ、トレジャーハンターよ」
誇らしげに自己紹介されるも、頭の整理が追いつかない俺は、更に質問を続ける。
「いつからそこにいた?」
「いつからって言われるとあれだけど、さっきの闘いは全部見させてもらったわ。惜しかったわね」
大袈裟なジェスチャーで残念がるニナ。胡散臭さが滲み出ており、俺は相手にすることをやめた。
「どうでもいいが、早く逃げた方がいい。この城はもうもたない」
「無駄よ、今更逃げたところでもう間に合わないわ」
はっきり言い放つ彼女に、俺は問う。
「死ぬのが怖くないのか?」
「死ぬつもりなんてないわよ。まぁ、あなたの返答次第ではあるけど」
その返しは俺の想像を越えるもので、さぞ訝しんだ顔をしていたに違いない。そんな俺に対して、ニナという女は大きく開いた胸元から謎の小瓶を取り出し、見せびらかす。
「これがなんだか分かる?」
「何かと思えば魔変化の薬か。くだらん」
突き放すような一言に、ニナはムスッとした顔で説明する。
「さすが大魔王っていうだけはあるわね。そう、これは魔変化の薬。人間が飲めば魔物に変化するし、魔物が飲めば人間に変化する代物よ。闇ルートでしか出回らない超貴重なお宝なわけだけど、あなたさえ良ければ譲ってあげてもいいわ」
突拍子もない発言に、俺は大きくため息を吐いた。
「なぜ俺が見た目も力も劣る人間なぞにならねばならない」
「よく言うわね。その人間様に負けたくせに」
事実を突きつけられ言葉に詰まる俺を見て、ニナが攻める。
「あなたはここで終わっていい存在じゃない。この秘薬で生まれ変わって、私と一緒に先へ進む気はない?」
「先だと・・・一体どこに」
「決まってるじゃない」
目線で誘導され、俺は顔をそちらに向けた。あるのは、先ほど勇者共が飛び込んでいった謎の光の輪だけだ。
「何が目的だ?」
「さっきも言ったけど、私はトレジャーハンター。あの光の先に待っている金銀財宝がお目当てってわけだけど、さすがにあの先へ1人で行くのは身の危険を感じるわ」
「つまりこの俺に用心棒をやれっていうのか?」
「まさか。私だって何もできないか弱い乙女じゃないわ。それでも、戦力は多いに越したことはないでしょ?」
「・・・仮に俺がその話を引き受けたとして、わざわざ人間になる必要があるとは思えないが?」
至極当然は質問をぶつけると、ニナは上空を指差す。
「あれを見て」
天へと繋がる謎の道。その不思議な力に引き寄せられたのか、飛行魔物達が群がっている。時折、誤って侵入してしまう魔物もいるのだが、それらはすべからく、絶叫してから消失している。
「つまりは、魔物はあの先へは進めないということか?」
「そういうこと」
俺の疑問を解決させたニナは、時間がないと前置きしてから話を戻した。
「どうせここで心中するつもりだったんでしょ? だったら、その命、私に預けて頂戴。決して悪いようにしないわ」
真っ直ぐな彼女の視線に、俺は逡巡する。
正直、財宝なんていうものには一切興味がない。だが、道化を演じさせられていたことについては納得がいっていないのは事実であり、願うならばギルバードに再戦を申し込み、更に言えばどこぞで調子に乗っているラスボス野郎にも一泡吹かせてやりたいという思いはあった。
ーーであるならば、騙されてみるのも一興か。
「薬をよこせ」
「そうこなくっちゃ♪」
俺は起き上がり、ニナから魔変化の薬を受け取った。体内に薬を流し込むと同時に、血液が沸騰するかのような感覚を味わった。