2 . 伝説の勇者 アレクサンダー・ギルバード
10mはあるだろうか、重厚な観音扉がギシギシと音を立てて開く。それもそのはずだ、この扉が開かれたのはこれが初めてであり、恐らく最初で最後となる。
高揚感が高まり今にでも飛びかかりそうになるが、そこはラスボスとしての威厳を保つため、フロアの中央で仁王立ちを貫く。
扉の先から現れたのは男女4人組。レイピアを持った眉目秀麗の男性は恐らく修道騎士団の者だろう。弓使いの髭面の中年には経験とスキルを感じる。さらには、はしばみ色の瞳を持つ貴賓あふれる少女の面影には見覚えがあった。かつて大帝国として栄えたキルティア。その国を統治していたのが由緒正しきアセンディス家という一族であり、眼前の少女がその末裔なのは間違いない。中々の粒揃いと言わざるを得ないが、それ以上に異彩を放つ男が1人ーー
「貴様、名を名乗れ」
見た目や格好は酷く平凡。それでいて、これまで出会った誰よりも強い目をしている。
何者にも屈しないと言わんばかりに、その男は鞘から剣を抜いた。
「俺の名前はアレクサンダー・ギルバード。お前を倒して世界を救う男だ!」
「見事な心意気だ。俺を目の前にしてそこまで言い放つとはな」
他の面々も各々武器を構え、臨戦態勢に入る。1対4であることに何の不満もない。元来、ラスボスとは孤高の存在。それくらいのハンデはくれてやる。
「我が名は大魔王・ガナルザーク! この世界を統べる者なり! さあ、蹴散らしてくれるぞ!」
俺の雄叫びを合図として、少女以外の勇者パーティが駆け出した。
「あらよっと!」
俺との距離を半分詰めた辺りで、髭面男が弓を投じる。正確無比なそのショットは見事俺の心臓を捉えていたが、そんな攻撃は無駄である。
「ぬるい」
俺は尻尾で弓を弾き、右前方から迫るレイピア使いに目を遣る。
「うぉぉぉぉおおおおっ!!」
気持ちの乗った素晴らしい突きを繰り出そうとしたところで、俺は右手で正拳突きを叩き込む。辛うじて避けられたが、攻撃を遮断することには成功した。
「ギル、行け!」
レイピア使いが指示すると、ギルバードが高く飛び、剣を振り上げる。なるほど、こっちは囮だあったか。
「小賢しい!」
俺はフリーになっていた左腕を使い、ギルバードへフックをお見舞いしようとするがーー
「セイクリッド・シールド!」
後方支援に回っている少女が右手を前に突き出す。突として強い光を放った六芒星の盾が出現し、俺のフックは防がれてしまった。
「・・・中々の連携だ。幹部共がやられたのも頷けよう」
俺が関心している間に、勇者達は後退りながら体勢を立て直す。
「ライス、足元から攻めるぞ」
「オーケー、左足は任せろ」
前線2人が弧を描くように、反対方向へ走り出す。同じ手は食わないと言いたいところだが、ライスと呼ばれるレイピア使いの先ほどとは段違いのスピードに不覚にも呆気に取られる。
「バーチカル・ニードル!」
一瞬にして左足に撃ち込まれる無数の刺突。筋肉の筋を全て引き裂かれたように、膝崩れを起こしてしまった。
「今だ、ダリル!」
「あいよ」
ギルバードの一声で、すかさず放たれる雷撃の一矢。避けることは愚か、尻尾で応戦することも到底及ばない。それほどの速度である。
ダリルの見事なショットが右肩に命中した。俺の全身に電流が走り、身動きが取れない時間をさらに稼がれてしまう。
「受けてみろ」
ギルバードの刀剣が光に包まれていく。見遣れば、アセンディス家の少女の身体も共鳴するように神々しく輝いていた。
「アセンディス家に伝わる伝承にはこうある。東から来たれし青眼の若人が聖剣を振う時、アセンディスの血は共鳴す。さすれば闇は祓われると」
一旦言葉を切ると、更に強い念を右手に込める。
「ガナルザーク、あなたの支配は、このエルシィ・グレース・アセンディスの代で終わらせます!」
ギルバードが地面を強く蹴り、飛躍した。両手に握った剣を振り翳し、俺を睨め上げる。
「ジ・マテリアル!!」
振り下ろされた切先からは光の斬撃が放たれ、目の前が真っ白になる。次の瞬間、肉体に強い衝撃を感じた。