1. 大魔王 ガナルザーク
転生して幾許の時が経っただろうか。
もはや昔のことはさして覚えていない。断片的な記憶としてあるのは、破壊の限りを尽くし焼き払った街や村の光景。そこに広がる下等生物の断末魔。俺を止めようと、無謀にも立ち向かってきた名もなき冒険者共の最後の姿。
傍若無人という言葉が最も似合う存在、それがこの俺、大魔王・ガナルザークである。
だが、俺は最恐であって最強ではない。俺は待っているのだ。この混沌に満ちた世界に希望をもたらす、たった1人の男を。何故なら俺は、そのまだ見ぬ最強にだけ敗北を許させた存在――この物語のラスボスであるのだから。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
世界の最果てに聳える魔法城。そこには数百種の魔物達が蔓延っており、奴らは冒険者の進行を妨げ、死地へと追いやる。
「うわぁぁぁっ、助けてくれ----!!」
絶望を含んだ叫び声を上げ、また1人、挑戦者が姿を消した。脳裏に映し出されたいつもの日常に、俺は辟易とするしかない。
「仮にもラストダンジョンまで辿り着いた者が、なんと情けないことよ」
俺は椅子に掛けてあった双剣を手に取り、立ち上がる。そして広大なフロアの真ん中まで移動し、徐に剣を振った。
俺の剣は空を切ることで鎌鼬を発生させ、辺りに傷を作り出す。下等な人間風情では受けるだけで精一杯だろう。
「いつになったら現れる、伝説の勇者よ」
刀身に映る俺の顔は、人間のそれではない。口には黒く鋭い牙を生やし、眼光はどこまでも真紅。捕らえた獲物は逃がさない猟犬そのものである。さらには尻尾に蛇を拵え、筋骨隆々の巨大な体躯は巨人族と比べても見劣りしない恐怖感を他へ植え付ける。
自身の圧倒的な存在感に惚れ惚れしていると、使いの者がやってきて片膝をついた。
「・・・何用だ?」
「ご報告致します! 先ほどガリル渓谷にてメイフィス様が撃たれたとのことです」
予期せぬ発言に、俺は目を丸くする。メイフィスはこの俺が認める数少ない魔族であり、この世界を手中に収めて以来、長年右腕として尽力してくれた存在。これまで冒険者に対して苦戦を強いられたという報告すら聞いたことはなかったはずだが――
「何者だ?」
「詳しいことは分かっておりません。が、メイフィス様が敗れる寸前、非常に強力な聖なる光を見たという報告が届いております」
凶報の後に吉報あり。
俺はその聖なる光が、待ち焦がれた人物のものだと確信した。
「やはり願いは口に出してみるものだな」
ニヤリと笑う俺を見て、使いの者は怪訝な表情を浮かべているが、気にせず続ける。
「すぐに幹部共を魔王城に集結させよ。最高級のおもてなしといこうではないか!」
「はっ!」
悪いが伝説の勇者よ、俺はメイフィスほど甘くはないぞ。貴様が全身全霊をかけてぶつかってくるのであれば、最後の敵―ラスボスとして申し分ない働きをしてやろうではないか。