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自殺したのに異世界来たら不老不死になっていた。  作者: 三毛犬
第1章:この世界へさよならを言うために
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8話:魔獣の餌

 出発の日になり、私とシャロンは早朝から全員分の馬の準備をしていた。

 宿舎に併設されている馬小屋には大小様々な馬が草を食べている。

 中には馬なのかどうかも怪しい魔獣がちらほらいるが、このギルドで飼われている移動用の魔獣は全て馬と呼ぶことにしているらしい。


 ふいに馬たちが顔を上げ、一斉に鳴きだした。

 入り口に黒い服の女性が立っている。


「おはようございます、メルさん」

「おはようございます……」

「おはよう」


 私とシャロンに返事をしながら馬を撫でている。

 気持ち良さそうに尻尾を揺らしている馬を見るに、随分なつかれているようだった。


「準備は出来た?」

「はい!馬に餌をあげたらいつでも出られます」

「そう」

「メルさんはどうしてこちらに?」


 その問いに答えないままメルは私たちの方に歩いてきた。

 何かあったのだろうかと不安になってシャロンを振り返ったが、メルは私の前で足を止めた。


 私が何かしたのかと、震えながらその長身を見上げた。

 前会ったときは気づかなかったけれど、こうしてまじまじ見ると、切れ長の目と整った鼻、形の良い唇、モデルのような風貌に圧倒される。


「この間は……」

「は、はい」

「この間は、団長がごめんなさい」

「へ?」


 意外な言葉が聞こえて、間抜けな声を出してしまった。


「団長の悪い癖なの。あの人も、少し反省していたから」

「あ、えっと、そんなに気にしてないので、大丈夫です……」

「なら良かった。昼には全員揃うと思うから、それまでゆっくりしていて」


 踵を返して立ち去るメルを呆然と見送った。

 何がしたかったんだ。


 初日のことを謝りに来ただけ?何で今?

 はてなマークが頭にたくさん浮かんでいる私の隣で、シャロンが弾んだ声を出した。


「メルさんとお話出来るなんていいなあ!」

「シャロンはずっとそわそわしてましたね」

「だってすごくかっこいいでしょ!近くにいるだけで緊張するよ!」


 芸能人にあったかのような反応が微笑ましい。

 確かにあの身長に短く切られた黒髪、服装で体のラインは隠されていたが、きっとスタイルもいいのだろう。

 女の子でも憧れる人は多そうだ。


「メルさんが言ってくれたおかげで、これが終わったら休憩できますね」

「うん!早く終わらしちゃおう」



 シャロンは馬が食べ残した草を掃除し始めた。


「そういえば私馬乗ったことないんですけど」

「補給部隊は荷馬車で移動するから大丈夫だよ!

 操縦は私が教えるから安心してね」


 操縦、出来る気がしない……。

 私が持っている桶からガブガブ水を飲んでいる馬と目が合う。

 鳴き声と同時に唾を飛ばされた。

 こいつらの制御をしなきゃならないなんて……。


 歯を出してニタニタ笑っているような馬面がむかついて、水を遠ざけると抗議の鳴き声をあげられてまた唾が飛んだ。



――――――――――――――――――



 お昼前になり、戦闘部隊も集まったところで出発した。

 食べ物や武器を積んだ荷馬車の御者席に二人で並んで座り、操縦の手ほどきを受けながら森へ向う。


 検問所を抜け、橋を渡ったところであることに気がついた。


「森って私が最初にいた森ですか?」

「そうだ」


 馬車の前にいるライニールは、今頃気づいたのかと返事をした。


「アオは森にいたの?」

「そうなんですよ。気づいたら森で倒れてて、それ以前の記憶がなかったんです」

「えぇー、かわいそう」


 すらすら嘘を並べる私をライニールが呆れた目で見ている。

 確かに親切にしてくれるシャロンに嘘をつくのは心が痛むが、本当のことを言っても信じてはもらえないし混乱させるだけだろう。


「というか私と会ったときライニールたちは何で森にいたんですか?」

「探索部隊から魔獣が出たって報告があったから討伐しに行ったんだよ。

 結局魔獣が見つかる前に変なガキを拾ったから、中断して町に戻ってやったんだ」

「それはわざわざご苦労様です」

「お前のことだよ、くそガキ」


 討伐目前に私が邪魔をしてしまったようだ。

 そこから魔獣が姿を見せなくなったので、また巣を探すはめになったというわけだ。


 そんな凶暴な魔獣がいる森に転移していたのに死んでないなんて、つくづく運がなかった。




 森に入った後は個人で行動する。

 魔獣がどこにいるか分からない現状では、固まって動くより手分けして探す方が効率が良いからだ。

 荷馬車から各々武器と食料を持ち一人、また一人と別れていく。


「ライも行っちゃうんですか」

「当たり前だろ、俺は自分の仕事がある」

「じゃあ魔獣が出たらどうするんですか」

「殺されて食われる。良かったな」

「ひどいこと言わないで!

 大丈夫だよアオ、魔獣に会っても私が魔法で合図を出してみんなに知らせるから」


 それまで逃げれば問題なし!とガッツポーズをするシャロンに余計不安になった。

 魔獣は普通に怖い。

 けれどこれはチャンスでもあった。

 何故私が首を刺しても死ねなかったのかは分からないが、仮に治癒能力が向上した結果だとする。

 それなら怪我が治る暇もなく死ねば、つまりは即死なら可能性がある。




 全員と別れ、私とシャロンだけになった後も、どうやったら即死出来るのか考えていた。

 魔獣に襲われたからといって即死とは限らない。

 いっそ自分から頭を魔獣の口に突っ込んでみるのはどうか。

 その前に中途半端に怪我を負わされそうだな……。

 そもそも魔獣を見つけないとどうにもならないのだけど。

 

 戦闘部隊と違って戦えない私達はまず、探索部隊に合流しなければならない。

 残念なことに、探索部隊が既に魔獣のテリトリーではないことを確認した道を進んでいる。

 明日以降は戦闘部隊の一人一人に物資を届ける仕事を与えられているため、狙うならそのタイミングだろうか。


 黙り込んでいる私をシャロンは怯えていると勘違いしたらしい。

 怖くないよと幼児に諭すようにあやされる。

 確かに魔獣は怖いが、私にとっては死ねないことの方が怖いので慰めは必要としてないのだけど。

 




 探索部隊は森の奥まで進んでいるようで、予定より合流が遅れていた。


「もうちょっとなはずなんだけどなあ」

「代わりますよ、シャロンは休んでください」


 手綱を受け取って馬を走らせる。

 休んでと言ったのに、横で報告書と地図を広げてにらめっこしているシャロンに苦笑した。

 意外と頑固だ。



 静かな森に響く鳥の声を聞きながら、初めてこの世界に来たことを思い出していた。

 あの日からなんだかんだ、もう半月もこの世界で生活している。

 友達や授業もない生活に自分が慣れてしまっていることに気が付いた。

 屋上から飛び降りたとき、自分の人生に終止符を打つ解放感は未だに忘れられない。

 この世界に来てからは味わっていない。

 首をナイフで切ったあとも、森で目を覚ましたときも。

 なにしろ怪我が治るときのことは覚えてないのだ。

 ナイフを刺した瞬間しか記憶にないし、森では一瞬獣を見たような気もするが……。


 そういえばあの獣、熊に似ていた気がする……。



「「あ」」



 声が二つ重なって、私とシャロンは顔を見合わせた。


「シャロン、思い出したことがあるんですけど」

「ごめんアオ、先に言わせて」


 シャロンの額にじわりと汗が流れる。


「どうしたんですか」

「ちょっとピンチかも……」

「え」


 シャロンが上空に向って手を掲げると、空に風の線が集まってきた。

 それはさらに膨れ上がり、一本の巨大な風の柱が空に伸びていく。


 シャロンが手を下げてもその柱は浮かんでいた。


「すご……。あれ何ですか?」

「合図だよ」

「何の?」

「魔獣」



 それは私達の真横から現れた。

 黒い塊が咆吼を上げながら突っ込んでくる。

 前足を上げて飛びかかってくるその姿に、既視感があった。

 この世界に来た最初に、森で見た影がフラッシュバックする。


 シャロンは風の壁を作り出し、直撃を防いだ。

 色のない壁に阻まれた魔獣は状況を飲み込めずにうなり声をあげている。

 『熊』に似た黒い魔獣は、だが『熊』とは決定的な違いを持っていた。


 自分が何に当たったのか確認しようと、顔に張り付いている無数の目玉があちこちを確認している。

 熊と蜘蛛を混ぜたような生き物だった。


「キモ!!」

「アオ馬お願い!!」

「は、はい!」


 風の壁はいつの間にか消えていた。柱は未だに立っているが、壁は長時間出すことは不可能なのか?

 考えても仕方ない。

 鞭を振るい、動き出した馬車を魔獣も追いかける。その後を風の柱も追いかけていた。

 合図ってそういうこと……!


 風の柱を目印に戦闘部隊が駆けつけるまで逃げ切る必要がある。

 私としては今すぐ馬車を止めて魔獣に身を差し出したいところだが、ここでそんな真似をすればシャロンも巻き込んでしまう。

 魔獣の存在に興奮した馬は全速力で走るが、その早さは魔獣が勝っていた。


「追いつかれそうです!」

「分かってる!!」


 揺れる馬車に捕まりながら呪文を唱え、馬車と魔獣の間に風の切れ目が現れる。

 急に追い風に吹かれて馬車が加速する。

 反対に魔獣は激しい向かい風を受けているようで、足が遅くなっていた。


「そんなことも出来るんですね!」

「まあね!」

「すごいですシャロン!」

「ありがと!でも、これ長くは保たないから……、あーやっぱりそろそろ無理かも」

「そんな……!頑張って下さい!!」


 隣で必死に声援をあげるが、その甲斐もむなしく風は徐々に弱まっていく。

 邪魔をされたせいか、魔獣はさっきよりも猛っている。


「シャロン……!」

「もうむり~」

「ちょっ……」


 脱力するシャロンに引きずられるように風がぴたりと止んだ。

 魔獣の足が地面を蹴る。


 ここで死ぬんだ。やっとその機会が巡ってきた。

 どうかひと思いにやってください。

 手綱を握りしめ、歯を食いしばった。



 そのとき太陽の光が遮られ、魔獣の上にだけ影が出来た。

 空を見上げると、何か、黒いものが魔獣めがけて急降下している。


 速度を保ったままそれは地面に激突した。

 魔獣はすんでの所で避けたようだ。

 落下の衝撃で辺りに砂埃が舞い、視界を遮られる。

 落ちてきたものを確認しようと、咳き込みながら目をこすった。


 黒い物体が2体動いている。

 一つは魔獣だろう。

 段々砂埃が収まっていき、もう一つの影の正体も明らかになっていく。


 その影は、黒い大きな羽を広げ魔獣の正面に佇んでいた。


「なに……」

「メルさん!!」


 シャロンの声にその人は振り返った。


「遅くなってごめんなさい」


 今朝、団長の件を謝りに来たときと同じ声色だった。

 魔獣が目の前にいるのに震えてすらいない。

 背中から生えているのは、烏のように真っ黒な羽だった。

 メルを覆いそうなほど大きい羽が生えていたら嫌でも目に入るだろうに、今まで羽の存在を知らなかった。

 着脱可能なタイプなんだろうか。それとも魔法で作り出しているのか。


 私達を庇うように立つメルと睨み合う魔獣の背後から発砲音が響いた。

 魔獣の足から血が噴き出し、苦痛の咆吼があがる。

 木の間から男達が魔獣とメルを中心にして囲うように集まってくる。

 メルの他にも戦闘部隊が何人か来てくれたようだ。

 ライニールの姿を探したけれど見当たらなかった。



「魔獣は私達が処理する。

 この先に探索部隊がいるから、貴女達は合流して」

「はい!」


 元気を取り戻したように、シャロンは大きな声で返事をした。

 攻撃を開始したメル達を背後に、私とシャロンは馬車を走らせた。




「セーフだったね!」

「ギリギリだったじゃないですか!逃げれば大丈夫って言ったのに」

「大丈夫だったでしょ」

「私の心臓が大丈夫じゃなかったんですけど」

「まあちょっと危なかったかもだけど」


 ちょっとか……?

 けれどメル達が来るまでの時間は十分稼いだし、シャロンなら出来ると分かっていたから団長も私達二人だけで行動させたのかもしれない。


「無事で良かったね」

「……そうですね。シャロンの魔法、すごかったです。

 ありがとうございます」


 照れたように笑ったシャロンを見て、死ねなくてがっかりしている自分が後ろめたい。

 この遠征を逃してしまったからには、次の機会は当分先になるだろう。

 またあの雑用生活かと思うと意識が遠のきそうになる。

 何はともあれ、メル達が魔獣を駆除して、探索部隊とも合流出来たら一件落着だ。

 宿舎に帰ってからまた方法は探そう。

 そんな呑気なことを考えて馬を走らせた。


 しかし、実際はそうはいかなかったのだった。



――――――――――――――――――



「逃げられた!?」

「ごめんなさい、私の不手際」


 団員の男の驚いたような声が響いた。

 責任を感じているようで、メルは背中を小さく丸めている。

 その背中に羽は生えておらず、一体どういう仕組みになっているのか不思議で、しげしげと眺めた。


 ここは森の中でも少し開けた場所になっており、合流した探索部隊を含む全員が集まっている。


「メルは悪くない。俺がヘマしたせいだ」


 どうやら魔獣を倒す一歩手前で一人が怪我を負い、その隙に逃げられてしまったようだ。

 せっかく魔獣の方から姿を現したのにそれを逃がしたとなると、皆の落胆も仕方ないだろう。

 明日からまた巣を探すところから始めなければならない。

 幸い食料は多めに持ってきているし、ここは森の中だから万が一足りなくなってもなんとかなりそうだ。

 しかし今日帰れると思っていた探索部隊のやる気があからさまに落ちたのは問題だが。


「皆本当にすまない。シャロンと……」

「アオです」

「アオも、怖い思いをさせておいて、俺のせいで逃げられてしまった」


 戦闘部隊にしては珍しく責任感のあるいい人なのだろう。

 自分を責めて落ち込んでいる姿に心が痛んだ。


「どちらにせよ、もう日が沈んでいる。

 私達が失態を犯した分は明日取り返す。

 今日は夕飯を食べたらもう寝て、疲れを落として欲しい」


 ここで四の五の言っても、逃がしたものはどうしようもない。

 そのことを団員達も分かっているので、悪態をつきたいのをこらえ、各々で夕飯を取った。


 硬いパンをちぎって口に放り込んだ。特段美味しくはない。

 この口の中の水分を持って行かれる感じ、非常食の乾パンを彷彿させた。


 なんだかキャンプみたいだな。

 もちろんテントなんてないし、野宿だけど。


 流石に皆慣れているのか、もう地面に横になっている人もいる。

 土と草の上はあまり寝心地は良くなさそうだ。

 はたして私は寝られるのだろうか。


 あいにく枕になりそうなものも持ってきてないし。

 でも森で気絶したこともあったから大丈夫かもしれない。


 そういえば、あの魔獣のことをシャロンに話し損ねていたこと思い出した。

 今からでも話そうかと思ったが、シャロンはいつの間にか木にもたれて静かに寝息を立てている。

 魔力を消費して疲れていたのだろう。起こすのも忍びない。


 ライニールとケヴィンはまだ酒を飲んでいたので、二人に話すことにした。


「二度目?」

「そうです。私前にもあの魔獣見たことあったんですよね」

「いつだ」

「ライと森で会ったときです。すぐ気絶しちゃったからぼんやりとしか覚えてないんですけど」

「気のせいじゃね?」

「違います!今日魔獣見て思い出したんです!絶対一緒のやつでした」


 ケヴィンは私の言っていることをただの思い込みだと考えて寝ようする。

 ライニールは眉を寄せて、少し間を空けてから口を開いた。


「服に血が付いていた……」

「あ?どこだよ?」

「お前じゃない。

 こいつを森で拾ったとき、襟から肩にかけて血がついてただろ」

「あぁ!あんときな!

 だからセシリアのとこに連れてったんだよな」

「そうです!私あの魔獣に襲われたから怪我してたんですよ」


 それも気絶してる間に治っていしまっていたみたいだけど。


「それ本当?」


 耳元で突然声がして飛び上がった。

 気配もないまま背後に忍び寄っていたメルは、話を聞いていたのか、私に顔を近づけて尋ねてくる。


「ほ、ほんとです」

「なら明日は補給の仕事をしなくていい」

「え?」


 どういうことだろう。

 私が唖然としている横で、ライニールはメルの考えを察し、苛立ちをあらわにした。


「餌にするつもりか」

「魔獣は執着心が高い個体が多い。逃げた獲物を追っているのなら、またこの子を狙ってくるかも。そこを討つ」

「お前がまた下手を打てばこいつは死ぬぞ」

「……次は気をつける」

「てめえ……」

「効率重視、団長ならそう言う」


 ライニールが歯を食いしばり、ぎりっと音が鳴った。

 険悪な雰囲気に私とケヴィンはおろおろと交互に二人を見ることしか出来ない。


 メルは私を囮にして魔獣をおびき寄せるつもりのようだ。

 確かに森をしらみつぶしに探すよりもずっと早く終わる。

 これ以上労力も資源も無駄にしなくていい。

 ギルドのためならそうするのは当然だ。むしろライニールが怒った方が意外だった。


「今までも仲間を囮にしたことはあった。どうして今回は反対するの」

「こいつは戦えない。同じ部隊の奴らを囮にするのとは違う」

「同じでしょう。ギルドに入っているのだから」


 メルはライニールから視線を逸らして私を眺めた。


「それに治癒能力が優れているのなら、襲われても問題はないはず」


 最後まで聞き終わらないうちにライニールはメルの胸ぐらを掴んでいた。

 ケヴィンが制止するも、手に力を入れたまま離そうとしない。

 他の団員もざわめきだした。


 今二人が争えば団長にも話が伝わるだろう。

 ライニールとメルなら、メルの方が立場は上だ。

 分が悪すぎる。


「やめてください!囮役なら引き受けます!」

「おい!!」

「そう、ならこの話は終わり。手を離して」

「皆が見てます。私は大丈夫だから、手を話してください」


 袖を引っ張り、懇願した。

 お願いしますと言った私に折れて、ライニールはメルを離した。


「皆には明日伝える」


 おやすみなさいと言い残してメルは背を向けた。

 胸ぐらを掴まれた相手にもおやすみの挨拶はするんだ。

 メルもよく分からない人だ。



 メルが立ち去ったことで重たかった空気がなくなり、どっと疲れが押し寄せてきた。

 ケヴィンは深いため息をついて、腰を下ろした。


「勘弁してくれよ……」

「ライ……」


 ケヴィンの横に座ったライニールを見下ろした。

 もうさっきまでの怖い顔はしておらず、きまりが悪いのか口を引き結んでいる。


「怒ってくれてありがとうございます」

「……なんで引き受けた」

「それは、メルが一応この遠征の指揮を取っていますし……」


 それに、死ねるかもしれない。

 本心はこっちだった。


 私の自殺願望を知っているライニールは、それ以上何も言わなかった。

 途端に胸が締め付けられるような感覚が襲う。

 自分のために怒ってくれた人の気持ちを無為にして、己の欲望を優先してしまったからだろうか。

 自分の汚さを許容出来るだけの容量は、私はまだ持っていない。


 居心地の悪さを必死で振り払い、考えないようにする。

 私が考えるべきなのは、早く死ぬ方法を見つけることだけだ。



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