6話:ルームメイトと労働
私が連れて行かれた部屋は、2階の八人部屋だった。
病室のようにベッドが並んでいるが、カーテンなどの仕切りになるものはない。
個室が与えられると思っていたわけではないが、家族以外の他人と共同生活なんてしたことがない私は、この世界に来てから何回目かわからないため息をついた。
男女で部屋は分かれているため、同室になるのは全員女だと言われても、プライバシーなど無いに等しいここでは気を緩めるまで時間がかかりそうだ。
ライニールの部屋は何処なのか尋ねると、3階の一人部屋だと教えてくれた。
ギルド内で功績を挙げると部屋や給料も良くなっていく実力主義らしい。
補給部隊に果たしてその機会があるのか疑問である。
むしろ永遠にこのまま大部屋にいる可能性の方が高い。
「ライ、部屋を交換しませんか」
「馬鹿が」
一蹴された私を置いて、ライニールはさっさと自室に帰っていった。
ルームメイトはまだ全員は帰ってきていないようで、部屋には私以外に五人しかいなかった。
どのベッドを使えば良いのか分からずにうろうろしていると、小さな女の子が、自分が座っている隣のベッドを指した。
「ありがとうございます」
「うん」
「あの、アオです。お世話になります」
「アリサ」
アリサは読んでいる本に目を落としたまま応えた。
座っているせいでわかりにくいが、背丈は私の半分ほどしかないようだった。
茶色のくるくるした髪は、肩に付かない長さに切りそろえられている。
こんな小さな子もギルドにいるのかと感心していると、残りの二人も部屋に戻ってきた。
そのうちの一人は、私を見ると顔をほころばせて挨拶をした。
「新しい人増えてる!はじめまして、シャロンです!
貴女の名前は?」
「アオです」
「よろしくアオ」
屈託のない笑顔がまぶしいシャロンは、緑という奇抜な髪の色以外私と変わらない普通の人間に見える。
部屋にいる人をよく見てみると、動物の耳や手足を持つ人はいるものの、身長が人間と変わらない人ばかりだった。
男女だけじゃなくて体格でも部屋分けがされているようだ。
シャロンは笑いながら、私のベッドに腰掛けて話し始めた。
「アオはどこの部隊?」
「補給部隊です」
「それなら私と一緒!」
足をパタパタさせて無邪気に喜ぶ様子に、私も警戒心が解けた。
「シャロンみたいな人が一緒なら安心しました」
「補給部隊にいる子はみんな優しいよ!ちょっと気が弱い子が多いけど」
「どうしてですか?」
「そんなに強い力持ってない子が補給部隊に入れられるからね」
「シャロンも?」
「そう、一応魔法使いなんだけど、魔力が弱くて大した魔法は使えないの」
出来るのは、ちょっとした物を動かしたりするくらいかなと苦笑いした。
他の五人も同じ補給部隊で、アリサだけは装備部隊らしい。
装備部隊は文字通り、装備に関する仕事を行う。
このギルドで使われる武器は、外部から買い付ける場合もあるが殆どはアリサたちが作っているそうだ。
「アリサはドワーフの血が混ざっているから、手先がとっても器用なんだよ」
自分のことを話されていても、読書を続けるアリサを横目で見た。
「もしかして、ドワーフだから背が小さいんですか?」
「そう!アリサは子供に見えるけど、50才は越えてるよ」
「ごじゅ……」
聞き間違いだろうか。
もう一度聞き返してみると、元気よく「50才!」と言い切られた。
信じがたくてアリサをじろじろ観察してしまったが、やはりどう見ても10才くらいにしか見えない。
「一生成長しないんですか?」
「そんなわけないじゃん!
あと100年くらいしたらおばあちゃんになるんじゃないかな?わかんないけど」
「100年……!」
どんだけ長生きなんだよと突っ込みそうになる。
いやしかし、気を抜くと忘れがちだがここは異世界である。
シャロンやアリサは見た目が人間に近いけれど、魔族だ。
寿命だって人間とは違うだろう。
今まで気にしていなかったけれど、ライニールやセシリアも100才越えの可能性が出てきた。
「ここの人達は皆そんなに長生きなんですか?」
「アオにとっての長生きっていうのがどこからかわかんないけど、このギルドは色んな人がいるからなあ。みんなってわけじゃないと思うよ」
「シャロンはいくつですか?」
「今年で22!」
よかった!そんなに変わらなかった!!
200才とか言われたら対応に困るところだった。
この世界は人によって寿命は様々で、親族の寿命で大体自分がどれくらい生きるのか目安にしているそうだ。
「今まで知らなかったみたいな顔!寿命のことなんて小さい頃から聞いてるものじゃないの?アオってば箱入り娘だったりする?」
「えぇっと……」
どう答えるべきか迷っていると、シャロンがはっとしたように手を口に当てた。
「ごめん!聞いちゃだめだった?」
「いや、あの実は、ちょっと記憶が無くて……」
この世界の、と心の中で付け加えた。
異世界どうのこうのという話しを説明するのが少し億劫になってきていたので、これからは記憶喪失だと言うことにした。
シャロンは驚いた後、「なら私がたくさん教えないとだね!」とまた明るい笑顔で私を励ましてくれたのだった。
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翌朝、目が覚めた私は一瞬ここが何処か分からなくなるが、硬いベッドと知らない天井、顔を覗き込むシャロンを見てギルドに入ったことを思い出した。
制服で寝るわけにもいかなかったので、インナーと下着しか身に付けていない。
今日着る服はシャロンが貸してくれた。
昔の洋画に出てくる農民のような服は、はっきり言って可愛さとはほど遠い。
ギルドから支給される服は皆同じようなもので、違う服が欲しい場合は個々で購入しなければならない。
報酬が手に入ったらまず服を買おうと決意した。
酒場で朝ご飯を食べながらシャロンにギルドの基本的な仕事の説明をしてもらったところ、報酬は部隊ごとに頻度や額も違うらしい。
戦闘部隊や救護部隊は一つの仕事を終えるごとに報酬が貰えるが、私たち補給部隊は1カ月ごとに貰える、月給制だ。もちろん額は戦闘部隊の方がはるかに高い。
「補給部隊って、いわゆる雑用係だからさ」
「雑用ですか」
「洗濯とか掃除も私たちの仕事なの」
「じゃあ何で補給部隊って名前なんですか?」
「長期間の仕事は私たちもついていくの。食料や武器を届けるから、補給部隊」
「なるほど……」
思ったよりちゃんと雑用係だった。
確かに戦闘に役に立てない奴の使いどころなんてそんなものだろう。
しかし、困ったことに気が付いた。
戦闘に参加できる機会が少ないということは、死ぬ機会も少ないということだ。
私の生存期間がどんどん延びてしまっている。
「この国って殺人鬼徘徊してたりしませんか」
「なにそれ!そんなのいたらとっくに騎士団に捕まってるよ」
おもしろーいと笑うシャロンを見るに、この国の治安は相当良いようだ。
絶望。
「それは、長生き出来そうですね……」
「んー、長生きは、ちょっと分からないかも」
「どういう意味ですか?」
シャロンはスープをすくっていた手を止めて、目線を泳がせた。
少しの沈黙のあと、怖がらずに聞いてね、と前置きしてからまた話し始めた。
「長期間の仕事って、何かの討伐だったり戦争に行くことがほとんどで」
「危険な仕事、ということ?」
「そう、この間も同じ部隊の子が死んじゃって、アオが使ってるベッドはその子のだったの」
一見平和そうに見える国だけど、シャロンのような力のない女の子でも傭兵ギルドに入らなくてはならない理由は戦争による財政難にあるらしい。
シャロンの家は裕福ではないため、ここでの報酬の一部も仕送りに使っているらしい。
「こういうところしか、私みたいなの雇ってくれないんだよね」
「不景気なんですか?」
「そんな感じー」
人がそれなりに死ぬから新しい人も雇えるということだろう。
要するに、このギルドにとって私たちは替えの利く駒だ。
シャロンたちにとっては気の毒な話しだが、私にとっては都合が良かった。
仕事に出れば死ねるかもしれない。
一体どうすれば治癒力を発動させずに死ぬことが出来るかは分からないけど、それはおいおい考えるとして。
「よし、私お仕事頑張ります!」
急に張り切りだした私を見てシャロンも笑った。
「がんばろうね!」
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ギルドに入ってからの、1日目が終了した。
ものすごい疲れた。
朝食を食べたあとの洗濯から始まり、掃除、買い出し、昼食、洗濯、掃除……。
団員が多いせいで仕事量も多い。
今食べている夕食が終わったらシャワーを浴びて、また洗濯、最後に風呂場の掃除。
猛烈にやめたい。
高校のときにやっていたアルバイトとは訳が違った。
これを死ぬまでエンドレスループすることになるなんて……。
風呂で疲れを癒やそうと、ヘトヘトになりながら足を運んだ風呂場は、風呂場というより水浴び場といった方が正しい気がする。
温泉の大浴場のようなものだと思っていたから、カルチャーショックである。
男女で時間が分けられているから早く済ませなければならないし。
全然休まらない。やめたい。
部屋に戻ってから硬いベッドと同室の誰かのいびきでまた落ち込んだ。
早く戦争でも討伐でもいいから、救いが舞い込んできますように。