2話:魔法使いのナイフ
馬車は大きな川をまたぐようにして掛かっている橋の上を渡っていく。
何か泳いでいないか気になって、馬車から身を乗り出して川を覗いていると、魚が数匹泳いでいた。
しかしよく見てみると、それは魚ではなかった。胴体は私が知っている魚と同じく、鱗に覆われて尾びれやエラが動いていたが、頭は何故か猫や犬の頭部がくっついていた。
「気持ち悪!」
馬は馬なのに何で魚はああなったんだよ。この世界の生態系が全く分からない。あの魚は肺呼吸なの?エラ呼吸なの?そもそもあれを魚といっていいのか。
奇怪な魚もどきに興味が沸いて、もう少し身を乗り出そうとすると、肩が掴まれ馬車に引き戻されてしまった。
「―――――」
怒ったように眉を寄せているその1は私に何か言っているが、相変わらず言葉は理解出来ない。けれどなんとなく表情で『大人しくしていろ』と言われているような気がして、私は元の位置に座り直した。
その1はまた鼻を鳴らした。今度はあきれているようだった。
私は言葉が通じない不便さに辟易してしまった。
さっさと調理してもらってこの世からおさらばしたい。
町に入る門の前に人が立っている。検問所のような役割があるようだった。
門番はその1や2と同じくらい大きな身体をしていたが、二人と違って頭は狼のようだった。
さっき犬の頭をした魚を見たせいで、あまり驚きはしなかった。感覚が麻痺してきている。
門番とその2は私を見ながら何か話しをしていた。
門番の言葉も私には理解出来ないため、私の知らない言語で自分のことを話されているのは少し居心地が悪かった。
話が終わり、馬車は再び動き出した。
大きな門をくぐり抜けると、海外のような街並みに囲われていた。
ヨーロッパはおろか、日本から出たことの無い私はその景色に胸が高鳴った。
周りを歩く生き物は、頭が犬だったり、ワニだったり。逆にケンタウロスみたいに身体が馬のバージョンもいた。
それに、白雪姫に出てくるこびとくらい小さいおじいさんや、アニメで見たゴブリンのように全身が緑色の生き物。
その中でも私が驚いたのは、多種多様な生き物に混じって歩いている数人の人間だった。
てっきり人外しかいない世界だと思っていた。
ああして人が普通に歩いているということは、私が餌として食べられる可能性は低いのではないか?
でも子豚飼いながら豚肉食べてた友達とかいたな……。
そうこう考えていると、馬車は大通りにある赤い屋根の家の前で止まった。
その1は私を担ぎ上げて馬車を降りた。二人は一言声を掛け合って、その2だけを乗せた馬車はまた走り出して何処かへ行ってしまった。
家には看板が掛かっていた。読めない文字の下に、瓶のイラストが描かれている。どうやら何かのお店のようだ。
その1は私を担いだまま、木で作られた扉を押し開けた。
店の中は、棚一面に飾られている様々な瓶や植物に囲われていた。
その一番奥まった、入り口の反対にある棚の前に女性が座っていた。
ミルクティー色の長い髪と、綺麗な顔が相まって幻想的だったが、その身体は私と同じ人間のようだった。
彼女は机に瓶と何かの粉を並べ、理科の調合のようなことをしていたが、私達に気がつくと手を止めて顔を上げた。
「――――」
「―――、――――――」
「ぐえ」
その1はまた私の襟を掴んで、彼女の前に私を差し出した。
「――――!」
彼女は驚いたように何か叫ぶと、私の傍に駆け寄ってきた。
襟を掴んでいる手を離させ、私の手を引っ張って階段に歩き出す。
彼女が座っていた椅子に腰掛けたその1を横目に見ながら、されるがまま二階について行く。
二階は寝室になっているのか、ベッドなどの家具が置かれていた。
部屋を眺めていた私を椅子に座らせ、彼女は私の身体を触り出した。
「ちょ、何なんですか?」
「――、―――――?」
「何言ってるか全然分からないです……」
彼女は私の言葉を聞いて、目をぱちくりさせた。
「―――――!」
はっとしたように何か言うと、上着から白い杖を取り出した。
杖を振りながら呪文のようなものを唱えだした。
これ映画で見たことあるやつだ。
「魔法使い……?」
「通じたのね!良かったわ」
「へ?日本語?」
「貴女、言葉が違うようだから魔法をかけたのよ」
種族が違う者同士は言語が異なるから魔法で共通言語に聞こえるようにするの、と彼女は説明してくれた。私は日本語に聞こえているけれど、彼女は違う言葉に変換されて聞こえるらしい。
急にファンタジー感満載なことを言われて唖然とした。
この世界は一体どういう理屈で……。
いや、そんなことを考える前にやることがあった。
言葉が通じるようになったのなら私の目的を叶えてもらえるかもしれない。
「あの、包丁とかナイフを貸してもらえませんか?」
「ナイフ?ちょっと待ってね」
魔法使いが杖を振り、呪文を唱えると今度は何も無い空中からナイフが現れた。
そんなことも出来るんだ。
ならこの後の片付けも簡単にしてくれるのだろう。
魔法使いはナイフを私の手の上に置いてくれた。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
「でもナイフなんて何に……」
彼女が喋り終わる前に、私はナイフを首に突き刺した。
激しい熱が首に広がる。
喉の奥から血が湧き出てきて息が出来ない。
まるで溺れているみたいだった。
魔法使いが口を動かしているけれど何も聞こえない。
段々意識が遠くなっていく。
彼女の姿も消えて、何も見えなくなる。
あとちょっと、あと、ちょっと。
あ、……。
………………………………。