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自殺したのに異世界来たら不老不死になっていた。  作者: 三毛犬
第2章:不老不死に憧れた
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26話:値踏み

「段取りは覚えたな?」


 グランに問われ、何度も教え込まれたことをもう一度再確認する。


 まず私が奴隷業者に引き渡される。

 そこから業者達と共に商品が集められる倉庫へ、他の三人は一旦王都へ帰る振りをしつつ倉庫の場所が分かり次第後を追う。


「お前の居場所はこれで分かる」


 グランに渡された紙切れをポケットに忍ばせた。

 これには特殊な魔法薬がかけられており、位置を追えるようになっているらしい。


「一体どういう仕組みですか?」

「持ち主にだけ嗅ぎ分けられる匂いがついてんだ。その残り香を追えばどれだけ距離が離れようと居場所が分かる」

「匂い……」

「だから俺からしてみれば今のお前はものすごいくせえ」

「嫌すぎるんですけど!」


 まるで私自身が臭うみたいじゃないか!

 ポケットに入っている紙を投げ捨てたくなるも、これがないとそのまま奴隷として生きていく羽目になるので思いとどまった。

 ニックの「俺は分からないから大丈夫だ」という雑なフォローに乾いた笑みを返した。


「倉庫についたら俺の仲間を探してくれ。赤毛で体の所々に鱗がある若い女で、名前はアコル」

「見つけられなかった場合は?」

「それならそれでいい。ただ先に合流しといた方が後々楽ってだけだ」


 他に何か質問はないかと問われて首を横に振る。

 この依頼で頑張るのはグラン達の方で、私はただ大人しく目印になればいい。

 思っていたより簡単そうで少し肩の力が抜けた。


 御者が馬車の戸を軽く叩いた。

 到着の合図だ。


 馬車を降りるのはグランと商品の私だけ。

 別れ際ニックは私の手を強く握り、「無理はするな」と念を押してまた手を離した。

 ジスも何か励ましてくれるだろうかと淡い期待で目を合わせると、「ヘマをするなよ」と睨まれた。

 温度差がすごい。


 馬車を降りてしばらく歩くと、前方に別の馬車とその周りに人が見えた。

 おそらくあれが業者達だろう。

 あちらも私達に気がついたようで体をこちらに向ける。

 彼らは三人とも体格がバラバラだが全員がフードを被っていて顔は見えない。


 いかにも犯罪者って感じだな……。


「そいつか?」


 一人が私に目を向ける。

 グランは背中に隠れるようにして立っていた私を前に押し出した。


「公平に値を付けろよ」

「それはこいつ次第だな」


 業者の感情のない目が私を刺した。

 文字通り値踏みをするように全身を眺められ、背中に汗がつたう。


「年は?」

「二十だ」

「若いな。人間か?」

「ああ」


 質問には全てグランが答えた。

 年齢まで彼に話した覚えはないので、たぶん適当に返事をしているのだろう。

 業者は大方値段の目星を付け終わったのか、私から視線を外して袋を取り出した。

 中から金貨を数十枚掴み、別の袋に入れて投げて寄越した。

 グランは金貨の数を確かめると眉を寄せる。


「少ねえ」

「妥当だ」

「人間は希少だろうが」

「能力もないから使い道が限られてる。変態にしか売れん」

「その変態とやらに高値で売れるだろ」

「体が貧相だ」

「……」


 心外だ!

 急に飛んできた暴言に驚いて思わず声が出そうになった。

 グランも黙らないで欲しい。


 今の一言により業者側が勝ったようで、グランは大人しく引き下がった。

 なんだか私のせいみたいな空気が流れていて釈然としない。


 何はともあれ交渉は完了した。

 グランは私を引き渡す前、ばれないように背中を二回叩いた。

 きっと彼なりの激励なんだろう。


 私は業者達と共に彼らの馬車に乗せられた。

 三人のうち一人が御者台に、私を「貧相」だと評価した男も含む他二人が中で監視の役目を担っているらしい。


「手を出せ」


 特に反抗することもなく指示に従うと両手に縄をかけられた。

 手錠のように巻き付けられた縄の端は業者の手に握られている。

 いよいよ本当の奴隷らしくなってきて、久々に囮の辛さを思い出した。


 そういえばギルドにいたときもこんな扱いを受けていた。

 まあ不老不死が役立つのなんて精々囮くらいだもんな。

 誰よりも私が一番自分自身を雑に扱っていることも事実だった。


 だというのに、ニックは私を不老不死と知りながらも危険な目に遭わせようとはしなかった。

 庇おうとしてくれたときの彼を思い出すと気分が晴れていく。

 私の方こそ、もっとニックを大切にしなければいけないのかも。

 こういうとき決まって脳裏にはもう一人別の誰かが浮かぶのだが、私はいつもそれが輪郭をかたどる前になかったことにしてしまうのだ。




 肩を揺らされて目が覚めた。

 業者達は「よく眠れるな」と呆れ半分にぼやく。


 私が呑気に寝こけていた間に馬車は目的地に着いていたようだ。

 乱暴に縄を引かれ外へ放り出される。

 よろめきながら顔を上げると、グランが言っていた「倉庫」が目の前にあった。

 暗がりで全貌はよく見えないけれど屋敷のような出で立ちをしていることは雰囲気で分かった。


 縄をリードのように引かれて歩くのはなかなかに屈辱的だ。

 なぜいつも私の待遇はこんなに悪いのだろう。

 ギルドで魔獣の餌にされたときから尊厳が破壊され続けている気もする。


 檻の中へ投げ飛ばされてまた泣きそうになった。

 すりむいた膝が地味に痛い。


 ふと人の気配を感じて暗闇に目をこらすと、同じ檻の中に他にも商品がいることに気がついた。

 そうだ、グランの仲間を探さなきゃいけないんだった。

 折れかけた精神を立て直し、彼女達の顔を一人ずつ確認していく。


 私よりも確実に長い時間ここに閉じ込められているせいで相当疲弊しているのだろう、私の不躾な視線にも反応はない。

 全員がおそらく女性で、人間に近い容姿をしていた。

 商品らしくそれぞれのカテゴリーで檻が分けられているのかもしれない。


 そして残念ながらここに目当ての女性、アコルはいないらしい。

 体に鱗があると言っていたから、きっと私とはカテゴリーが違うのだろう。


 しかし、そうなると少し困った。

 グランからはアコルと合流しておけとの指示が出されている。

 けれど別々の檻に入れられたんじゃ探しようもない。

 どうしよう、と頭を捻るも、妙案は一つを除いてなかなか浮かんでこない。


 ……諦めていいかな。

 そもそもグランだって「できれば」って言ってた気がするし。

 私は助けが来るまで大人しく待っていればいいんだ。

 まあ、後から来るグラン達はちょっと大変かもしれないけど……。


 胸に溜まった何かを息と一緒に吐き出した。

 たぶん、私は自分が思っているよりも根はいい人だったようだ。


 ポケットに隠し持っていたナイフを握りしめる。

 柄のくぼみに触れたとき、心の中でアリサに謝った。

 きっとこんなことをするために譲ってくれた訳じゃないのに。


 ここから離れた所にいる見張りに聞こえるよう、大きな声で呼びかけた。

 そして見張りが振り返る前に、首に当てたナイフを滑らせた。





 ずるずると体が擦れる感覚で目を覚ました。

 この状況把握から始める感じ、久しぶりだ。

 地面を引きずられながら移動する目覚めは過去最低と言える。


 おそらく死体となった私を見張りが捨てに行こうとしている最中だろう。

 ここはひとまず大人しくされるがままになっているのが吉と見た。

 体の力を抜いて死んだふりを続けていると、倉庫の中でもひときわ暗い、照明のついていない一角で見張りは足を止めた。


 慌てて目を閉じる。

 見張りもまさか生き返っているとは思ってもいないようで、襟を掴んだまま粗大ゴミのように私を投げ捨てた。

 あまりにも屈辱的だ。


 見張りは仕事に戻るのか、気だるげな足音が聞こえる。


 足音が充分遠のくのを待ってからおそるおそる起き上がった。

 まったく、いくら死んでいるとはいえもう少し丁寧に扱ってもいいはずなのに。

 周りのクッションがなかったら体中に打撲跡ができてしまうところだった。


 そう、このふかふかしているようで所々硬い不思議な感触のクッション。

 丁度右手の辺りにはつやつやとした目玉が隣り合っている。


「――――っっっ!!!???」


 心臓が飛び出そうになるとはまさにこのことだ。

 幸いにも、驚きすぎて声は出なかった。


 目玉に触れてしまった右手を上下に振って気味の悪さを振り払う。

 けれど今尻で敷いているのも死体だということに思い出して泣きたくなった。


 全身に鳥肌を立てつつ、最悪なクッション、もとい死体の山から下りた。

 胸元からナイフが滑り落ちてきて、床に落ちる前に慌てて受け止めた。

 首を切った後、セーラー服の襟の辺りに引っかかっていたんだろう。


 ナイフを再びポケットに戻し、改めて惨状に目を向ける。

 たぶん彼らは売りに出される前に事切れてしまった奴隷だろう。

 抵抗したのか、何人かの体には痣が色濃く残っている。

 途端に気味悪がってしまったのが申し訳なくなり、私は目を伏せた。

 死体相手に気まずくなるのも変な話なのだが。


 業者め、商品に手は出さないと思っていたのにとんだ外道共だ。

 グラン達に全て任せる予定が、この死体の山を見たからには認識を改める必要が出てきた。

 アコルが危ないかもしれない。そもそも、生きているかも怪しい。


 クッション達の顔や体を確認したが、赤毛も鱗も見当たらない。

 ひとまず目の前の十数人の中にはいないようだ。

 しかしこんなことだけでは安心はできない。


 倉庫をざっと見渡し、数え切れないほどの檻に眩暈がした。

 この中から女一人を探し出すのは骨が折れるなんてレベルじゃない。

 まあこれは生きていればの話だけれど。


 彼女が死んでいるにしても、その死体を見つけなければきっとグランは納得しないだろう。

 あの熊男……、こんなに大変な仕事だって知っていたらもう少し報酬をねだっていたのに。

 どう考えてもクレナの情報だけでは釣り合わない!

 これで大した情報じゃなかったら、あの毛全部剃ってやる……。


 しかし文句を言ってもアコルがいないと帰れない事実は同じだ。

 それにニックは今グラン達と共に私の後を追い、もうすぐここに来てしまう。

 なんだか人質を取られたような心地だった。


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