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自殺したのに異世界来たら不老不死になっていた。  作者: 三毛犬
第2章:不老不死に憧れた
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24話:彼が言う交渉

 私達がゼスティアに来てしばらく経った頃。

 城の中は穏やかで過ごしやすい日々が続いていたけれど、クレナに関してはまだ何の情報も掴めていなかった。


「もうこの国に彼女のことを知っている人はいないのかもしれませんね」

「そうだね。だからと言って他に行く当てもない」

「そうなんですよね」


 ニックの部屋のベッドでだらだらと会話する。

 足をばたつかせて布団を叩いていると「はしたないぞ」と怒られた。


「王様の方もめぼしい成果はないようですし……」

「まぁ、今はできることをやるしかない」

「できることって……、今日も行くんですか?」


 げんなりして尋ねた私にニックは「もちろん」と頷く。

 うつ伏せになって布団に顔を埋めるという無言の抵抗をしてみたものの、彼には一切伝わらなかったようだ。


 腕を引っ張り、私を起こしたニックは周囲を見渡して首をかしげる。


「いつもの上着はどうした?自分の部屋か?」

「あぁ、メイドさんに持ってかれちゃったんですよ。洗濯するって」

「なるほどな」

「だから今日は外出できそうになくてですね」

「俺の予備を貸してあげよう」

「……」


 そのままニックに引きずられるようにして城を出た。


 相変わらず私達は連日のように聞きこみ調査を行っている。

 原始的だが、力もなく、情報もない私達にとっては唯一の「できること」というやつらしい。


 そりゃ、何もしないよりは気が紛れはするけれど、正直あまり気乗りしない。

 ここ最近は特にだ。


 ゼスティアは傾きかけた国家だが、人の数は少なくない。

 ニックは情報を集めるには困らない、と視界に入る人に片端から声をかけている。

 王都にいる全員に聞きこみを行う勢いだ。


 そんなニックだから、周辺の行商人や通行人に関してはほとんどが一度は声をかけた者達で溢れている。

 ニックが今主にあたっているのは浮浪者や物乞いだ。


 彼らは行商人とは違い、友好的な態度なんて持ち合わせていない。

 情報をやるから金を寄越せとあからさまな嘘をついたり、面倒がって物を投げつけられるときもあった。

 私が気乗りしないのも当然なのだ。


「クレナという名前をご存じ……」

「知らないよ!あっちに行け!!」


 現在進行形で罵倒されているニックにため息が出た。


「もうあの人達に聞くのはやめましょうよ」

「そうは言っても、他はあらかた聞き尽くしたしな……」


 困ったように頭を掻く彼には呆れたものだ。

 私が何を言ってもやめる気がない。


「アオは城で休んでていいぞ」


 俺のことは気にするな、とにこやかに笑うニックはまだ自分の境遇を理解していないようだ。

 ついでに私にとっての彼の価値も。


「ニックがふらふら危ないことをしないように見張ってるんですよ!」

「そうなのか?」

「そうです。私と違って貴方はすぐ死んじゃうんですから」

「そうか。ありがとう」

「どういたしまして」


 ニックに死なれては困る。

 私が一人になってしまうじゃないか。


 ニックは死にたくないと言いながらも危機感が薄いというか、無鉄砲さがある。

 彼の代わりに私がしっかりしなければ……。


 そうこうしているうちにまたニックが危なそうな目をした物乞いに声をかけていた。

 何かあったときに彼を庇えるよう、できるだけ近くにいた方が良いだろう。


「ニッ……」

「動くな」


 耳元で低い声がして体を硬直させた。

 その声の主は私の真後ろに立っているようで、背中に言いようのない圧迫感が伝わってくる。


 圧迫感と共に鋭い何かが私の背をちくりと刺す。

 振り返って確かめることはできないが、おそらく刃物でも突き立てられているのだろう。

 ごくりと喉が鳴った。

 人生でこんな風に脅されたことなんて……、いや、少し前に似たようなことがあった気がする。

 なんとなくデジャヴというやつを感じる。


 固まって動かない私に背後の男は続けて言った。


「連れの男の傍まで歩け」


 その言葉に従い、固唾を飲んだままゆっくりとニックに近づいていく。

 丁度先ほどの物乞いと話し終わったニックがこちらを振りかえる。

 私を見て笑顔を浮かべたが、その後ろにいる男を見て顔色を変えた。


「お前……」

「よお。また会ったな」


 『また』

 そのときやっと思い出した。

 道理で声に聞き覚えのあるはずだ。

 振り向くとやはり見覚えのある顔があった。

 裏街でカツアゲをしてきた、あの熊男ではないか。

 たしか、ジスは彼をグランと呼んでいた。


「あ」

「……あ?」


 グランは似合わない間抜け面で私を、というより私の腰を見ていた。

 私もその視線を追うと、腹部の中心から背中にかけて上着が線を描くように切れていた。

 遅れてじんわりとした熱さを感じる。そして滲んできた赤色。


 私としたことが、下手を打った。

 振り向いた拍子に剣先があたってしまったらしい。

 自覚した途端に痛みが走り、悲鳴を上げようとした私の口をグランが塞いだ。


「むぐぐぐ!!」

「騒ぐな!」

「アオ……!」

「お前もだ。騒げばこいつを殺す」


 視界の隅で光ったナイフを見て体を縮こませた。

 こんな往来で殺されたりしたら不老不死が不特定多数の人に晒されてしまう。


 ニックに目配せすると、彼も青ざめた顔で頷き口を閉じた。


「よし。そのまま黙ってついてこい」


 グランは私を抱えて裏街へと歩き出す。

 ニックもその後ろに続いた。


 背後で何人かの通行人がこちらを見ていたが、声をかける者はおらず、全員が目を逸らした。

 面倒事は御免ということだ。世知辛い世の中を嘆きながら、私は暗い路地の中へ運ばれるのだった。



――――――――――――――――――――



 グランは寂れた廃墟のような建物の扉を開けた。

 中は昼間なのに薄暗い。

 窓はあるが日差しはほとんど入ってきていない。

 彼は木製の机の上に置かれた蝋燭に火を付けた。

 マッチのようなものを使っているのを見るに、魔法使いではないのだろう。


「傷を見せろ」


 グランはそう言いながら、私が返事をする前に上着ごと服をめくった。

 案の定、蝋燭の灯りに照らされた白い肌から血が流れている。


「かすり傷だ」

「痛いんですけど」

「この位で喚くな」

「誰のせいだと……」

「お前が動いたせいだ。本気で切るつもりじゃなかった」


 本気かどうかではなく、実際に切れてしまっているのが問題なのだけど。


「おい、これ持ってろ」


 持ち上げていた服の裾を私の手に掴ませ、グランは部屋の奥へと消えていった。

 暗いせいで部屋の内部が詳しく分からない。

 私達以外の生物の気配はしないが、私の感覚なんてこの世界では当てにならないし。


「ニック、この状況どう思いますか?」

「君の怪我が心配だ」

「痛いけどまぁ大丈夫です。そうじゃなくて、グランが何をしたいのかってことです」


 ニックは右手を顎に当てて数秒目を閉じる。


「目的は分からないが、危険はないように思う」

「彼の言葉を信じると?」

「俺達を殺すつもりならここに来たときに済ましているだろう。

 目的くらいは聞いてもいいんじゃないか」


 ニックの言葉に頷き、もう一度腹の傷を見た。

 これだって私が振り向いたせいであって、グラン自身は手も動かしていない。


 足音に顔を上げると、グランが暗闇から姿を現した。

 戻ってきた彼の手には包帯や薬がある。


 私の腹を観察する彼は、まさかとは思ったが本当に怪我の手当てをするつもりのようだ。

 存外丁寧な手つきで傷を消毒していく。

 なんとなく気まずさを感じて部屋の中を見渡した。


「……ここは貴方の家ですか?」

「便利だから使ってるだけだ。まぁ、暮らしてるって意味では間違ってはねぇが」

「他に人は?」

「今は俺だけだ」


 今は、という言葉に引っかかりを覚える。

 グランはそれ以上何も言わずに包帯を巻き付けた。


「応急処置はした。後で魔法使いにでも見せろ」

「ありがとうございます……」


 いや、傷を付けた張本人にお礼を言っているのもおかしい気がする。


「それで、俺達を脅して何をするつもりだったんだ」


 服を整えつつグランの返答を待つ。

 彼はニックの棘のある言葉に眉をしかめたが、文句を言うことはなかった。


「……お前らと交渉がしたい」

「交渉?」

「あぁ。表では口に出せねぇことだからここに連れてくる必要があった」

「だからってナイフで脅さなくても……」

「前にあんなやり取りしといて、黙ってついてくる気があったのかよ?」


 それを言われると私もニックも困る。

 たしかに前回恐喝された相手におめおめと従う訳もない。

 ナイフがなければ声をかけられた時点で逃げていただろうし、無理やり連れて行こうとするものなら全力で暴れただろう。


 手当てを受けた後で今さら責め立ててもどうしようもない。

この際彼が取った行動の是非は置いておこう。


「私達に頼みたいことって」


 グランは胸ぐらを掴みそうな勢いで私に顔を近づけた。

 至近距離で捉えられ、それだけで動けなくなる。

 生物としての恐怖心から全身に緊張が走った。


 私よりも先にニックが動き、片腕を顔と顔の間に差し込む。


「何の真似だ」


 努めて冷静な声だったけれど、私を庇う腕は震えている。

 グランはそんなニックは眼中に入れず、私だけを目に映していた。


「舐めたことを言うんじゃねぇ」

「なに……」

「俺は交渉だと言ったはずだ。『頼み』じゃなくてな。

 互いに代価を払うんだ。お前らは時間と体を差し出せ」

「貴方は……?」

「情報だ」


 じょうほう、と口の中で反芻する。

 そんな私に彼は鋭い牙を見せた。


「俺はクレナの情報を差し出す」


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