雷神
竹林を抜けると塀が続いて、塀の端には門があり、
衆が門の前に立つと、門は勝手に開く。
門の周りには、誰もいない。
「誰もいないのに何で開いたの?」
聞いてみる。
「久耶様の術。」
衆がそっけなく答える。
門を潜るときれいな日本庭園が広がっている。
庭から、廊下にあがる。
「これも術なんだ。玄関から入らないの?」
さっきから気になっていたことを聞く。
「優が目覚めたこと、まだ周りに知られるわけにはいかないから。今日は裏口を使う。」
「そっか。」
だから、あんな道のない竹林を通ってきたのか。
そんなことを考えながら、廊下を右や左に曲がりながらどんどん進んでいく。
かなり廊下を進んで、突き当りまで行くと、木で作られた引き戸があった。戸を開けるとそこには、十畳ほどの和室がある。
「ここ?」
「そう。」
そこは、何もない部屋で、誰もいなかった。
疑問に思いながらも衆に続いて中に入る。
バタン!
木の戸はひとりでに閉まった。
「きゃ!」
びっくりして衆に飛びついてしまう。
「そんな、びっくりする事か?こっちがビックリするから辞めろ。」
呆れたようにそう言われる。
「ごめん。」
勝手に締まるなんて、お化け屋敷みたい。
お化け屋敷と違って明るいけど。
冷たいな。
そう思って離れて歩く。
衆は、部屋の奥まで行くと、鳥の絵が描かれた襖を開ける。
部屋の奥には、同じような十畳ほどの和室が広がっている。
私が部屋に入ると同じように襖が閉まった。
また驚いてしまう。
「そんなところでビクビクしてないで早く行くぞ。」
「ごめん。」
衆ってなんか怖い!少し腹が立ったけど、下を向いて謝る。
「行くぞ。」
そう言うと、私の手を引いて歩きだす。
衆に少し腹が立っていたけど、手を繋いだおかげか恐怖が薄れ少し安心する。
数回襖を開け同じような部屋を通ると、広い空間に出た。
何これ?外?
「キレー!中庭?」
そこには、一面に淡紅の蓮が咲いて、その上に橋が架っている。
橋は3階建の建物につながっていて、塔の2階に久耶さまがいるらしい。
手を引かれたまま橋を通り、半透明の布を抜けて塔の中に入った。
中からは、布越しに蓮がよく見える。
そこから、階段を上がるとお香の香りがしてきた。
フロアーにつくと障子戸が勝手に開く。
畳が敷いてあり、そこに奇麗な女の人が座っていた。
銀色の長い髪を結って蓮の髪飾りを付け、瞳はアメジストのように美しい。すらりと長い手足に着物を色っぽく着こなしている。
奇麗な人。見とれていると挨拶をされる。
「こんにちは。」
「お久しぶりです。久耶様」
久耶様は、想像と違い妖艶な女性だった。
「久しぶりね、衆。待ってたわ。優ちゃん。」
慌てて返事をする。
「はい。えっと、久耶様。」
様なんて普段使わないから、違和感があるな。
「言いにくそうね。わたしのことは好きに呼んでいいのよ。」
そう言ってにっこり笑う。
゛好きに呼んでいい?゛私が久耶さんと初めて会うような言い方。
私が比碼条優じゃないこと、衆が話したのかな?
「はい。ありがとうございます。」
「ところで、2人は仲が良かったのね。」
私たちが手を繋いでいるのを見て、そう言う。
慌てて手を放すと、それを見て笑われる。
「衆。」
「はい。どうされました?」
衆ってこんな風にしゃべるんだ。いつもともギャップに少し驚く。
「優ちゃんと二人きりにしてくれる?」
「はい。かしこまりました。」
衆は、私の方を一度見て部屋を出て行った。どうしよう緊張してきた。
「そんな、気を使わないで。楽にしてちょうだい。そこに座ったら。」
座布団を指さしながら言う。
「はい。ありがとうございます。久耶様。」
「ほんとに好きに呼んでいいのよ。久耶でも、久耶さんでも、久耶ちゃんでも。」
そう言って優しく笑ってくれる。
喋りやすそうな人だな。
「それなら、久耶さん。久耶さんは、私が比碼条優じゃないこと知っているんですか?」
「ええ。でもその表現は違うわ。あなたは、肉体的には比碼条優よ。ただ記憶は、比碼条優と違うだけ。」
よく意味が分からない。
「私の肉体が比碼条優だとしても、元いた所に家に帰りたいです。」
「それはダメ。私、あなたのことずっと待ってたの。それに自分で帰れないでしょ?」
そう言って久耶さんは笑う。
ほんとに帰れないのかな?
これからどうすればいいの?
パパやママや梨花やおばさんにも会えないのかな・・・。
寂しくて、悲しくて泣きそうになる。
「そんな泣きそうな顔されても戻れないものは仕方ないでしょ?」
そうにこやかに言う久耶さんが、怖かった。
冷たい笑顔で私を見る。
なんだろう、たったそれだけのことなのに涙が止まらない。
「あらら、泣いちゃった。」
久耶さまは、相変わらず奇麗な顔で笑う。
「久耶様!」
いきなり衆が部屋に入ってきた。
「あら衆聞いてたの?」
「行こう。」
衆は、泣いている私の手を引いて部屋から出してくれる。
久耶様が、衆に言う。
「衆、あのこと、この子に話してないんでしょ?」
少しからかうように、私や衆の反応を楽しむように聞く。
衆はそれを無視して歩いていく。
「いつも守られてばかりね。眠り姫・・・。」
久耶さんがつぶやく。