手癖の悪いミリーナ嬢
※ミリーナ視点です
初めまして、バカンの冒険者ギルドで受付をしてるミリーナです
自分で言うのもなんですが今まで真面目に働いてきた働き者です
我の強い人が多い冒険者相手に冷静な対処を心掛け、笑顔を絶やす事なく頑張ってきました
地味な努力かもしれませんがコツコツと積み重ねて今ではすっかりギルドの看板娘です
幼い頃から女神を信仰していた私にとって勤勉は当たり前の事で、「清らかな営みこそ幸運の鍵である」という教えをただ直向きに信じてきたのですが…
一向に回復の兆しを見せない母の病状
毎週かかる高い薬代
それらの要因でそこそこ高給取りなギルドの受付嬢でも首が回らなくなってしまい…
魔が差して悪事に手を染めてしまいました
今ウチが抱えてる一番の出世頭
S級冒険者のロージさん
もう随分と前から彼の目が眩む様なクエスト報酬の一部を時々くすねるようになりました
初めは張り裂けそうな想いの中で泣く泣く手を出した訳ですが、最近では申し訳程度の罪悪感しか感じていませんでした
ロージさんにはギルドの収益を大幅に伸ばしてもらっただけでなく、S級昇進の許諾でマスターからボーナスまで出してもらえたのに…
私はその恩を現在進行形で仇で返しています
彼が持ち帰る無数の高級素材
換金後に渡す、数えるのが面倒になる程の金貨の革袋
その山のような報酬から砂粒程度を自分のポケットに納める私
女神様が見ていたらまず間違いなく私に天罰が下るでしょう…
しかし私の中途半端な悪行なんてS級冒険者の彼には最初から気付かれていました
本格的に言及されたことは有りませんが
手を出した時は必ず私にしか聞こえない音量で小言を呟いてから帰っていきます
「ほどほどにしてくれよ」とか
「お袋さんによろしくな」など
彼にとっては小娘にほんのちょっとの苦言を呈す程度の価値観なんでしょう…
少なくとも本気で怒る素振りなんて微塵もありません
ところが最近その小言の内容が変わりました
…最初はたった一言「20」と言ったかと思えば
次に彼の報酬に手を出した時は「19」になりました
それから私が盗みを働く毎にその数字は着実に数を減らしていき
そして遂に今日
カウントダウンは全て終了してしまいました
彼がくれた執行猶予中に止めていればよかったものを…私の手癖がすっかり悪くなっていたのと、母の命がかかっていた事もあって結局ズルズルと最後まで悪行を重ねてしまった訳です
「0…今夜、首を洗って待ってろよ」
彼は眠たそうな目を一瞬見開いて私に言うと何時も通り報酬を受け取ってすぐに帰っていきました
それからはまるで生きた心地がしないまま、半分気を失いながら仕事をしていましたね…
気が付いたら終業時間になっていて
今は全く力の入らない足でフラフラと帰路についているんですが…これから私はいったいどうなっちゃうんでしょうか…?
殺されるんでしょうか…?
根絶やしでしょうか…?
私の脳裏にはロージさんがクエスト達成証明に見せてくる魔物の生首が過りました
私も…ああなっちゃうんでしょうか…?
うん、逃げましょう
帰ったらすぐに荷物を纏めて母と逃げ出しましょう
なけなしのお金で馬車を呼んでバカンから逃げ出しましょう
国境を跨いでクエンラから逃げ出しましょう
………
わかっています
そんなこと出来るはずないって
病床の母を遠くまで連れて行けない事も
S級冒険者から逃げ切れない事も
全部…わかってます
どうして…こんなことになっちゃったんでしょうか…?
私が産まれる前に父が私達を捨てて知らない女と出ていったからですか…?
母が庶民じゃ治療出来ない難病にかかったからですか…?
本当はわかっています…
全部…私のせいだって
私が恩人から盗みを働くような…
そんな悪魔の所業をしたから
これは当然の報いであって
怒った女神様からの天罰なんでしょう
私は歩きながら反省して反省して反省して
家に着く頃には既に顔を泣き腫らしていました
それを見て驚く母に抱き付きながら何度も何度も謝りました
「ごめん…なさい……私の…せいで…」
母は枯れ枝のように細くしわくちゃな手で私の頭を撫でると理由も聞かずに何度も何度も「大丈夫…大丈夫だよ」と言ってくれました
母の暖かくて優しい声に少し落ち着いた私はゆっくりとこれまでの事を説明します
そして全部説明し終わった後の母の第一声は…
「ごめんね…私がこんななばっかりに……」
私を咎める言葉ではなく
申し訳なさそうな謝罪の言葉
「私の可愛いミリーナ…お前だけでも今から遠くへお逃げ」
「やだ…そんなのやだよ…お母さん」
「私もこれ以上お前の負担にはなりたくない…これからは何も余計な事は考えずに自由に生きておくれ」
「そんなこと…出来ないよ」
ここまでたった一人で私を育ててくれた母を見捨てるなんて出来ない
「逃げて」と「嫌だ」の水掛け論
そんなことを延々と繰り返していたら夕日はとっくに沈んでいて私も母も泣き疲れてきた
そんな中、突然響くノックの音に二人とも肩を震わせた
「っ!?」
「ごめんくださーい」
抑揚の無いダルそうな声は間違いなくロージさんのもの
「ミリーナ…貴女はここで待ってなさい」
重い体を苦しそうな顔で起こす母を私は少し強引に寝かしつける
「ううん、私が行く…大丈夫、きっとロージさんも死ぬ気で謝ったら許してくれるよ」
私は心配そうな母に微笑んだつもりだったけど、きっとその笑顔は引きつっていたと思う
でも母は「危なくなったら構わず逃げなさい」と私の背中を見送ってくれた
「ばんわ」
「こん…ばんは」
玄関の戸を開けると身の丈より大きなハンマーを担いだロージさんが10cm上から私を見下げた
「邪魔すんぞ」
「え…?…っあ!?」
必要最低限な言葉だけを交わすとロージさんはズカズカと家に上がり込んでそのまま母の居る奥まで進んでいく
「あの、ちょっと…!?」
すれ違い際に目の前を横切るハンマーが照明に反射してキラリと光る
そのハンマーの頭はまるで宝石の様な緑色の結晶で出来ていて、見た目は綺麗だけど正直武器としては脆そうだった
…というかロージさんがギルドに入ってもう長いこと経つけど初めて武器を装備してる姿を見た
って、そんな呑気なことを考えてる場合じゃない
こんな小さなあばら家じゃ数歩で母に辿り着けてしまう
「ま、待ってください」
私の細やかな抵抗も彼は聞く耳持たず
寝込む母をじっくりと凝視する
「どうか…娘だけは…」
「………舌噛むから黙ってな」
ロージさんは持っていたハンマーを振りかぶる
最悪の状況に一瞬頭が真っ白になった
その一瞬の先で想像していた悪夢が現実になってしまう
「嫌ぁぁぁあああっ!!!」
彼の大きなハンマーが天井を破壊しながら母に振り下ろされた
舞う塵芥に彼と母の姿は隠されたが見えていたとしても私は現実から目を背けていたでしょう
「5312万4710G…」
土埃の中からヌッと出てきた手が私の喉を指差す
「この数字が何かわかるか?」
「………っ」
頭では回答を用意していても、応えるまでの余力が無い
「お前がこの三年余りで俺から盗んだものの総額だ」
私は足元から泣き崩れ、意識が半分飛んで視界が揺らぐ
「被害がデカくなってきたからな…ここいらでもう終わらせる事にした」
受け入れ難い現実
もう見てみぬフリは出来ない
何処にも逃げ道は無い
だけど体が事実を受け入れない
これ以上凄惨な光景を見せまいと脳が勝手に意識を閉じる最中、倒れかけた私の背中を誰かの手が支えてくれた
「起きなさいミリーナ」
それは紛れもない母の声
私がまだ小さい頃によく聞いたような、そんな言葉
あぁ…女神様が最後に夢でも見せてくれてるのでしょうか
とびきり幸せだった、あの頃の夢を
「お客様の前で失礼よ」
「え…?」
どうやら違いました
夢なら現実と内容がシンクロするはずありません
「お母さん…?」
「そうよ、他に誰に見えるというの?」
それは間違いなく母でしたが…おかしい点が1つ
母は病気云々の前に明らかに若返っていました
…それも私と殆んど変わらないほど若く
「お母さん押し潰されちゃったんじゃないの??それに何で若くなってるの!?」
「それは私にもわからないのだけど…ハンマーが私に当たった瞬間粉々になったのは憶えてるわ」
母は若返っただけじゃなくて病気も治ったみたいにピンピンしていました
それが嬉しくて私が母を抱き締めると母も力強く抱き締め返してくれる
この背中に回された腕の力こそ母が元気になった証
そう考えるとさっきまでの恐怖は綺麗サッパリ無くなって、嬉しさから涙が零れ落ちた
「こらこら、まだ話の途中だぞ」
完全に置き去りにしてしまったロージさんに頭をペシペシ叩かれて私は我に帰る
「どうして母を助けてくれたんですか!?何で若返ってるんですか!?私は殺されないんですか!?」
正気を取り戻した途端に押し寄せてきた疑問を全部吐いていたらロージさんは顔をしかめて耳を塞いでしまいました
「あーもう五月蝿いな…今順を追って説明するから質問は後にしろ」
私と母は正座に座り直してロージさんの話を聞いた
曰く、母の病気を直したのは仕事だったから。
若返らせたのは今の状態だと完治が難しいので病気になる前の状態に戻したかったから。
私が盗んだ分のお金は依頼主に返してもらってる。
以上の三点を聞いたのち、質問タイムが設けられたので私は手を挙げた
「その依頼主って誰ですか?」
「ミリー・ジーンって男…通称ミリー・ファングだ」
ミリー・ファング
ベテランのS級冒険者で世界冒険者ランキングでも長年20位以内に入り続けてるトップランカーです
「ミリーのオッサンには俺がS級になったばかりの時に出先で会ってな、そん時にこの依頼を受けた」
「そんな凄い人が何で私達を…?」
S級冒険者なんてロージさんと聖女様くらいにしか有った会った事がない
接点が無いんだからそもそも私達の存在を知ってることすらおかしいし、百歩譲って知っていたとしても赤の他人を助ける義理は無いはずです
「鈍い奴だな……奥さん、言っちゃっていいですか?」
「はい…どうせあの人にはバレてますし…この子にももう隠し通せません」
「?」
母は何かを知っているみたいで、どうやら蚊帳の外なのは私だけみたいです
「ミリーナ、ミリー・ファングはお前の親父だ」
衝撃の事実でしたが私は驚きませんでした
湧き上がるのは怒りでも憎しみでもなく単純な疑問
何で今更…?
「お父さんは私が産まれる前に他の女と出て行ったって聞きました…」
「ごめんなさいミリーナ…それは嘘なの」
「何でそんな嘘ついたの…お母さん?」
「私はあの人が冒険者だったから好きになった…どこまで自由で大きい夢を描いていた…あの人を」
母は父の自由を奪うのを恐れた
だからお腹に宿る私の事を何も告げずに父を見送ったと語りました
「ごめんなさい…貴女に私の勝手な恋慕を押し付けてしまって」
「いいよお母さん、お母さんが居てくれるだけで私は幸せだったから」
母は押し黙り、涙を流しながら私の背中を抱いた
そんな母の手を握りながら私は次の疑問を投げ付ける
「ロージさんは「S級になった頃」って言ってましたけど…何でその時直ぐに行動してくれなかったんですか?」
「そりゃ単純にあの若返りのハンマーの素材が揃ってなかったからだ」
どうやらあのハンマーはロージさんが錬金術で作ったらしく、素材の内容を聞いてみれば入手難度S級以上が8つも入ってました
中でも『深淵の果実』と『海峡竜の頭石』は最高難度のSSS…それは時間もかかりますし、命がいくつ有っても足りません
「これだけの素材を集めんのにはあのオッサンも流石に苦労したみたいだぞ」
「お父さんが集めたんですか!?」
「他に誰が居んだ?」
「え…いや、私てっきりロージさんが集めてくれたのかと…」
「俺が請け負ったのは飽くまでお袋さんの治療だけ…治療法だけ提示したあとはオッサンに丸投げだ」
父が母のために…
その事実だけで私も少し目頭が熱くなった
時間も距離も超越して、父にはまだ母に愛がある
それだけで言葉が出なくなる
「これにて俺の仕事は終了、最後に預かってたもんを渡して余ったお釣を返す」
ロージさんはそう言って懐から革袋と拳大の球を取り出しました
袋の中にはおよそ1500万G
そして半透明の球には小さな生き物が…
「割ったら出てくるってよ、よく分からんがボディーガードとか言ってたぞ」
言われた通りに球を割ってみると中から大型犬が出てきて母に頭を擦り付けてきた
「水走犬か砂漠銀狼かフェンリル種の幼体ってところか」
「おそらくフェンリルが正解でしょう、あの人はフェンリルを使役していたので」
「フェンリルどころかいっぱい居たぞ」
父の話で母の笑顔が戻るとフェンリル(仮)は次に私の顔を舐めて大きく尻尾を振る
くすぐったくて笑うとフェンリルも嬉しくなったのか、のしかかられて下敷きにされてしまいました
「ぐえ…重い」
押し潰される私を見てロージさんは意地悪に笑う
「手癖の悪い娘にはお灸を据えてくれって言われてたけど、その様子を見る限りもう俺のお灸は要らないな」
「くっ…見たことも無いお父さんに父親面されるのは癪ですが…今回は反論出来ませんね」
私が苦笑いで返すとロージさんは「最後に1枚写真を撮らせてほしい」と言いました
どうやらその写真を父に見せる事でお仕事完了の証明にするようです
母はもちろん快諾しましたが泣き腫らした顔が恥ずかしいと30分ほど待つことに
その限られた時間で髪を解かし、もう何年も使ってない化粧品で粧し込む母…
体が若返って心まで若くなったんでしょうか…?
…正直女の顔をする母には微妙な気分になりましたが、朽木のようだった母が瑞々しく表情を変える様には素直に嬉しくなりました
「ミリーナ嬢、女ってのはいくつになってもレディって事を忘れるな」
「それを何故ロージさんに教わらないといけないんですか…?」
「オメーがまだガキだからだよ」
二十歳を迎えた女性に失礼過ぎる物言い
確かに私には今まで恋に身を投じる余裕なんてありませんでしたよ…
…でもそんな言い方あんまりじゃないですか?
「すみません、お待たせしました」
若い頃の服まで引っ張り出して準備万端の母
「あの人に見られると思ったらつい気合いを入れてしまいました…////」
「お綺麗です、これはオッサンも惚れ直しますな」
「もう、口がお上手なことで」
母はお世辞を真に受け舞い上がる。
他人のお母さんを口説き落とさんばかりの勢いで誉めるロージさんは「ほらな」と言いたげに私に目配せをする
なんか……無性に腹が立ちますね
「んじゃ撮るからニッコリ笑ってー」
ロージさんが静止画用の記録石を私達に向けて構えると、お母さんが私の後ろから覆い被さってきた
「ミリーナ、ほら笑って」
きっと私はロージさんが言うようにまだ子供なんでしょう…
「はい、チーズ」
二人+一匹の家族写真
そのままなら仲睦まじい親子のはずなのに…
撮られる瞬間私は咄嗟に顔をしかめて舌を出した
今まで放っておかれた父への細やかな反抗
その姿はまさに生意気な子供で
私は自分自身の幼稚さに少し悲しくなった
.
【数日後】
バカンからおよそ5700㎞
テリーワンド公国の牧草地で男達は談笑していた
「いやぁ、俺も嫌われたもんだな」
「見たことも無いのに好きも嫌いもないですよ」
「会う前からマイナススタート…辛いねぇ」
濃い茶髪で垂れ目の中年、ミリー・ファングは娘の写真を見て大きな溜め息を吐く
「会ったら思い切り頬擦りしたかったのに…こりゃさせてくれそうにないな」
「その前に髭を剃りましょうや」
朗志はミリーの無精髭を指差すが彼は首を横に振る
「俺の場合あまり容姿を変えると仕事に響くんでね、残念ながら娘には我慢してもらう他ないね」
「仕事に関わるなら仕方ないっすね、ミリーナ嬢には泣いてもらいましょう」
捕らぬ狸の皮算用
娘が頬擦りを許してくれるとも限らないのに父親の中ではもう確定事項のようである
「そういえば写真だけじゃなくて等身大ポスターとか奥さんが写真撮る前にウキウキで準備してる映像も有りますけど要ります?別料金ですけど」
「君は商売上手だなー……言い値でいいよ」
若干犯罪臭が漂うが二人の交渉は無事に成立
朗志には大銀貨二枚が支払われた
「それでヘカテリーナの容態なんだけど…」
「その件に関しては問題ないです、『古塵炎』は発症したら治すのは難しいんですが予防は簡単なのでサプリメントを渡して指定した果物を定期的に摂取するように言っておきました」
「何から何まで悪いね」
「いえ、金は貰ってるんで俺は仕事をしただけです……それより」
朗志が気になるのは自分を包み込むように寝そべる大きな狼
体長5mは有る『山冷』と呼ばれるフェンリルは夥しい獣臭を放ち、定期的に朗志を舐めて涎まみれにしていた
「どうにかなんないすか…?」
「この前会った時より君からするヘカテリーナの臭いが強くなってるからね、嬉しくて仕様がないんだよ」
「どうにもなんないんすね…?」
「どうにもならないと言うより、どうにもしないかな」
「………」
放任主義も極まって諦めるしかない朗志は仕方なくそのまま本題に入る
「続けますけど…約束は憶えてますよね?」
「もちろん、これを違ったら俺はもう親でも男でもないよ」
「じゃあしましょうか…魔王の話を」
彼は今、親でも労働者でもなく
少しだけ勇者になっていた
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