可愛い子には旅をさせ…たくない
※スミヤ視点です
俺が娘とバカンに来てから1週間が経った。
五年の間に変わったロージの周りの環境には驚かされてばかりだが、今は少しずつ受け入れていくしかない
勇者に聖女に悪魔
サーカスよりも珍妙な光景
本来なかなかお目にかかれないはずの領主娘が可愛く思える部類
正直最初は猛獣の檻に入れられている気分だった
交友関係だけじゃない
部下にはあのクロイシャ伯爵(今は伯爵じゃない)
何をどうしたらあの傲慢な伯爵が誰かの下で働くようになるのか……一応経緯は聞いたが理解に苦しんだ
そして俺が何よりショックを受けたのはカガ(加賀)が家名だったことだ
普通家名は後に付くもの
勇者であろうと例外じゃないと考えた俺の見通しが甘かった…
これじゃ娘はカガ・カガヤということになる…
…圧倒的に言い辛い
「っ痛…」
裁縫中に余計な事を考えていると指に針が刺さった
これで何度目か…絆創膏を貼ってない指の方が少なくなってしまう
はぁ…針は針でも暗器に使う針なら手慣れてるんだが…
糸を通して布を縫うだけでこうも難易度が跳ね上がるとは思わなかった
「あらあらいけませんわ!直ぐに消毒を」
「…すまない」
穏やかな昼下がり、慌ただしく救急箱を持ってくる聖女
…ここ数日で何度この光景を見たことだろう
「トーちゃ、カーちゃまたいたいいたいだよ」
「なー…やっぱり治してやるから手ぇ貸せって」
「うるさい、これは戒めだ…お前は手を出すな」
俺は心配そうに差し出してくるロージの手を振り払った
この五年、俺は母親としてしか生きてこなかった…
しかしこれからはそうもいかない
俺がここに残ると決めた以上、少しは妻としての役割も果たすつもりだ
今まで放り投げていた課題
そのツケが回ってきただけのこと
甘やかされたとしても無闇に甘えるつもりは無い
「カガヤ、母ちゃんもこう言ってるし放っといて父ちゃんと遊ぼうぜー」
「うん!あそぶ!」
カガヤを肩車してクルクル回り出すロージ
たった1週間ですっかり親バカになった
「キャー!くるくるたのしー!!」
頭にしがみつくカガヤの手が目に入ろうともお構い無し
痛がるでもなく、むしろ満面の笑みで何故かハイテンション
「スゲー!マジで目に入れても痛くねーぞ!!」
「……ちょっと怖いですわ」
「…馬鹿だな」
五年分の愛情が凝縮されてると思うと微笑ましいかもしれないが…身内目で見ても異常
端から見れば気が触れていると疑われてもおかしくレベルだ
それに…
「ところで…あれ(ロージ)は普段ちゃんと働いているのか?」
「ええ…いつもは馬車馬のように働いているのですが…」
朝から晩まで娘にベタベタしてるだけで俺はまだロージが働いているのを見ていない
聖女はこう言っているが今の腑抜けた姿を見ると信憑性に欠ける
「今は少々…怠惰ですわね」
「そうですよボス…御子息が可愛いのは解りますがそろそろ仕事に復帰してもらわないと困ります」
店番の眼鏡がレジカウンター越しに不満を投げ付け、ロージは明後日の方を見て返す
「いやぁ…やっぱ家族との時間は大事だからさ…あと1週間…いや1ヶ月は多目に見てもらえると…」
「ダメです。恩情をかけても2日が限度ですね」
「くっ…たった2日か…」
この世の終わりでも悟ったように膝から崩れるロージ
そんなロージの頭をカガヤが興奮しながら叩いた
「トーちゃトーちゃ!カガヤしってる!」
「んー?何を知ってんだ?」
「トーちゃのこと『ひも』っていうんだよ!トルカがいってた!」
「……っ!!?」
カガヤに『ヒモ』と言われて相当ショックだったのか、ロージは白目を向きながら拳が2つ縦に入るくらい大きく口を開けていた
無邪気故の残酷さ
数十秒いたたまれない空気が流れ、ロージは勢いよく立ち上がった
「娘に変な言葉教えやがって…何処の誰だか知らんがトルカ許すまじ…!」
すまんトルカ…
遠い地で今、勇者がお前の敵になった
「ちくちく!くすぐったい!」
只ならぬオーラを纏って髪を逆立たせるロージ
何故か右手をこれでもかと握り締めていた
「急にどうしましたの?」
「俺は今スーパー労働者3として覚醒した」
「ノーマルの状態がわからん」
「何気に2もすっ飛ばしましたわ」
「……とにかく、俺は今からスーパー働きにいく」
『誤魔化したな』
『うやむやにしましたわ』
ロージは俺の膝にカガヤを乗せると文字通り店を飛び出し、空の彼方に消えていった
突然のことで訳が分からなかったが俺も聖女も気にせず裁縫作業に戻る
何も問題無いと思った
しかしロージが居なくなって愚図るカガヤを落ち着かせるのが少しだけ厄介だった
【3日後】
あれから3日経ち、ロージは1度も家に帰ってこない
「あー…ロージに会えると思ったのに」
前回の訪問から1週間空いた領主娘は分かりやすく落ち込み、項垂れる
「そういえばこの1週間何してたんだ?」
「うん…偉い人に呼ばれて会いに行ってたんだ…緊張したよ」
貴族でも気苦労するんだな…知らなかった
いや…むしろ縦社会が庶民よりも固く確立されているから一般人よりも心労が祟るのか
「よくわかんねーけど大変だったな」
「たいへんだったな!いーこいーこ」
カガヤが膝の上によじ登って領主娘の頭を撫でにいく
意味は解って無いだろうが彼女が落ち込んでいるのはわかったみたいだ
「こんなに小さいのにしっかりロージの遺伝子が組み込まれてる!…それに可愛い!」
興奮気味の領主娘に熱い抱擁を受けるカガヤはぬいぐるみ状態でも気にせず自分のおやつを頬張る
「うまい!」
今日のおやつはロージ不在のため代わりに花が拵えた「マフィン」という菓子
見たことは無いが、この甘い香りだけで美味なのが伝わってくる
自分で淹れたホットココアを啜ったのち、千切った一欠片を口に入れれば予想通り…否、予想以上
「今度作り方を教えてくれないか?」
「…今度な」
目を合わせず、素っ気ない態度で返す花
やはり正妻との溝は簡単には埋まらない
だが焦って埋める必要はないし…多少強引でも構わないか
「臍を曲げないでくれ、歯形女」
「だーもう!その名で呼ぶんじゃねーよ!!」
煽ればすぐに激情する
簡単で単純な女だ
結果的には怒らせたかもしれないが…
これでようやく目が合った
「お二人とも、喧嘩はおよしなさい」
「そうだよ、せっかくのおやつが台無s…グエッ!?」
領主娘の膝から飛び降りたカガヤがマフィンを持ちながら花の膝によじ登る
「イライラしたらあまいものってトーちゃがいってた!はい、あーん」
「………」
子供の邪気の無い瞳には個人的に魔力が籠っていると思う
あの目で見られるとついつい甘やかしたくなるが…それを御し切るのも親の役目
しかし耐性が無い者はどうだろうか…
「くっ…!」
顔を赤くしてプルプルと震える花は堰を切ったようにマフィンに噛り付きカガヤの頭を撫で回した
「可愛いじゃねーかチクショー!!」
我が娘ながら俺より空気の読めるカガヤ
「にへへ」
蕩けるような笑顔をも忘れない
『可愛いな…二人とも』
『微笑ましいなぁ』
『宮廷画家に描いていただきたいですわ…そして部屋に飾りたいですわ』
「ただいまー!」
俺達が思い思いに和んでいると竜巻のような勢いで泥だらけのロージが帰ってきた
「いやー、流石に疲れたぜー」
その背中にはスコップやピッケルを初め数々の土木作業工具
「おかえりトーちゃ!」
駆け寄るカガヤをロージは腕を広げて待ち構えるが、俺がカガヤの首根っこを掴んで阻止した
「おーい、感動の再会を邪魔するんじゃないよ」
「うるさい、お前はちゃんと自分の姿を見てから物を言え」
「はい!私言ってみたい台詞が有るのでよろしいでしょうか」
聖女の高らかな挙手に許可を出すと彼女は小走りでロージに駆け寄って言う
「おかえりなさいませ、お風呂にします?行水にします?それとも…湯・浴・み?」
「そんなに汚いすか…?」
「ええ、とても」
「小汚いな」
「今のロージには流石に抱き付けないなぁ」
「いいからとっとと風呂入ってこい」
三日三晩の肉体労働の果てが罵詈雑言の袋叩き
風呂場に向かうロージの背中には哀愁が漂っていたが30分後にはスッキリした顔で牛乳を煽っていた
「ところで三日間も何処で何をしてましたの?」
「山でトンネル掘ってた」
「トンネルってもしかして…ルード鉱山?」
「そうだよ」
バカンはおおまかに3つの区画に分かれている
俺達が住むこの一般居住区画
海に面したリゾート区画
そしてその間に在る鉱山区画
この鉱山区画には多くの炭鉱夫とその家族が住んでいて住宅も斜面に添って建てられている
リゾート区画と一般居住区画は直線距離なら馬車で二時間ほどだが、この鉱山を大きく迂回していかないといけないので現状は馬車で半日かかる
「どのくらい進んだの?」
「とりあえず最後まで穴開けてきたけど、整備はしてないし開通はまだ先だな」
「最後までって…15年かけて半分だったのに残りの半分を三日で終わらせちゃったの…?」
「俺の心の中のカガヤが「頑張れ」って言ってくれたから頑張っちゃったぜ」
そんな得体の知れない幻聴でどうにかなるとは思えない
…相変わらず規格外な男だ
「いやぁ…それにしても…」
ぐったりと椅子に凭れかかるロージの腹から地鳴りのような音がした
「飯食い忘れたから腹ぁ減ったなぁ…」
「あはは!トーちゃのおなかにかいじゅういる!」
「30分待ってろ、何か腹に溜まるもん作ってやる」
「こんなこともあろうかと昨日の内に漬け込んだ鶏モモがあるよ!」
「では私はサラダを担当いたしますわ」
驚異的なチームワーク…
示し合わせたように台所に並ぶ女衆
なるほど…これが本来の「お嫁さん」の姿か
感心してしまっているが俺もあの輪に入らなくてはいけないじゃないか…?
そんな事を考えながら彼女達の背中を見詰めているとロージが俺の心を見透かしたように微笑する
「家のキッチンは広いけど流石に四人は狭ぇよ」
「そうか…そうだな」
「それにこの手じゃ水場の作業は染みるだろ」
ロージはまだ絆創膏の残る俺の手を指差す
「こんなものどおってことはない…少なくとも腹にナイフが刺さるよりはな」
「違ぇ無え」
流し台の水の音
包丁の一定間隔のリズム
油の爆ぜる音
全てが心地好く、自然と心穏やかになっていく
今なら渡せるかもしれない
そう思い、俺はポケットから一昨日完成したばかりのハンカチをロージに手渡した
「これは…」
紺色のハンカチに歪な剣の刺繍
贈り物に武器のデザインを施すと魔除けのお守りになると、昔マザーに聞いたことがあった
「悪いな…下手くそで」
ハンカチを選んだのは比較的持ち歩く物で多様性があるから
それ以上の他意は無く、片時も離れたくないとか…そういう意味は無い
………決して
ロージは何も言わず俺の肩を抱き寄せてきた
それを見たカガヤが興奮気味にはしゃぐが、ロージが人差し指を口に添えると嬉しそうに押し黙る
『今父ちゃんは母ちゃんを好き好きの時間なんだ、カガヤも一緒好き好きするか?』
『うん…!』
ロージが小声で言うと、カガヤも小声で返す
そして俺の膝に乗って腰の辺りを思い切り抱き締める
…親子揃ってベタベタと暑苦しい
しかし不思議と心地好い
そんな中、1人こちらの状況に気付いた聖女と目が合ってしまう
「………!」
何を思ったのか黙って親指を立てる聖女
その目は温かさを宿しているが…此方としては恥ずかしい
羞恥プレイに耐えながら家族の温もりを感じる
決して落ち着かないが
悪くもない
ずっとこの日常が続けばいい
唐揚げの旨そうな匂いに邪魔されつつ
俺は幸せの形を再確認した
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