致命的な2秒
定期的にトラブルに巻き込まれがちだが俺達にも平和な一時ってのはちゃんとある
特に晩飯あとのゆったりとした時間は1日の中の数少ない安らぎだ
「~♪」
鼻歌を歌いながら子供用のセーターを編むデイジー
魂分けからまだ一月も経ってないのに少々気が早い
「なー、もう名前とか決めてんのか?」
デイジーの作業を興味津々に見ていた花がテーブルに突っ伏したまま訊く
「もちのろんですわ!私が聖女になって間もない頃に既に五人目までは決めてましてよ!」
うん…それはだいぶ気が早い
「用意周到だな…ところでこっち(バカン)じゃそれ(セーター)は暑いんじゃないか?」
「はっ…!……失念してましたわ」
舞い上がり過ぎて周りどころか今までの記憶も軽く飛んでるんじゃないだろうか…
俺は少し不安になりながらも今回は「お茶目」という言葉で片付けることにした
「それにしてもデイジーさん最近また綺麗になりましたよね、何か秘訣とかあるんですか?」
藤堂の言う通りデイジーは綺麗になった気がする
いや、元々美しいんだが
なんというか肌艶とか張りが甦ったというか…
所謂マイナス五歳肌って感じだな
もしかして聖人を身籠ったことに関係してるのか…俺も気になるところだ
「それは私が『勇者の伴侶』の称号を得たからですわ」
「勇者の伴侶?」
「『勇者の伴侶』は勇者と子を設けた相手に付く称号で、その効果は「勇者が死ぬまで半永久的に肉体をピークの状態にする」ことですの」
つまりは若い状態で不老、と
「ですので今の私の体はおそらく二十歳前後!おかげで気になっていた小皺もこの通りですわ!」
「おー!」×2
デイジーが目尻を見せつけ二人が感嘆の声を上げる
正直俺にはあまり違いが分からんが、それを言ったら精神的にも肉体的にも叩かれる気がしたから喉の奥に留めて呑み込んだ
姦しさに口を挟む隙も無く、俺は静かに本を読むばかり
そんな中、玄関ドアから唐突にノックの音が飛び込んだ
「こんな夜更けに誰だ?」
時間は夜の9時半を回ろうというところ…
普段そんな時間に客人は来ない
席を立ち、警戒しつつドアノブを捻るとそこには全身をローブで包んだ怪しい奴が立っていた
「どちら様で…?」
フードを目深に被り顔も確認出来ないそいつは俯いて足先に視線を向ける
その視線を追いかけてみると眠そうな顔をした幼女がそいつの脚にしがみついていた
「っ!?」
俺はその幼女を見た瞬間、心臓が苦しいほどに高鳴った
今の今までしていた呼吸のしかたも忘れ、ぎこちなく息を吐いていると幼女が背中を押されて俺に凭れかかる
「んー…?……トーちゃ(父ちゃん)…?」
眠たい目を擦りながら言う幼女
俺が片腕で抱き上げると肩口の布を握ったまま安心したように眠ってしまう
白い髪
不健康そうな色白の肌
そして厚い隈
いちいち確認しなくても本能で解る
間違いなくこの子は俺の子だった
そしてこの子のもう1人の親
思い当たる人物はたった1人
「何で言ってくれなかったんだ……スミヤ」
口元しか見せてくれないスミヤはそれだけでも戸惑っているのがわかった
そして何も言ってくれぬまま、逃げるように走り去ってしまう
その背中に俺は思わず手を伸ばす
時間にすればほんの2秒
しかしその2秒はあまりにも致命的だった
願望と本音が体現されたその手は最終的にドアノブを掴み、静かに玄関のドアを閉めた
振り返り、子供を抱いたままゆっくり食卓に戻ると先ずは茫然自失の花に頭を下げる
「悪い…俺はこの子を育てる」
「おまえ…その子って」
「……俺の子だ」
場の空気は凍り付くが俺まで凍てついてる暇は無い
俺は1人の人間を自立するまで育てなきゃならない
それはもう誰に何と言われようが変わらないし、俺も一切曲げる気は無い
「さっきのやつは…母親か…?」
「…そうだ」
「また戻ってくるのか?」
「いや…もう来ないと思う」
スミヤは何も言わなかった…言ってくれなかった
だけど俺はその無言が何を意味するか明白に理解した
確信を持って言える
きっとこのまま放っておけばスミヤはもう2度とここには来ない
「追いかけないのか…?」
「…追いかけない」
「なんで…?」
「………」
俺は言葉を詰まらせる
聖人の件も俺は花に何の相談もしないで決めちまった
花は気にも止めて無いが…俺はこれ以上花を裏切る訳にはいかない
「花…もうお前に不誠実を働くのは嫌なんだ」
あの伸ばした手は本心
しかしこの気持ちもまた俺の本心
都合がいいと罵られても弁明の余地も無い
「ちょっとその子貸してくれ」
「え、どうして?」
「いいから」
圧に負け、スヤスヤと眠る娘を慎重に花に預けた途端
「っ!?」
強烈な回し蹴りが俺の腹筋を砕いた
「ゴホッ…ゲホッ…」
蹴り飛ばされた俺は棚を巻き込みながら倒れこみ、舞う埃に噎せかえる
「ちょ、ちょっとやりすぎじゃありませんこと…?」
「いやいやデイジーさん、このくらいしないと」
「そうですわね…致し方ありませんわ」
酷い風評被害が飛び交ってるが…暴力や罵声で済むなら安いもんだろう
だがこれはそんな上面だけで終わる問題じゃなかった
「アタシを理由にこの子を不幸にするなよ!!」
それは間違いなく怒号だったが
悲鳴となんら変わりない
突き抜けた怒り顔でもなく
純粋な泣き顔でもない
怒りの中に悲しみを飽和する、全部がブチ込まれた絶妙な表情
1番させちゃいけない顔
「さっき伸ばした手でちゃんと掴んでこい!お前もこの子も…そしてあの女も……全員幸せになる未来を!」
あぁ…やっぱり花には俺の本性がバレていた
2秒といえど見逃してはくれない
だけどそこまで言われてもまだ俺の心はギリギリのところで鬩ぎ合っていた
かなり皸割れつつあるが良心が俺を悪魔にしてくれない
立ち上がり、埃を払って花に伸ばす手
腕は二本しかない
掴める数は限られる
今は傷付けちまうかもしれないけど
それでも俺は………
「………カーちゃ……もう…さみしくないね…」
何よりも重たい衝撃
今まで意地になって守ってきた俺のちっぽけなプライドは
娘の寝言で意図も容易く砕け散った
.
教会の屋根の上、月明かりに照らされたスミヤが佇んでいた
全身全霊の感知スキルを駆使してようやく見付けたスミヤは俺が背後まで迫っても逃げる様子は無い
「…何で来た?」
およそ五年振りの再会の第一声としては随分と辛辣
だがそんなことで萎縮するほど俺は打たれ弱くない
「それはもちろん、あんたが好きだからに決まってるだろ」
「俺もたぶん…お前のことが好きだ」
言葉だけ切り取ってみればこれ以上嬉しいことはないが…今は手放しで喜べない
「だからこそ…2度とお前に会えないと解っていながらカガヤを産んだ」
俺の娘はカガヤっていうのか…
加賀とスミヤでカガヤ…
…何とも安直な
それに娘の名前に俺を入れてくれたのは嬉しいけど加賀は名字なんだよなぁ…
まぁ異世界じゃ名字が無いか名前が先に来る方が圧倒的に多い
そもそも加賀と朗志で区切らずに「カガロージ」っていう単体の名前だと勘違いしてるのかもしれない
流石にそれは無いと思うが、俺達はそれほどまでにお互いを知らない
会うのは2回目
話すのは3回目
同じ空間に居た時間なんて半日にも満たない
たったそれだけの関係
知らないのは当たり前
だけど知ろうが知るまいがどうでもいい
時間も距離も採算度外視
五年もお互いに忘れられなかった…
これ以上の事実は無い
「だったら…
「だけど…」
スミヤは俺の言葉を遮るように言った
「お前に迷惑をかけたくなかった」
夜風に煽られ捲れるフード
月明かりが反射して輝く雫
後ろ姿だけで容易にわかる感情
「確かに迷惑だ」
俺はスミヤとの距離を詰めながら返す
「俺の手の届かない場所で勝手に不幸になるのは…凄く困る」
真後ろに立ち、手を捕まえる
振り払おうとすれば簡単に出来る
そんな僅かな力で
「本気で逃げたいならこれが最後のチャンスだ」
「そうしたいのはやまやまだが…随分と前から脚が動かない」
スミヤの脚が動かない理由
今の俺には鮮明に解る
「大丈夫、もう何も失わせないから…安心しろよ」
力任せに引かれる袖
不意を突かれて体制を崩した俺はスミヤに背中を支えられながら見下ろされた
その格好は社交ダンスの一部を切り取ったように優雅だったが…残念ながら立場が逆だ
「普通逆じゃね…?」
「うるさい」
逃げ場も無く、有無を言わさず押し当てられた唇
…こんなに乱暴なキスは初めてだ
「相変わらずイケメンで強引っすね」
「お前は相変わらず死にそうで甘い男だな」
互いに皮肉を言い合う頃には柵は全て消え去っていた
そしてスミヤを押し返しつつ体制を立て直した俺は今後の話をしようと他所様の屋根の上でガッツリ胡座かく
「一緒に暮らさないか?」
親子3人、同じ屋根の下で暮らすのが理想的だと思うんだが…スミヤの反応は渋い
「お前は安直で短絡的だ」
「ダメすか?」
「…順序ってもんがある」
スミヤは急激に変わる環境を恐れていた
誰とでも直ぐに打ち解ける奴はいるがスミヤはそういう人種じゃない
今回は特に事情も複雑
「焦るな」と釘を刺されてしまった
「心配しなくても俺はこの街に居るし、ゆっくりでもちゃんと歩み寄ってやる」
その言葉を聞いて心底安堵する
口約束だけど本人からの保証があるのは大きい
「とりあえず今日はカガヤを預かってくれ」
「それはもちろん…お前はこれから宿探しか?」
「ああ、だから明日迎えに行く」
俺は宿代や生活費にと上着のポケットに入っていた小銭袋をスミヤに握らせる
「たしか金貨が12枚入ってる、足りなくなったらまた言ってくれ」
「…多すぎるだろ」
「今まで何もさせてくれなかったんだ…このくらいはいいだろ」
「仕方ない、甘えてやる」
金を渡しただけじゃ親父の役目を果たしたとは到底言えない…だがほんの少しだけ肩の荷が降りた気がした
「なぁ、スミさんや」
「なんだ?…変な呼び方するな」
肩の力が抜けたついでに世迷い言を1つ
「例えば…万が一…百歩譲って結婚式を挙げたとして……お前はドレスを着てくれるのか…?」
「俺がそんなもの着ると思うのか?」
「………さいですか」
日付が変わるのとほぼ同時
1人の男の淡い夢も無惨に散っていった
「遅くなってきた…今日はもう解散だな」
「まぁ待て」
立ち上がろうとすると腕を引かれて止められる
あまり遅くなると宿をとるのも難しくなってくるからスミヤとしても早目に切り上げた方が良いと思うんだが……どうやらまだ思う所があるらしい
「お前の近くには常に誰か居る」
「まぁ…そうだな」
「そして俺も基本的にカガヤと離れない」
「そうだろうな」
「つまり…」
「つまり?」
こんなやり取りも懐かしい
「その…あれだ……こうして二人切りになる機会は限られる…訳で」
「ん?」
悪いが俺は鈍感系主人公じゃない
スミヤの言わんとしてることには察しがつく
それでも俺が惚けたフリをしてるのは…
あの言葉が聞きたいから
「……これ以上言わせるな……意地悪…////」
深夜を回って鳴り響く教会の鐘の音
風魔法で鳴らされたそれは最大級の近所迷惑だろう
だけど今日だけはどうか許してほしい
生涯でもそう何度も聞けない
幸せを誓う鐘の音だから
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