今日、お父さんがいない
※トルカ視点です
お久しぶりです!ギルドの看板受付嬢、トルカ・アルデニドです!
聞いてください皆さん!
以前から私が猛アタックしていたスミヤさんと最近家族ぐるみの仲にまで発展しました!!
いやぁ…思えば長く地道な努力でした
スミヤさんの機嫌を損なわないように着実に好感度を上げる日々
お子さんの好物に合わせた手作りお菓子作戦
隙有らば捩じ込む家庭的アピール
その努力の甲斐あって3ヶ月ほど前からお家にお呼ばれするようになった訳ですよ!
しかしそれは飽くまでもスミヤさんとの幸せな家庭を築くための第一歩に過ぎません…
たった一歩…されど一歩……偉大な一歩です…!
そして私は次のステージ、前人未到の二歩目に差し掛かっていました
「おじゃましまーす!」
スミヤさんのお家は町外れの小さな一軒家
急拵えの継ぎ接ぎが目立ちますがお庭に畑も有って素敵なお家です
「いらっしゃい、今日はよろしく」
「はい!喜んで!」
私が持ってきたバケットの中身はクッキーの材料と手作りのぬいぐるみ
娘さんが私のお菓子を気に入ってくれて『スミヤさんの方から』(ここ重要ですからね!)お菓子作りを教えてほしいと頼まれました
実は今回で三回目なので娘さんにもお土産を持ってきています
昔流れの冒険者の方に「将を射んとすればまず馬から」なんて言葉を聞きましたが数年越しにその言葉の意味を理解出来た気がします
要するに外堀を埋めようってことですね
「トルカまたきたの?」
「カガヤちゃ~ん!今日も可愛いね~!」
スミヤさんの脚にしがみついて私を警戒してる幼女こそスミヤさんの娘にして私の天使、カガヤちゃん
色白の白髪、目の下の隈は不健康そうに見えますがこれがまた加護欲をそそられて可愛いいんですよ!
外見こそあまりスミヤさんに似ていませんが幼いながらに整った顔立ちは十中八九母親譲りでしょう
「今日はカガヤちゃんにお土産持ってきましたよ~」
そう言って私はぬいぐるみを取り出し、しゃがんでカガヤちゃんに差し出しました
「猫ちゃんですよ~」
「よわそうだからいらない」
弱…そう
まさかそんな理由で拒まれるとは思ってもいませんでした…
……熊とかの方がよかったのかな?
「じゃ、じゃあカガヤちゃんの好きな動物教えてほしいな~」
「ドラゴン!ひぃふくやつ!つよいやつ!」
そうきましたか…どうやら私の見通しが甘かったみたいです
「がおーがおー」とドラゴンの真似をするカガヤちゃんに癒されつつ次の策を練っているとスミヤさんが私のぬいぐるみを手に取りました
「器用だな、よく出来てる」
「お褒めに預かり光栄です!」
「その…なんだ…やっぱり編み物が出来る女はいい嫁なんだろうか…?」
この歯切れの悪い反応はスミヤさんが私の知らぬ恋敵に思いを馳せている証拠
少々悔しいですがこの悔しさをバネに私も最大限恋敵を利用します
「それはもちろん!私でよければ手解きしますよ!」
「あ、ああ…頼めるか?」
「喜んで!!」
自分の感情をもコントロールする…
私はなんて凄い策士なんでしょうか
体よく次の約束を取り付けた私は気分良く台所に向かうと既に把握済みのキッチン用品から必要な物を持ち出してテーブルの上に広げました
「さぁ今日はクッキーです!カガヤちゃんも手伝ってくれますか?」
「くっきー!?カガヤもてつだう!!」
最初こそ出鼻を挫かれましたが所詮子供なんて単純なものです
甘いお菓子をチラつかせればこの通り、簡単に私の思惑に引っかかる
ふっ…私も悪い女ですね
その後は順調でした
親子揃って粉まみれになるアクシデントこそありましたが比較的スムーズに生地が完成
後は形を作って焼くだけ
そんなゴール目前のこと
…取り返しの付かない惨事とはいつも前触れが無い
「カガヤちゃん、それは何を作ってるの?」
カガヤちゃんが作っていたのは少し歪な人形のクッキー
合計4つが横並びで、心なしか手を繋いでいるようにも見えました
「これはトルカ」
「え!私!?ありがとうカガヤちゃん!」
一番左端のクッキーを指差して言うカガヤちゃんに私の心は跳ね上がり、嬉しさから抱き締めたい激情に駈られます
なるほどなるほど、いつの間にかカガヤちゃんの中でクッキーとして食べたくなるほど(?)私の好感度が上がっていたんですね!
これはもう一歩どころか百歩くらいは前進したんじゃないでしょうか!?
「カガヤとカーちゃ(母ちゃん)」
「うんうん、上手だね~」
「それとトーちゃ(父ちゃん)!」
「え…」
この時、私は自分がどれだけ愚かしいか思い知らされました
ぬか喜びなんてもんじゃありません…
道化も青冷める愚行
右端の一際大きなクッキーを嬉しそうに指差すカガヤちゃんに…私は何て返したらいいかわからなかった
「…………うん、上手いな」
カガヤちゃんの頭をソッと撫でるスミヤさん…
彼女を顔を見る事が出来なかった
冷や汗が頬を伝い、気を抜いたら呼吸の仕方も忘れてしまいそうな緊張感……生きた心地がしないまま気が付けばクッキーが焼き上がっていました
庭先で味のしないクッキーを食べ終えた私は畑に水やりをするカガヤちゃんを眺めながら煙草の臭いを嗅ぐ
目の前には楽園のような光景が広がっていて、平和そのものなのに…どうしても隣に座るスミヤさんの顔が見れない
「…なぁトルカ」
煙草を吸い終えたスミヤさんが気まずい空気を断ち切るように私に問い掛けた
「仕事の邪魔をしない女はいい嫁だろうか…?」
「ええ…それは…まぁ」
「相手の立場を理解して先立つ気持ちを殺せる女はいい嫁だろうか…?」
「スミヤ…さん?」
「子供の躾をきちんと出来る女は…いい嫁…だろうか…?」
「………」
言葉を詰まらせる私
不意に見たスミヤさんは物悲しそうに遠くの空を眺めていました
「カーちゃ!トルカ!おおきいのとれた!」
泥まみれになりながら大きな野菜を片手に手を振るカガヤちゃん
その姿を見た瞬間、私の中で何かが弾けた
「それはきっと、いいお嫁さんなのかもしれません……でも」
独身の私には何を基準にすればいいのかわかりません
それでもスミヤさんのために…
カガヤちゃんのために何を言えばいいのか
それだけはハッキリと解るような気がしました
「いい母親とは言えません」
きっと今、『失恋』が私の肩を叩こうとしています
その証拠にスミヤさんは少し目を見開いたあとに薄く笑みを溢しました
「そうか…」
スミヤさんは煙草を取り出す手を止め、カガヤちゃんに手招きする
「なーに?」
「カガヤ、親父に会いたいか?」
「あいたい!!あえるの!?」
「いつでも会える、だから会いに行こう」
「やったー!!トーちゃにあえるー!!」
手放しで喜び庭を駆け回るカガヤちゃん
その姿を穏やかな表情で見守るスミヤさん
もう私に付け入る隙は何処にも無い
「トルカ、ありがとう」
普段なら跳び跳ねるほど嬉しいその言葉
なのに今は「さようなら」にしか聞こえない
泣いてしまう
むしろもう泣いてます
でもただ泣かされるのは納得がいかないので、私も最後に細やかな抵抗を…
「いつかまた…会いましょう」
.
スミヤさん達がこの町を旅立っていった次の日の晩
私は数少ないギルド職員の大半を巻き込んで飲んだくれていました
ええそうです、やけ酒ですとも
「いやぁ、今回も残念だったねトルカちゃん」
全然そう思っていなさそうなルアンさん
節々に私を小馬鹿にした言葉が隠せていません
「「も」って何ですか「も」って!?訂正してください!!」
「だって本当のことじゃないか!」
ぐうの音も出ませんし返す刀もありません…しかしこれは理屈ではないのです
「また背骨ズラしますよ…?」
「ひゃー、怖い怖い…わりと洒落にならないんだよ、あれ」
「だったらマスターはもっと傷心の私に気を遣ってください」
おおよそ部下が上司にする態度ではありませんが酒飲み席は無礼講です(普段もわりと無礼講)
「とりあえずまた振り出しに戻った訳だけど、次のターゲットはもう決まってるのかい?」
「そんなの決まってる訳ないじゃないですか!マスターは私を何だと思ってるんですか!?」
「肉欲に餓えた獣?」
何時もならここでマスターの間接を極めるところですがお酒と傷心が合わさったことでとてもそんな気分にはなれませんでした
「はぁ…もういいです…黙っててください」
「…………」
元気が無い私の顔を覗き込むマスター
その表情はいつになく真顔でした
「あのさ、もう言っちゃうけど俺じゃダメなの?」
「寝言は寝てから言ってください」
「手厳しい…こっちは随分と気長に待ってたのになー」
「めっちゃ紳士じゃない!?」なんて自分で言ってのけるあたり、マスターは本物の馬鹿です
「もう新連載を待つのは飽きちゃったんだ、俺を遺作にしちゃいなよ」
「………」
今回の戯言はやたらとしつこい
嫌気が差した私は残っていたお酒を一気に飲み干して一喝
「チェンジ!!」
「酷っ!?」
1度切りの人生
妥協は許されない
それはスミヤさん
貴女も同じです
私はマスターに酒瓶を投げつけながら
今はもういない彼女の幸せを切に願った
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