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シュレディンガーの俺

目を覚ますとそこには知らない天井があった



「…知らない天井だ」


「うるせーよ!呑気な感想垂れる前に起きたならとっととテメーも「出来ること」ってのをやりやがれ!!」



例の最上階スイートルーム

50人くらいならパーティーが出来そうな広い空間の中央で俺は仰向けに寝かされていた


赤く光る魔法陣

両肩と脚の付け根、そして鳩尾付近の計5ヶ所に刺された30cmくらいの大きな(くい)



この悪魔の儀式みたいもんのお陰かは知らんが、さっきよりは数段体が楽になっていた



窓からはまだ陽が差していて、視界の端で捕らえた時計を確認しても気を失ってから30分しか経っていない


寝すぎた時みたいな倦怠感のせいで長く感じたが、それは現在進行形で体がボロボロになってるからだろう



「おい!聞いてんのかコラッ!!」


いつもの荒ぶる声の先に目をやれば、デルドレが額に玉の汗を作りながら魔法陣に魔力を注ぎ続けていた



「うるせーなぁ…聞いてるよ」


「お前の体は今文字通り作り替えられてる。魂の形が変わり聖人の父親としての条件を満たしたお前は新しい存在になろうとしてんだ」


なるほど…身体中を千切りまくられてる感覚はそういうことか



「その杭と魔法陣でテメーの体が飛び散らないように固定したが…気休めみたいなもんだ」


元々デルドレはバリバリの前衛型

戦闘系のスキルや攻撃魔法は俺も認めざるを得ない実力だが、こういった純粋な魔術はそんなに得意じゃないんだろう


むしろ苦手なまである



それでもここまで的確な対応が出来てるのは誰よりもデルドレがこの状況を望んでたからだ



果て無き希望(ホープ)ジャンキー

そんな男が最高の形を思い描かない訳も無く

時間を無駄にする訳も無い


だからこそ俺はデルドレを頼った


そしてその選択は最適だったと確信する



「充分だ…良い仕事すんじゃねーか」


「ギリギリのくせに強がりやがって…言っとくがピークはこんなもんじゃねーからな」


「何時間続くんだ…?」


「さぁな、記録じゃ初代は三時間で絶命したらしいからそれ以上じゃないか?」


そりゃそうだ…

成功例が無いんだから現状では上限もわからない



俺は先の見えない不安を掻き消すように二種類の封印術を自分自身に発動した



封縛包柱(カク・ケンタス)

光輪交束(ロゴ・ロバ)



魔文字(ルーン)が施された包帯でグルグル巻き


その上から交差する光の輪で更に形を固定


『封縛包柱』で強制的に立ち上がれたものの指1本動かせない



「おう…何か神々しい覇王樹(サボテン)みたいになったな」


「…そんな覇王樹あってたまるか」


「それ前見えんのか?」


「見えてるわ…!中指立てんじゃねーよ…!」


『透視』のスキルで覗いてみればデルドレが意気揚々と中指を立てる姿


まったく…油断も隙も無ぇ



「お前には見えてるかもしんねーけど俺には見えん…つまり俺にはお前が生きてるか死んでるかわかんねーってことだ」


「はぁ?…そんなもんいくらでも確認する方法あるだろ」


「つまりのつまり!この瞬間この世界に生きてるお前と死んでるお前、二人のお前が存在することになるって寸法だ!!」


「お前それ言いたかっただけだろ…!色々ハショって曖昧な知識をひけらかすなボケ…!!」


俺は猫じゃねーし

馬鹿野郎(デルドレ)もシュレディンガーじゃない


仮にいくつもの可能性が有ったとしても掴み取りたいのは1つだけだ



「そこまで威勢のいいツッコミが出来るならまだ大丈夫だな」


「おう…お陰さんでな」



俺とデルドレ、互いに息を切らしながらしばらく静かな時間が流れた


俺は徐々に増す痛みに耐え、デルドレは魔力を切らさないように定期的にポーションを補給する


デルドレが30分置きにする俺の生存確認だけがこの部屋の唯一の賑わいになっていた



「ところで…稔達は居ないのか?」


「おぉ…雨の日のデートもまた乙だって朝から出掛けてるぞ」


「そりゃまた風情が有んな…俺も参考にするか」


「ジャパニーズワビサビってやつか?」


「……全然違ぇ」




そして魂を切り分けてから三時間


時折前触れも無く血飛沫が舞うものの俺はまだ辛うじて生きていた



「1つ山は越えたな…生きてるか?」


「なん…とか………血が…足りねえ」


魔力ポーションは効くが回復ポーションもスタミナポーションも俺には効果が無い


体組織の再構築

どうやらこれは傷やダメージとしては認識されないみたいだ


「死にかけだな…踏ん張れよ」


「………ぉぉ」


分厚い包帯から滴る血は足元に水溜まりを作る


高そうな絨毯の買い取りを考えていると(あばら)から腹筋にかけて亀裂が入り俺の腹が大きく裂けた



「アァアァァアアッ!!?」


今までの比じゃない量の血が飛び散る中、ミシミシと音を立てて包帯から肋骨が突き出る


「クソッ!!間に合え!!」


デルドレが鬼気迫る顔で魔法陣と杭を追加する


三重の魔法陣

合計12本の杭

更には建物全体を揺るがす程の魔力で俺の周りに結界を張る



「俺が出来るありったけだ!!これで死んだら殺すからなっ!!」


歯を食い縛り、額の血管を切らすデルドレから世にも奇妙な物騒な声援


憎き馬鹿野郎(デルドレ)にここまでさせといて…

応えないのは嘘だろう



生き延びるため

また楽しく喧嘩するため

そしてデイジーに晩のお粥を作るため


俺は残りの魔力を全部使い

全身全霊を持って運命に抗う





禁術…




『天地創造』





その術は一歩間違えれば街規模で周囲に影響を与え、生態系を乱すとして太古の昔に禁じられた魔法


本来は重力の核を作り上げ周りを巻き込む技だが…今回は自分を中心に高濃度の重力を圧縮


難しい重力操作も触れるほど近くに居るため何とか直径2mの球体に収めることが出来た



デルドレの尽力と俺の捨て身の魔法でどうにか体の崩壊は止まったが、強力な重力に押さえ付けられ指1本どころか口もまともに開けなくなった




「覇王樹から今度は丸くなりやがった…もう人間じゃねーな」


お前に言われたくねーよ…

喉まで出てるのに口が開かないから後で1発ぶん殴ろう…うん、そうしよう


「…おい聞いてんのか?」


聞いてはいるが返事は出来ない


声の様子からして俺の応答が無いことを焦ってるみたいだった


そんなデルドレは珍しいから是非ともこの目に焼き付けたいが…『透視』に使う魔力も残ってないのが悔やまれる



「おい勘弁しろよ…お前が死んだらデイジーに顔向け出来なくなるだろうが」


それはそうかもしれんけど…もう少し俺の心配をしろよ

…血も涙もないのか



元々デルドレに優しさや同情なんて求めてないが人としてどうかと思う


まぁ俺もデルドレを利用してる立場だし

…人の事は言えねーけどな




「許さねえぞ」



呟くようなその言葉に胸の奥が熱くなった



「聖女を泣かせたら…聖女を1人にしたら…聖女を絶望させたら………絶対に許さねえ」


どこまでも手厳しい


だがそれは必要な厳しさだ



「テメーは猫じゃねーだろうが!!聖女を守る、たった1人の生きてる勇者だ!!とっとと出てこい!!」




俺は自分が何になろうとしてるか理解した



『聖母』の元に『聖人』が生まれてくるなら


俺は『聖人』の父親だ



そんな簡単な事に気付いた瞬間

体の痛みがピタリと収まった





「ごちゃごちゃ五月蝿(うるさ)いんだよ」



球体の内側から腕を出し、そのまま卵のように割ってみせた俺は汗だくのデルドレに返す


「お前に言われなくてもわかっとるわ」


「へっ……馬鹿でも流石に忘れねーか」



あれだけ体が胎動したにも関わらず姿見に映る俺に大きな変化は無かった


変わったのは中身とステータス


確認してみると職業欄に新しく『聖父』の文字と、それに準ずる新たなスキルが追加されていた



「しかし終わってみれば呆気ないというか、随分体がスッキリしてるな」


「そりゃ完全に体が適応した証だな…おそらく体力も魔力も減っちゃいねえだろ」


「そうだな、魔力に関しちゃ最大値が2割増しになってるし聖属性魔法の出力は今までの5倍」


「また一歩化物に近づいたな」


「現役の化物がほざくな」



人を化物扱いするデルドレの額を指で押せば簡単に仰向けに倒れこんだ


とっくに限界を迎えてるデルドレの顔にはいつもの覇気は無く、そのままぐったりと大の字で寝そべる



「ご苦労さん」


「チッ…久し振りに回復限界になっちまったぜ」


「回復限界?」


「体力も魔力も消費と回復のサイクルが激しいと体に負担がかかんだよ…そんくらい覚えとけ」


1回2回じゃ問題無いと思うが床に転がる空き瓶は8本…


これだけ飲みゃ回復限界云々の前に腹ん中タプタプになっちまうよ



「魔王と対峙する時は重要な事だぞ」


「おー、肝に命じておくわ」


先輩勇者の助言に耳を傾けつつ俺は汚しちまった部屋の掃除を始める



「…そんなもん後でやっとくからお前は早く帰れよ」


「馬鹿野郎!俺は自分のケツを拭けない男にはなりたくねーんだよ!」


「拭けなかったから俺んとこ来たんだろうが…馬鹿タレ」


これにはぐうの音も出ないので無視を決め込みサクッと掃除を終わらせた



残念ながら絨毯の染みはやっぱり落ちなかったので買い取り


アイテムボックスに絨毯を収納してデルドレの腹の上に金貨を三枚置く



「そんじゃ、俺は帰ってデイジーの看病に戻る」


「風邪引いてんのか…なら晩飯はガスパチョかチキンスープにしてやれ」


「ノット異文化交流」


作れない訳じゃないが味に自信が無いだけだ



「なぁデルドレ」


「どうした…?」


俺はソファーに腰掛けて窓の外を眺めながら言った



「お前の分まで幸せになるし、幸せにしてやるから…安心しろよ」




曇天の隙間から射し込む光


もうすぐ雨は止みそうだが

最後に局地的豪雨がこの部屋を襲うかもしれない



そんな湿っぽい空気はまっぴら御免



だから俺はデルドレの返答を待たずにバカンへと帰っていった









「ガスパチョか…今度練習しとくか」


帰ってさっそくエプロンの紐を絞める俺



1人で頑張ってきた誰かのため


異文化交流の余地を頭の片隅に置く





.











【朗志帰宅一時間後のアグム領】




「何でそんなとこで寝てんだ?」


「風邪引いちゃうよデルくん?」


雨の日デートから帰ってきた稔達は異変に気付きデルドレの顔を覗き込む



「諸事情で今動けないだよ…ほっとけ」


立ち上がるのも一苦労の彼は最後の力を振り絞って左腕で顔を隠していた



「せめてベッドで寝ろよ」


「動けないなら連れてってあげる」


「あ、コラよせ」


抵抗出来ない彼の両脇を捕まえ難なく担ぎ上げる二人


そして虚しくも晒された顔を見た彼らは目を丸くした


「目ぇ真っ赤だぞ」


「泣いてたの?」


「はぁ…」



動けなくなるまでコキ使われ

見られたくない顔を見られ

踏んだり蹴ったりな一日



しかしそれでも彼にとって最高の一日だった事には変わりない





「雨が目に入っただけだ…」




一時間前の雨が嘘かのように綺麗な夕焼け空


ただ1人室内でゲリラ豪雨の被害にあった彼の顔は目こそ赤いがどこか清々しかった






穏やかなるその心


まさしく晴天なり





.

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