表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/68

悪い聖女様

デイジーが風邪を引いた


流行り病とかじゃなくて単純に体調を崩した末の風邪


高熱に頭痛に咳と、典型的な症状

(ゆえ)に辛くて苦しそうだった



「ほら、食えるか?」


俺はベッドに横たわるデイジーに鶏ガラベースの卵粥を差し出しながら訊く


「ありがとうございます……その…出来れば食べさせていただけると有難いですわ」


辛くて心細いのか、単に甘えてるだけか

どちらにせよ断る理由は無い



俺は底の深いスプーンに粥を一掬いしてデイジーの口元まで運んでいく



「はふっはふっ…うぅ、熱いですわ」


「おっと悪ぃ、気付かんかった」


グツグツ煮込んだ粥はさぞかし熱かったらしく舌先を出して涙目になるデイジー


俺はお詫びにデイジーの頭を撫でながらお粥に息を吹き掛けて適温にする



「んっ、おいひーでふわ(美味しいですわ)」


「お粗末さんです」


お粥を食べ終え落ち着いたデイジーは不安そうな顔を俺に向けた


「あの…今日は……その…」


「何すか?ハッキリ言ってくれ」


「このままずっと…傍に居て下さいませ」


どうやら心も弱ってるようだが、片時も離れないってのは無理な話だ



何も言わず、俺が空になった粥の椀を持って部屋を出ようとするとデイジーが「うぅー」と寂しがりの犬のような音を出していた


「すぐ戻る」


「絶対ですわよ」


念を押されてしまったので洗い物を終わらせてから自分の部屋の本を2冊手に取り宣言通りすぐに戻った



「今日は1日オフだから、何かあったらすぐに言いな」


そう言ってベッドの近くに椅子を持ってきて、そこに座って本を開く


「読み聞かせ…ですの?」


「違ぇよ、ガキか」


本はただの暇潰し

1日じっとしてるのはあまりにも手持ち無沙汰だからな




それからは特に何も無い普通の看病


額に乗せるタオルを変えたり

林檎を剥いたり

汗を拭く


それ以外はゆっくりと静かな時間が過ぎていった


聞こえるのはページを捲る音と朝から降っている雨音、そしてデイジーの寝息のみ



たまにはこんな落ち着いた休日も悪くない


そう思いながら1冊目の本閉じるとデイジーが俺の手を掴んできた



「1つ…お願いが」


「何でございましょうか?」


「チューを……接吻を所望しますわ…////」



穏やかな休日に突如鳴り響く稲妻


しかし俺は取り乱す事は無かった



「聖女様はこんな白昼堂々俺に浮気をしろと言う訳ですか?」


「夜なら胸を張れますの…?」


いや違う…そういう問題じゃない


意図的に論点をズラそうとしてるのか`…それとも風邪で頭が回ってないのか…


察するに後者なような気がする



「花には『お休みのチュー』なるものをしたと聞き及びましたわ」


「いや…それは付き合ってますし……そのくらいは」


花…恥ずかしいからあまり言いふらさないでくれ



(わたくし)には…してくださらないの…?」



衿を掴まれ手繰り寄せられると風邪で赤い顔が目と鼻の先


互いの吐息が当たる距離

デイジーはもどかしそうに微笑んだ



「それに…風邪はうつすと治るらしいですわ」


「俺の聖女様はいつの間に悪女になっちまったんだ?」


「…いけませんこと?」


「いいえ、まったく」



これはキスとか接吻とか、そんな可愛いもんじゃない


唾液の交換と言った方が正しい生々しさ



舌が絡まりに比例して、いつの間にか背に回された腕の力が増す



時間にしたら30秒のダイレクトな経口感染


しかしデイジーは満足してくれていないようだった



「……もっと」


息継ぎ経て再び重なる唇

それを三回ほど繰り返していたら舌先に塩気を感じた



「泣くなよ」


ちゃんと毎日歯は磨いてる

今朝だってしたばかりだし、泣かれる筋合いは無い…はず


それに今更俺じゃ嫌だったとか言われてももうどうしようもねーぞ…



「…とても幸せですわ」


デイジーの(それ)は決して嬉しい時に流れるものじゃなかった


もう何年も一緒に居る

多少はデイジーの感情の推移は心得てるつもりだ



「じゃあ何で……っ!?」


デイジーに強く引き寄せられ、ベッドに雪崩れ込む俺


不意をつかれて驚きはしたものの、狼狽えはしない



「私には…これ以上がありませんの」


キス以上…それは正に聖女としての生命線に関わること



「もっと貴方を愛したいのに…私にはそれが許されない…!」



声を上げて泣き始めるデイジー

俺はその(やかま)しい口をもう1度塞いだ


「んむぅ!?……ぷはっ…何ですの急に」


「ぴぃぴぃぴぃぴぃガキみたいにうるさいんだよ……今大人にしてやるから大人しくしてろ」



体制を変えてデイジーの上に股がった俺は彼女のパジャマのボタンを上から順に外し始めた


「いやっ、ちょっと…!これ以上はイケませんわ!?」


声を荒げ抵抗されても俺の手は止まらない


そして俺の腕に無数の引っ掻き傷がついた頃、デイジーのたわわ胸が抵抗虚しく曝け出された



「これも邪魔だな…」


俺が下着を剥がそうとホックに手をかけたその時、デイジーに胸元をドンと突き飛ばされた


「いい加減にしてくださいまし!!」


胸を隠し精一杯の虚勢を張るものの、小型犬の威嚇と変わらない



「お前が最初に誘ったんだ」


「それはそうかもしれませんが…私が聖女としての力を失えば……また多くの人々が絶望に叩き落とされてしまう」



世界の希望を一身に背負い

今まさに押し潰されそうになっているデイジー


俺としては正直

その他大勢の希望なんてミジンコの糞ほども興味が無い



それこそ


デイジーが泣くくらいならぶっ壊してもいいと思えるほど



「お前を泣かせる希望なんて絶望と一緒だろ」


「それでも聖女として生まれてきたからには…私は最後まで使命を全うしなければなりません!」


「はぁぁ…」


俺はここ数年で1番大きな溜め息を吐き、再度デイジーを組伏せた



「もういい…俺が悪役になれば全部解決だ」


背負った重荷も捨てられないのに愛に飢えてるって言うんなら…俺が無理矢理振り払っちまえばいい


『聖女』から聖の字消してただの『女』にしちまえばいい



「そんな事をしたら…世界が貴方の敵になりますわ」


「世界が敵になるだけか、美人に泣かれるより一兆倍は楽な選択肢だな」



偽り無く言い切ってしまえばデイジーの抵抗力も格段に低下した


もはやなされるがままだが…その表情には(うれ)いが残る



「心配すんな、お前が背負ってきた期待にくらべりゃ俺の背負う罪なんて綿埃(わたぼこり)みたいなもんだ」



「1つだけ…誰からも責められず、丸く収まる方法がありますわ」


土壇場に提示された打開策に下を脱がそうとした手が空振り終わった



「そんな上手い話が有んのか…?」


「はい、私が『聖母』になればいいのですわ」


「初代みたいに聖人の母になるってことか」


「その通りですわ」



俺の中ではイマイチ的を得ない


結局のところやる事は変わらない気もするが…そんな単純な話でもないんだろう


仮にそこまで簡単なら歴代の聖女達が先に実行してるはずだ



「とんでもないリスクが有ると見た」


「ええ、初代様達も成功した訳ではありませんもの…」


「失敗したらどうなる…?」


「貴方が……」


外は雨足が強くなり窓硝子に雨粒が叩き付けられる音が激しさを増すが


その言葉はハッキリと聞き取れた





「死にます」




厚い雨雲のせいで薄暗い昼下がり


空は俺の心境を察したのか

一筋の稲光を走らせた




.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ