夜明け
開幕から重い感情を垂れ流していた彼女は変態(仮)に飛び付くと恍惚の表情で感嘆の声を漏らした
「はぁ~会いたかった~アーサー」
「あれからどれくらい経ったかわからんが…待たせたな、ヨール」
「300年よ!私がどれほどこの日を待ち望んだかわかる!?」
「そうか…そんなに経っていたのか………」
どうやらこの二人は知り合いのようで、人の家で勝手に感動の再会を果たしてやがる
「ガキの前だ、イチャコラすんなら他所でしてくれ」
急展開のスピードに置いてけぼりを食らう前に俺はしっかりとブレーキを踏む
見つめ合い、手取り足取り絡ませてるコイツらが何時おっ始めてもおかしくないからな…
「おっと、これは失礼した」
「とりあえずこっちが混乱する前にあんたらの素性だけでも教えてくれないか?」
未だ名前も知らない二人とここでようやく自己紹介
「俺様はアーサー・ルドバーツ」
「私はヨール・ケナンジュよ」
アーサーには聞き覚えが無いが、ヨールの方はわりと有名人
『始まりの魔女』の三人の弟子の1人
『冥府の夜』ことヨール・ケナンジュ
魔法使いとして世界でも5本の指に入る偉大な魔女…だったはず
「んな有名人がその変態のためにわざわざここまで来たってのか?」
「変態とは失礼ね、アーサーはこれでも昔はとある国の第一王子だったのよ」
「はっはっはっ、そんな時代もあったな!」
なかなか大掛かりな話になってきた…
しかし俺は王子だの五大魔女なんてあまり興味は無い
「何はともあれヨールさんはその変態をずっと探してて、そして今日念願叶ったってことだな?」
「私の300年を簡単にまとめられたのは腑に落ちないけど…まぁそういうことね」
そんなこと言われても彼女の300年なんて知らないんだから要点をかいつまんで結論を出すしかない
「1つ解らねーんだけど…あんた程の魔女ならバオケルナも倒せるし、もっと早く再会出来たんじゃねーか?」
「確かに、今の私ならバオケルナも難なく倒せるわ…でも結局アーサーが宿っている個体も解らないし、そして何よりそこから先の方法を私はまだ見付けてなかったのよ」
結果的に変態の宿る種をそのまま育てたら復活した訳だが…ちゃんと人の形を保ったまま復活するなんて予想も出来なかっただろう
「それに『生命の種』は人の手で発芽した事例が無くて、まだまだ謎の生態だったのだけれど…まさかハイエルフのスキルが決め手になるとは思わなかったわ」
自分のお手柄だと知るやいなやライチが椅子の上に立って「えっへん」と偉そうにふん反りかえる
「偉いわライチちゃん!貴女は最高よ!」
「そうです!もっと褒め称えてください!唯我独尊です!!」
本人は鼻高々だが俺からボーナスを出すことは無い。
せいぜいおやつが2割増しになる程度だ
「奇跡と言えば聞こえはいいけど、これはただの偶然の産物…おだて過ぎると調子に乗るから程々にしてくれ」
言ってはいるものの……本当に偶然なのか…
あるいはある程度仕組まれた奇跡なのかもしれない
引っ掛かるのはアイリッシュ
あいつは誰に生命の種の話しを聞いたのか…?
よくよく考えれば生命の種に性転換の効果が有るのは魔術師や錬金術師の間でもほんの一握りしか知らないはずだ
「私としては悲願成就の功労者に礼を尽くしたいのだけれど…貴方達、何か欲しい物はあるかしら?」
「功労者って、それは間違いなくあんた自身だろう……死霊術を極めたのも、小さな可能性に根回しし続けたのも全部あんたが1人でした事」
運がよかったと
奇跡が起こったと
そんな耳当たりの良い言葉で括るには…
300年はあまりにも長すぎる
「今回の件はあんたの努力が手繰り寄せた成果だ、最後に横入りして美味しい所だけかっさらって喜ぶ奴はウチには居ない」
実際に見てきた訳じゃない
だけど普通の人生を捨て、誰かにもう1度会おうと必死に藻掻いてきた姿は想像に容易い
「え、あ、うぅ…」
ライチは何か言いたげだったが頭を撫でて落ち着かせた
「私に労いなど不要です」
「労いというか敬意だな」
「どちらにせよ私には皮肉に聞こえます」
途方もない時間が彼女を擦れさせたのか
あるいは死霊術師故か
はたまた元々の性格か
真相はどうあれ俺が彼女に向ける考えは変わらない
勝手に頑張って勝手に幸福を掴んだだけのこと
そこに関与する気も無ければ余地も無い
想像は出来ても理解なんて出来るはずもないので彼女の逆鱗に触れる前に俺は口をつぐんだ
まぁ…口は災いの元って言うしな
「しかし私にとって貴方達は大恩人…一方通行でも必ずこの恩は返そうと思います」
もう勝手にしてくれ…
そう言うと思って止めたが顔には出ていたらしい
ヨールさんに苦笑を返され俺は軽く頭を掻いた
「まぁ…何かあったらあんたの助けを借りるかもな」
「ええ、その時は惜しみ無くご助力させていただきます」
彼女はアーサーの手を取って俺に深々と頭を下げると満面の笑みを顔に張り付けて言う
「それでは私達は失った時を取り戻しに行きます」
「世話になった!また会おう!!」
実年齢は300歳以上
お婆ちゃんを何周もした彼女の顔はとても晴れやかでいて無邪気な少女そのもの
失った時間
止まったままの300年
長い夜を超え、ようやく辿り着いた夜明け
俺にとっては何の思い入れも無いし、感慨深くもなんともない…
だが二人の朝陽のような清々しい笑顔を見ていると自然とこっちも笑みが溢れた
「じぁあな、末永くお幸せに」
俺が柄にもなく真っ直ぐな祝福を贈ると二人は黒い霧と共に姿を消した
300年、変わらず誰かを想い続ける
果たして俺はそんな根気強く誰かを愛せるだろうか…?
素直に彼女を感心しつつ、俺は少し捻くれた金髪ヤンキーの顔をチラつかせて思い出し笑いを噛み殺した
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【3日後】
変態が芽吹いてから3日
俺が淡い疑問に探りを入れると簡単に事実確認が取れた
どうやらアイリッシュに入知恵したのはやっぱりヨールさんだったようだ
彼女は元々クエンラにちょくちょく足を運んでたみたいで、立ち寄った先々でついでに仕事の依頼も受けていたらしい
そして約五年前、領主邸に寄った彼女は少女に悩みを打ち明けられた……そんな筋書き
世界でもトップクラスの魔法使いの助言を鵜呑みにしたアイリッシュ
その直後に出会ったのが俺という訳だ
実際彼女の助言は嘘でも何でもない真実なんだが…もう少し後先考えて発言してほしい
俺が居たからいいものの…一歩間違えりゃ領主の娘っていうわりかし重要な人物が死んでた訳だし……まぁ過ぎたことはもういいか
そんなことより今はまだ過ぎてない話をしよう
「母様!水を頼む!!」
「嫌です!さっきあげたばかりです!断固拒否です!」
俺の眼前にはライチの腰にしがみつくアーサーの姿
一見事案のようにも見えるが変態にとっては死活問題だ
二人との再会は思いの外早かった
つーか早すぎた
次の日には何食わぬ顔で戻ってきた二人。
その時アーサーは随分と窶れた顔をしていた
最初はお盛んなだけかと思ったが、どうやら違うようで
定期的にハイエルフの魔力が込められた水を摂取しないと植物由来の変態は枯れてしまうとか
「何卒!何卒!!」
「あーもう!しつこいですよ!!」
ヨールさんの解析によれば数年で安定して自立出来るっぽいが……どうやら馬鹿は過剰摂取で自立を早めたいらしい
…迷惑この上ない
「浮かない顔をしてますね」
「そりゃあ…これだけ騒がしいとこういう顔にもなるだろ」
眉間に皺でも寄ってたか…
円卓の正面に座るヨールさんに嘲笑された
どうにもこうにも身動きの取れない二人
暇潰しと言わんばかりに彼女は俺に死霊術を教えてくれている
「しかし貴方は私の弟子達よりよっぽど呑み込みが早い」
「器用貧乏なもんで」
技術値の高い俺はこの3日で死霊術の基礎スキルは完全に物にしていた
ヨールさんの血を1滴でも貰えるなら『融合』のスキルで出来ることも増えるが…流石にそこまでする気はない
「あればいいな」くらいのお手軽な感覚だ
「あとはレベルを上げれば自ずとスキルも身に付くでしょう」
「実践あるのみ…ってことか」
実践と言っても街中に死霊が湧いてるわけもない。
そんな野良猫みたいにそこら辺ウロついてたら町中大パニックだ
かと言って生者を殺めて拵える訳にもいかないし……
便利だが意外と使う機会は限られてるな
「それでは今日はこのあたりでお暇させていただきます」
紅茶を飲み干し、余ったクッキーを小袋に入れる貪欲な魔女は涼しい顔で立ち上がる
「また明日も来るのか?」
「ええ、明日どころかあと数年は通わせてもらいます」
『…………邪魔だなぁ』
邪険に扱う程じゃないけど…こっちも商売してる身としては集会所感覚で来られても困る
「ご心配なく、1週間も有れば対策は練れるのでそう頻繁には訪れないでしょう」
流石は五大魔女の一角
既に何か打開策があるみたいだ
「定期的にライチちゃんには魔力提供していただく予定ですが…上手くいけばそれも月に1度で済むはずです」
車ならやたらと燃費が良い
そこまでの好条件を提示してくれるならライチをガソリンスタンド扱いしてる事には目を瞑ってあげよう
「詳しい話しはまた後日…私はこれからアーサーとリゾート区画に行って参りますゆえ」
ドレス・ケープ・ヴェール
全て漆黒の黒い花嫁のような彼女は片手で口元を隠すが目元の赤さは隠しきれない
300年経ってようやく人生の折り返し
「アーサー、手を取ってくださる?」
「うむ、承知した」
気長に歩む後半戦の一歩目
進みだした時間はまだ始まったばかり
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