苦手な奴の1人や2人くらい居らぁな、人間だもの
バカンは基本的に暑い、というか夏が長い
8ヶ月夏で3ヶ月春で1ヶ月だけ冬になる
だからこそバカンに住む人々は暑さ対策に余念がない
斯く言う俺も既にバカン四年目な訳で、そこはかとなくこの暑さに慣れつつある
慣れてきたからこそ今年は俺独自の特色を出した暑さ対策をすることにした
三年以上異世界に住んでると忘れがちだが、俺は歴とした日本男児
和の心を忘れないジャパニーズボーイとして俺は甚平さんスタイルで過ごすことに決めた
俺としては頭にタオルも巻きたいところだったが花に「ただの陶芸家じゃねーか」なんて言われちまったから早々に断念
そもそも甚平という元々異世界に無い文化が不評過ぎる
朝起きてから会う奴全員に微妙な顔をされるし…
花にも藤堂にも「おばけ感が増す」なんて言われるし…
そりゃ色白で血色悪いけどさ…だからってそこまで言わなくても……
と言う訳で俺の甚平さん計画は初日の午前中に頓挫した
うん…人には向き不向きがある
俺に甚平さんは似合わなかっただけだ…
謝罪と別れを告げ、何の罪もない甚平さんをソッとアイテムボックスにしまった俺は店番のリーサとたまたま暇だった藤堂と共に次の納涼計画を企くわだてることにした
「以前おやつに出てきたかき氷を売るのはどうでしょうか?」
リーサが生き生きと提案してくるが、別に商売の話ではない
「うーん…別に悪かないんだけど…似たようなもんは他でも売ってるし、あと出来れば自分達だけで楽しむ方向性で」
「あ、てっきりお仕事の話だと思ってました」
「でもまぁ、それはそれで検討しとく。かき氷なら誰でも作れるし店先で売ったら案外売れるかもしれないしな」
リーサの勘違いから早くも内容が脱線するも、第三者が修正してくれる
「仕事の話じゃないなら普通にプールでも行けば?ここら辺そういうの多いし」
カフェモカを啜る藤堂が眼鏡を光らせて言う
確かにバカンはリゾート地なだけあって水関連のアトラクション施設が多い
海水浴場はもちろん室内外のプールもたくさん有る
しかしながら何処も金持ち御用達
使用料や施設内で販売されてる物は一般区域の感覚と比べると2倍から4倍くらい
気軽さは皆無
別に金銭面で問題は無いんだが…
俺としてはあまり金持ちの遊び場に行きたくない
「それに連れてってくれるなら花ちゃんに最高の水着を用意しておくよ?」
それは是非詳しく聞きたい
「いやでも待て…それはつまり花の絹のような肌を不特定多数に見られるってことじゃねーか………却下だ!」
「加賀くん…君って奴は相変わらず堅苦しいぜ」
俺ですら踝から先は一回しか見たことないのに…
見ず知らずの奴にそんな大盤振る舞いさせる訳にはいかねーよ
「まぁいいや、とりあえず花ちゃんが喜びそうな音声は録音出来たから後で聞かせておくね」
どこをどう取ったらそうなるかは知らんが、最近藤堂が俺と会話するとき常にその音声を録音してることは既に知っている
そして俺は前みたいにその録音を妨害するような真似はしていない
「見くびるなよ藤堂、今やそんなちょっとやそっとの束縛宣言くらいじゃ花は動じないぜ!」
「ぬかしおる…二人もだいぶディープになってきたということか」
「それはマンネリというやつじゃ…」
リーサが入れてきた横槍が少し痛い気がする
でも断言しよう!
これは決してマンネリなんかじゃない!
敢えて言うならば…そう
これは「信頼」だ!
「つい最近大きな化学反応を起こしたからって調子に乗るなよ小娘!」
「しまった…矛先がこっちに…」
面倒臭そうな顔をしてもダメだ、リーサ
横槍を入れてきたからには最後まで戦ってもらおう
「いつまでもつまみ食い娘のままじゃお前こそその内あのキツネ野郎にトロント取られちまうぜ?」
「はあ!?そんな訳ないです!!というか例えるならせめて男性じゃなくて女性にしてくださいよ!……もう、ルリさんも何か言ってあげてください」
「うん、そんな寝取られも有りだな…珍味だけど嫌いじゃない」
「ちょ、ちょっとルリさん!?ここは強めの否定をくださいよ!!」
もはや議題の内容そっちのけで盛り上がってまいりました
脱線祭りが開催されそうになる中、終止符を打つのは突如飛び込んできたノックの音
「客か?俺が出る」
ノックの主は最近すっかりトロントの通い妻になりつつあるトロワだった
「噂をすれば、だな」
「ごきげんようロージ殿!俺の噂でもしてたのか?」
「してません!!トロントさんは渡しません!」
俺の背中越しから舌を出してお茶目な威嚇をするリーサをトロワは鼻で笑う
「リーサ嬢は相も変わらず麗しいのに辛辣だ、正に可愛さ余って憎さが百倍だな」
「余計なお世話です、今日はトロントさんも非番なのでとっとと帰ってください」
「むぅ…それは非常に残念、しかし今日来たのは別の理由だからとっととは帰らん」
実は最初から気付いていたが最近二人のやり取りが面白いので様子見していた
トロワの背後にフード付きのローブを羽織った奴が立っている
フードを被っていて顔はよく見えないが俺の鎖骨くらいの身長からしておそらく女か子供だろう
「客でも連れてきてくれたのか?」
「ああ、ロージ殿に客人を連れてきた」
トロワに背中を押されて前に出る客人は俺と対面すると俯いて手遊びを始める
「どうした?会いたがっていたロージ殿だぞ?」
「あ、うん…そうなんだけど……緊張しちゃって」
声変わり前の少年のような音で喋る客人
聞き覚えは無いが喋り方が記憶の奥で引っ掛かる
針の糸通しが上手くいかない時のようなモヤモヤは客人がフードを取った事で解消した
「あ、あの僕のこと覚えてるかな…?……加賀くん」
そこには忘れたくても忘れられない顔があった
「お前…祝治か?」
「ああ良かった、覚えててくれたんだね」
祝治 日和
元々俺とそんなに接点の無いクラスメイトだ
正直、俺はこの祝治が苦手だ
嫌悪と言ってもいい
だが勘違いしてほしくないのは、祝治が俺に何かしてきた訳でも過去にトラブルがあった訳でもない
俺がただ一方的に祝治のことが嫌いなだけだ
理不尽極まってて申し訳ないが…人間生きてりゃ1人や2人そんな奴が居てもおかしくないだろ?
「お前は俺に用があったのかもしれんけど俺には無いから悪いけど帰ってくれ」
何の捻りも無い
嫌いな奴には会いたくない
仕事ならともかく、プライベートなら尚更だ
俺の辛辣な言葉に祝治は悲しそうに押し黙るが、生憎こいつに対して情の欠片も持ち合わせていない
「ロージ殿…二人の間に何があったかは知らないが、わざわざ会いに来た客人、しかも女性にその台詞は酷じゃないか?」
見かねたトロワに諭されるも「お前には言われたくねーよ」と呆れ気味にツッコむだけで俺の意思は揺るがない
「つーかそもそもこいつ女じゃなくて男だぞ」
「む、それは失礼…中性的だったので間違えてしまった」
「いや、お前は間違ってない。元々女々しい奴だったけど今は特殊スキルで性別変えてるっぽいからな」
元々背は低い方だったがここまで極端に小さくはなかった
声ももう少し低かったし、胸も細やかな主張なんてしていなかった
日和は解り辛い名前かもしれないが、こいつは正真正銘男だった
「性別変換は単純なように見えて意外と習得するのは難しいし獲得必須職業も複雑でレベルもそこそこ上げなくちゃならねえ」
条件は細々してるが中でも医者レベル5以上と吟遊詩人レベル18以上がなかなか難しい
医者のレベルをそこまで上げるには少なくとも100人は怪我人か病人の治療をしなくちゃいけないし、吟遊詩人に関してはメイン職業にしてようやく上げられるレベルだ
「珍しいスキルを拝めたもんだけど意味が分からねーし、お前と取り合う気は基本的に無いな」
「い、意味は…僕が男のままじゃ不都合だったから…だよ」
不都合か…
俺は逆に祝治が女になられると不都合なんだが…
この際、意味なんて解らなくてもいいから祝治には男のままで過ごしていてもらいたい
…このスキルはON:OFF自在だからな
「あの…僕…実は……加賀くんのことが……」
モジモジとしながらも真剣な面持ち
倒れちまんじゃないかと思うくらい真っ赤な顔色
この仕草から察するに次に紡がれる台詞の予想は容易くて…
俺は久しぶりに脂汗が止まらなくなった
「ずっと前から…好きでした!!」
決死の告白に対する俺の感情は
マグマの様な煮えたぎる怒り
そんな怒りを一瞬で治めて俺は祝治の肩に手を乗せる
ビクンと跳ねる身体から動揺が伝わるが
俺は気にせず言い放つ
「面倒だからそこに至るまでの経緯とかは聞かねーけどよ、とりあえず1回男に戻れ」
「え…でも…」
「いいから、早く」
大人しくスキルを発動して男に戻る祝治
少し伸びた背に喉仏がこんにちは
ようやく見慣れた姿に戻った瞬間
俺はすかさず祝治の口に自分の舌を捩じ込んだ
「んむっ!?…ん~~っ!!?」
狼狽える祝治をやる気0の目で見据えながら
数十秒ほど無理矢理押さえ付けながら繋がり続ける
その場に居る全員が目を丸くするのも束の間
ねっとりと唾液を引きながら離れた俺は祝治を雑に放り投げた
「気に入らねぇな」
袖で口を拭きながら倒れた祝治を見下ろす
「男ならありのままで勝負しやがれ」
姿形を偽って
性別を偽って
通す想いに何の意味が有るってんだ…?
「男なら真っ直ぐぶつかって正面から玉砕しやがれ!!」
女々しいのも
性根が腐ってんのも
全部全部大嫌いだ
祝治が何をしたところで
何を想っていたところで
俺の答えは変わらない
ただ
ぶつかってきたら俺も正面から受け止めよう
そして
乱暴に突き返してやる
「お前は大嫌いだ…だからこれで諦めろ」
瞳に涙を浮かべた祝治はフラフラと立ち上がると袖で涙を拭きながら何も言わずに何処かへ走り去っていった
「お前はどうする?」
張り詰めた空気も何のその
俺は何事も無かったように隣で固まっていたトロワに訊ねる
「あー…今日はセルバも居ないし……俺も帰るとしよう」
「ん、気ぃつけてな」
店先の茶番を終えた俺は店の中に戻って口直しのコーヒーゼリーをテーブルに並べた
「ミルクかけるだろ?」
呆然として僅かに頷くリーサに比べ、藤堂は夏休み直前の小学生のように今か今かと俺の顔を覗き込んでいた
「先に言っとくが…質問は受け付けない」
「え~~~!!そりゃないよー!」
「五月蝿い、お前のそのニマニマした顔腹立つんだよ!」
「スゲぇぜ加賀くん、まさかBLまでイケるなんて…どれだけ私を満足させたら気が済むんだよ」
「イケないし、お前を満足させる気は更々無いんですが…」
猫を被ってるが藤堂には理解出来るはずだ
…まったく、女狐みたいなカマをかけてきやがる
「藤堂、お前は知ってるはずだ、俺が祝治を嫌いなことも…あいつに男でいてもらわなきゃ困ることも」
「知ってても加賀くんの行動は何時も予想外過ぎるからね…普通にビビるよ(そこがまたワクワクするんだけど)」
「あの…差し支え無ければ事情を教えてください」
リーサが怪訝な表情を浮かべて訊いてくる
今彼女が最も避けて通りたい『男同士』というトラウマを見せちまったからな…
これは流石に何の説明も無しに納得はしてくれないだろう
俺はコーヒーゼリーを一口で呑み込んで少しの沈黙の後に答える
「なんつーか…恋敵だったんだよ…昔の」
リーサは眉間に皺を寄せて小さく「え…?」と漏らした
「昔って、「今も」じゃなくて?」
「今は違う、断じて」
「ふーん」
話がややこしくなるから余計な茶々は入れてくるな、藤堂…
「昔惚れてた女があいつを好きになった…ただそれだけの単純な話だ」
どこまでも人間臭い理由だが、人が他人を嫌いになるのに難しさはいらない
理不尽だとしてもどうしようもない
「それはなんというか……御愁傷様です」
「おう…マジで御愁傷だよ」
今となっては何の関係も無い
だけど今も嫌悪感は拭い切れない
願わくば…もう二度と俺の視界に映したくないね
そんな俺の切実な願いも虚しく…
祝治は次の日も、その次の日もめげずに店にやってきた
それも堂々と正面からの訪問じゃなく、こそこそと物陰に隠れてストーカーみたいに店の周りをウロウロしてた
これはもう営業妨害で一発殴っても許されるだろ…
窓ガラスに向ける視線は怒りではなく呆れを含み
吐く溜め息に気苦労を隠さない
稚拙な隠密越しに合う目
反らされ慌て赤く染める顔
あぁ…胃が重い
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俺は悠に何て言えばいいんだ…?
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