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逃げない男

※リーサ視点です

トロワさんのお屋敷は庭園が自慢で、会食もお庭にテーブルや椅子を広げて行われていました


私は門の前で待っていたトロワさん本人に手厚く出迎えられると豪華絢爛という言葉に相応しい素敵なドレスを着せられ、そのまま会食に集まった方々に御披露目されました



豪華で華やか、素敵なドレスまで着せられているのに、私の心は空虚のまま


辛うじて笑顔は保っていましたが顔見知りのダグラスさんとアイリッシュさんが居なかったら不安で押し潰されていたことでしょう



集まった方々へ一通り挨拶をしましたが、貴族の礼節など弁えていません


しかし私の素性について事前に説明していたのか、他の貴族の方々は辿々(たどたど)しく挨拶回りをする私に嫌な顔はしませんでした


そもそも庶民とはいえ、これから伯爵婦人になる私を無下に扱う人はいないのかもしれませんが……疲れました



傷心も癒えない内に気苦労をかけられた私は逃げるようにアイリッシュさん達のテーブルに行き、今は彼女達とケーキをパクついています




紳士淑女問わず多くの方からお声掛けされるアイリッシュさん

上着は紳士用なのにも関わらず下はショートパンツにニーソックスと女性的


お店の方にお見えになる時はもっと女の子らさ全開の可愛らしい服装なのですが、社交場にはいつもこういった格好で来るみたいです


元々貴族なだけあって他の貴族の方とも上手く談笑しているのですが、男性陣が彼女をダンスに誘おうとするとダグラスさんの眼光が一際険しくなります


まさに「目の黒い内は」を体言してますね…



ダグラスさんの威嚇の甲斐あって彼女に群がる人達も少なくなってきたあたり


「話は聞いてたけど…本当によかったのかい?」


アイリッシュさんは恐る恐る私の内心を探りにきました



「よくはないです…でも最善は尽くしたので悔いもありません」


これが私の本音です

包み隠しません


「そうかい…お互いなかなか報われないね」


アイリッシュさんは近くのウエイトレスからグラスを2つ受け取ると私に白ワインを注いでくれました



「付き合うよ?」


私はアイリッシュさんを抱き締めたい衝動に駈られましたがグッと堪えて二人で乾杯しました


「ぬ…わしはまぜてくれんのか?」


「父さん、女子トークは男子禁制だよ?」


「ぬうぅ…それは残念だ」


威厳たっぷりなダグラスさんが落ち込んでる姿を見て思わず笑う私


「意外と可愛い一面もあるんですね」


「からかわんでくれ…」


「ええ、実に意外ですね」


照れるダグラスさんの背後にいつの間にかトロワさんが立っていました


「隣、よろしいですか?」


「……うむ」



トロワさんは私の正面に座るとワインを一口含んで満足そうに微笑みます


「実に美しい、今すぐ絵師を呼んでこのツーショットを絵画にしてもらいたいくらいだ」


彼の事は嫌いではありません

…好きでもないですけど


好意を寄せられることに悪い気はしませんし

なにより私は彼のことをまだ何も知らないんですから

そもそも好き嫌いを判断する以前の問題ですよね



それはもちろん地位も身形も申し分無いんでしょうけど

私の判断基準にそれは関係ありません


性格についても特に悪い事もないんですが…

何と言いますか……


私としては「良い人」止まりな気がします



きっとこれから先、私が彼を嫌いになることはありません


でも好きになることもないと思います



現状としてはそんな感じですね




「ところでリーサ、例の店の人達とはちゃんとお別れ出来たのかな?」


「ちゃんとは…出来ませんでした」


勝手に居なくなった私をろうじさん達は怒っているでしょうか…?


でも仕方なかったんです


皆さんの顔を見たらきっと私の決意は揺らいでいました



特にトロントさん…

貴方にもう1度会ったら私は…



「そうか…でも気に病む事は無い」


ワインを飲み干した彼は私の手を引くとダンスを申し込んできました


「その悲しみはこれから二人で埋めてしまえばいい」


「あ、あの…私踊れませんよ?」


「心配いらない、俺がリードする」



些か強引ではありましたが自信満々なだけあって彼は私を上手くリードしてくれました


生まれて初めて踊るダンスは心地好い静寂に包まれ、この世に彼と私の二人しか居ないような錯覚に陥ります



そして最後のステップが決まると静寂と相反する盛大な拍手が主役の私達に雨のように注がれました



まさに夢のような体験


普通ならお姫様のように扱ってくれるトロワさんに惚れてしまうんでしょう…


でも私は違います



夢のような体験だからこそ

私は違う相手を思い描いてしまった


そう…例えば眼鏡の似合う誰かさんとか




「ありがとうございます…とても楽しかったです」


「なかなか君の心は奪えないな」


どうやらトロワさんは私が違う誰かを見ていたことに気付いていたようです


少しだけ眉を歪ませて悔しさを溢していました



「まぁいい、時間ならたっぷりあるんだ…少しずつでも君の心を開かせてみせるよ」


「…すみません」


「謝る必要は無い…誰かは知らんが、君の幻想を消せないのは俺の落ち度だ」



消えない


どれだけ薄くなっても私はまだ何処かで期待してる



今更あのトロントさんが気付いてくれるはずが無いのに…

あんな暗号みたいな想いを見付けてくれる訳ないのに…


まだ何処かで…希望の種が芽を出すのを期待してる


花を咲かせて欲しいって思ってる



「ごめん…なさい」



彼の言う通り

これはもう幻の想い


二度と芽吹くことなんてない

夢の中だけの想い



理解して、理解して、理解して

理解し尽くして


諦めたはずなのに…

燃やし尽くしたはずなのに…



トロントさん


貴方はまだ私の心に根を張ってます





お願いします神様…


答えなんていりません


…どうかせめて

届けてください



このまま気付かれもせず終わってしまうのは


やっぱり嫌です





「何故泣くんだ…!?頼む、君には笑っていてほしい!」



私は彼に謝ることしか出来なかった


捨てたはずの心をまた拾ってしまったから

どうしたってもう涙は止まらない



これから先、どれだけ時間が経ったとしても

私が心から笑いたいのはあの人の隣だけ




見ないのは得意なはずだったのに…

1度本心を直視してしまったらもう消えることはない



瞼を閉じても

手で顔を覆っても


私の瞳はもうトロントさんしか映さない







「トロワ様…」


執事の1人がトロワさんに駆け寄り、伝える


「あの…来客が」


「今はそれどころじゃない…悪いが帰ってもらえ」


「しかしこれを渡されまして…」


執事さんが持っていたのは手のひらサイズの小さな皮袋


その皮袋を受け取って中身を見たトロワさんの表情が一瞬強張った



「そうか…幻影は君だったか、セルバ」



彼の緊迫した顔はすぐに微笑に変わり、私の肩を抱き寄せる



「今、君の王子様が君を取り返しに来た」


耳元で囁かれた言葉を私は理解出来ませんでした



「袋の中身は赤く塗られた銀食器…これの意味がわかるかい?」


「いえ…わかりません」


「これはね、貴族同士の決闘の申し込みを意味する」


と、言われましても

私にはアイリッシュさん達と聖女様以外に貴族の知り合いは居ません


聖女様が罪も無い彼に決闘を挑む訳はありませんし…


…皆目見当がつきませんね



「その様子だと奴隷堕ちの噂は本当だったようだな…名を変え、素性も隠していたと見える」



そういえば、トロントさんが妙にトロワさんに詳しかった事を思い出しました


いえ…でもまさか




「あの店にいた眼鏡の男は昔、セルバ・ストゥーリアという名の貴族だった」



唐突に暴かれるトロントさんの過去に私は驚かなかった


例え彼の正体が王様や魔王だったとしても私は驚かなかったでしょう



彼が私を迎えに来てくれた

この事実以上のビックニュースは私の中に存在しません



「今から俺とセルバ、どちらかが死ぬ」


「え…そんな…どうして…?」


「貴族同士の決闘というのはそういうものさ、互いに譲れない物を賭けた最終手段だからな」



トロワさんは執事の人に耳打ちすると私を連れて庭園の中心へと歩いていく



「お集まりの皆々様!今まさに俺は決闘を申し込まれた!」


ザワつく皆さんに混じって他の執事の方々が庭園の中心を空けるようにテーブルと椅子を動かす


「腰抜け呼ばわりは嫌だからな、俺はこの決闘を受けることにする!見届けてくれたまえ!」


声高らかに宣言するトロワさんに他のお客様達は余興でも始まるかのように拍手を贈った



「ま、待ってください!こんなのは野蛮です!止めてください!」



私のために誰かが血を流そうとしている

ましてやそれがトロントさんともあらば私には止める道しかない



「止めてくれるな、リーサ」


「嫌です!こんなのは間違ってます!」


「間違いなど無い、男と男が1人の女を奪い合うのにこれ以上解りやすい儀式はないだろ」


もう言葉では止められない


そう思った私は彼の手を振り払って頬に平手を入れた



「満足したかい?」


「…………」


赤くなる頬を擦るでもなく

彼は冷たい目でただ私を見据える



「満足したのなら大人しく特等席で見ていてくれ、今度は俺の番なんだ」


彼が指を鳴らすと私は大柄の男性二人に腕を掴まれて近くに用意された椅子に拘束された



「俺は君の目の前で文字通り幻想を断ち切ってみせる……そうしないと俺のこのモヤモヤした気持ちが晴れることはないんだ」



執事の1人が持ってきた二本の真剣を見て私は血の気が引いた


何かを殺すための武器の輝きがお腹の奥から私を冷たくする



「準備は整った、連れてきてくれ」



ダメ…嫌だ…許して…助けて…


来たら殺される

私の目の前でトロントさんが冷たくなる



…そんなの耐えられない




ごめんなさい神様

もう我が儘なことは言いません


私の気持ちなんて気付かれなくてもいいから…

もう二度と会えなくてもいいから…



どうかトロントさんを死なせないで…!








「お待たせしました」




私の願いは虚しくもトロントさん本人に掻き消された


誰よりも愛おしいはずの顔が今は少しだけ憎い



「迎えに来ましたよ」



優しい声に耳を塞ぎたくても椅子に縛られた手足では叶わない


かと言って未だ自由な目で彼を直視することも出来ない


だからせめて私は精一杯の強がりを吐く



「なんで来ちゃったんですか…殺されちゃいますよ…?」


「貴女を泣かせてしまった罪が『死』ならば、僕は甘んじて受け入れます」


ダメです、そんなこと受け入れないでください



「でも出来るなら、生きたまま貴女の傍で償いたいですね」


「あんなの罪でもなんでもありません…!私が勝手に泣いただけです…!」



私は土壇場で見苦しくも必死に足掻く、力一杯彼を突き放す



「それでも償いたいなら今すぐ私の前から居なくなってください…!もう私はトロントさんの顔なんか見たくないんです…!早く帰ってください…!!」



「すみません…それは出来ません」



今ならまだ間に合うのに


彼は今回も逃げてはくれない



逃げてほしいのに…

どこまでも向き合い、立ち向かう






「僕はもう、貴女の気持ちに目を背けるのは嫌です」






私が心の底から欲した言葉をくれた彼は

何の迷いのない眼差しで真剣を手に取った









最初から解っていました

解りきっていました


彼がこの気持ちに気付いたところで私の思い通りにならないことなんて…



だったら私は最後まで見届けます


彼が私を見てくれるなら

私は彼を見続けます






例えそれがどんな結末になっても




.

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